244:REBORN
村の外れにある一軒家に向かうため、ケント青年は歩いていた。
その一軒家に住むのは、黒髪で隻腕の中年と、金髪で美しいが、精神が少しだけ幼い女性。
1年前にこの村を訪れた時、彼等は王都から逃げてきた親子だと語っていた。
ケント青年はこの村で生まれこの村で育ち、外の世界のことはたまに来る行商人から聞く以外に、方法を持たない。
だから、最初に彼等がここに来たとき、少しだけ怪しんだ。
ソレというのも、彼等がここに来る前、行商人がおかしな事を言っていたからだ。
“王都で何か大変なことが起きたらしい。”
“城から光る竜が飛び立ったらしい。”
聞いた噂は何処か現実離れしていたが、彼等を見たときに、最初の噂は信じることが出来た。
それ程までに、彼等はボロボロだったからだ。
ただ、“王都で悪さをしてきて、逃げてきたのでは無いか?”という怪しさは残っていた。
男は自らを“ボブ”と名乗り、女の子の事は“アイリス”だと紹介し、自分達は親子だと名乗った。
ただ、髪の色も違えば顔付きもそんなに似ていない2人を、当時は俺だけで無く村の皆も親子だとは思えなかったようだ。
だが、村長はそんな彼等を受け入れた。
村長が認めた以上、村の一員として認める。
それが村のルールだ。
ボブと名乗ったその男は猟師だったらしく、村の外れの、山に近い場所に空いていた家に住むことになった。
そこは、もう大分前に猟師が住んでいた家で、老衰で死んでから誰も住まなくなった家だ。
それでも、親子は特に何かを言うことも無く、そこに住むこととなった。
彼等がこの村で住み始めてからは、回りも色々と噂した。
それも、時間が経てば噂は自然と消えていった。
ボブは、一人娘の世話であまり村の行事には参加せず、猟に出るとき以外の大抵はこの家にいた。
ただ、決して愛想が悪いわけでも無く、たまに山で得た獣を売りに村で見かける事もあるが、基本的に温和で愛想は良い。
何