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異世界殺し  作者: Tetsuさん
転換の光
246/834

245:束の間の平穏

「おーい、お待たせお待たせ。」


ボブがノンビリと向こうから近付いてくる。

彼は時々見かける、緑のフード付きコートを羽織っていた。

右手にはゴツい手甲が付けてあるのが村人の目を引いたが、彼は何でも無いように、先端に鋭く尖った槍を杖代わりに歩いていた。


「おぉ、待ってたよボブさん。

今日はアンタを頼りにさせてもらうよ!」


「しかし、女性が何人かいた方が良かったんじゃないですか?

僕等魔法使えないですが……。」


集まった村人達の中で、一際緊張した面持ちのケント青年がポツリと呟く。


それを聞いた、ある程度歳のいった村人達は、静かに、そして徐々に大きな笑い声で答える。


「な、何がおかしいんですか?

僕はただ事実を……。」


「いやいや、スマンかったケント坊。

お前の言うとおりだ、もしかしたら魔法が使える分、女達に任せた方がええかもしれん。」


歳のいった村人が、穏やかにケント青年に笑いかける。


「じゃが、アレも女に任せれば良い、コレも女に任せれば良いとやっていれば、儂等は何をすればええ?

女に荒事を任せて、儂等は寝て暮らせばええのか?」


別の村人が、言葉を継ぐ。


「皆で生きるっちゅうのは、そう言うことじゃなかろ?

こう言う怖いことは苦手じゃ言うおなごも多い。

なら、儂等が代わりにやってやらにゃ。

お互い、得手不得手を補って生きていかねばの。」


“そろそろ行きますか”と、ボブが皆を纏め、そして村人達は魔獣狩りに向かっていくのだった。






「いやぁ~、これはまた、見事な魔獣じゃのう。」


村長は村の広場に置かれた、小さな山のような猪の魔獣に目を見張る。


「おぉ、暫くぶりの大物だでな。

肉屋のヤツも“捌き甲斐がある”て、言うとったでな。」


日も暮れ、辺りが薄暗くなり松明に火が付くと、小さな宴が開かれる。

何せ大きな猪だ。

村中に配ってもまだ余りが出る。

余りは燻製となり、冬を越すための非常食の一部になるだろう。


「……でな、弓矢で弱ったところを、ボブのヤツが棍棒で足をガキーンとやってな!

そんで、ぶっ倒れたところを、ケント坊が持ってた槍でグサーッ!っとな!

あの大猪の目ん玉にブッ刺したって訳だ!」


僅かな蓄えである酒も運び込まれ、村人達の武勇伝を女子供がキラキラした瞳で聞いている。

村の娯楽は少ない。

早速皆、この武勇伝を聞き入っていた。


酒が飲めないケント青年はそんな村人達の輪から離れ、同じように遠くで話を聞きながら酒を飲んでいた村長に近付く。


「おぉ、村の英雄のお出ましかい。どうだ、一杯やるか?」


「いえ、僕は飲めませんので。

……ところで村長、あのボブさんは、どう言う人なんですか?

今回だって、実際には僕は最後に槍を突いただけです。

それまでは、あのボブさんが槍を腹に刺し、持っていた棍棒で頭を砕き、最後に足を折ってくれました。

村の人は気付かなかったけど、あの魔獣に有効だった攻撃は全部ボブさんがやってます。

あの人は、何者なんですか?」


そのケント青年の真剣な表情に、ほろ酔いだった村長の表情が引き締まる。

それは、ケント青年が驚くほど真剣な表情だった。


「ケント、お前もいずれ儂の後を継ぎ、この村の長になる日が来る。

その時、お前が儂と違う判断をしたとして、儂はお前を支持するよ。」


村長はポツリと、呟く様に話し出す。


「あの2人がこの村に来たとき、そのボロボロの姿に儂は酷く驚いたさ。

それでも、それは知っておった。

儂は何度か王都にも行ったことがあるからの。

男が抱えていた女性が、王都の騎士だとすぐに解ったでな。

“こりゃあ、とんでもない厄介事が舞い込んできたかもしれん”と、すぐに思ったさ。」


「じゃあ何故、あの2人を受け入れたんですか?

村でも少なくない反発が、当時あったじゃないですか。」


村長はゆっくりエールを飲み干すと、空を見上げる。


「さてな、何でじゃったか。

ただ……。」


見上げていた顔を、ケント青年にむき直す。

その顔は、1人の年老いた男の顔だった。


「彼は相当に疲れていた。

もしここで追い返したら、何処かで消えてしまうのでは無いかと思うほどな。

……後は、勘じゃ。

“この男を、ここに置いておいた方が良い”と、儂はその時思った。

ただ、それだけじゃ。」


結局ケント青年には何も解らなかった。

ただ、あの強靱な肉体を持って穏やかに生きているあの男が、そんな姿になっていたことが、想像出来なかった。

そんな疑問を考えていたから、村長の“ただ、彼は今も心休まる日をおくれてはいないじゃろうな”という呟きは、聞こえなかった。


「おぉいケント。

このボブに渡す分の肉、悪ぃけんど持っていってくれんかの?」


そして肉屋のオヤジの胴間声が、ケント青年に聞き返す暇を与えなかった。


ケント青年が皮包みに入った肉を受け取り、ボブの家に向かおうと広場を横切ると、村人達の噂話が聞こえた。


「王都の治安がますます悪くなっているらしいぞ。」

「何でも近くの村で、“男狩り”が行われたとか。」

「この村もいよいよ危ないか。」

「領主に税を納めてる、ここはそんな事には……。」


最後の方は聞こえなかった。

ただ、何か不穏な事が周辺で起こっている事は、理解できた。




ケント青年がボブの家を訪れた時には、すっかり夜も更けていた。

広場の宴も、もう終わっている頃だろう。

それでも、ボブの家からは僅かな灯りが漏れていた。


「こんばんは、ケントです。

ボブさん起きてますか?」


時間を考え、控えめにドアをノックする。

少しして、扉に近付く足音がして扉が開く。


「あぁ、これはケントさん。どうしました?

まぁ、立ち話も何ですから中へどうぞ。」


風呂上がりなのか、こざっぱりとしたボブが愛想良く迎え入れる。


先程聞いた話もしておくかと、ケント青年は誘われるまま扉をくぐる。


入口を抜けるとこじんまりとした居間があり、テーブルと椅子が2脚だけ置かれている。

案内されるまま椅子に腰掛けると、ボブは奥へと引っ込み、すぐにお茶の道具を持って現れる。


「ハハ、あまり人が来ないものですから、大したお構いも出来ませんが。」


ケント青年もつい畏まり、“いえ、こちらこそ”と答えてしまうが、来訪した理由を思い出す。

“これ、魔獣の肉です”と渡すと、ボブは思いのほか喜んでいた。

そのついでと、広場の宴で聞いた話をボブに話す。

話を聞いているうちに、ボブの目が僅かに細くなる。


「左様でしたか。

“男狩り”とは……。

王都も、遂にそこまでし始めましたか。」


ボブは、他の村人のように恐れるでも無く、ただ静かに聞いていた。

その静けさこそが、少しだけ恐ろしい。


「あ、あの、ボブさんは、王都から来たと聞きました。

どうしてこの村に?」


ずっと思っていた疑問を、思い切ってぶつけてみる。

ボブは少しだけ困った顔をした後、また元のような穏やかな笑顔になる。


「……娘の、為に。

あの子は必要以上に傷付いていた。

私の想像よりも、ね。

だから、何処か安らげる場所を与えてやりたかった。

……ただ、それだけなんですよ。」


いつもと変わらずボブは笑う。

ただその笑顔に、ケント青年は何故だか言いようのない寂しさを感じていた。

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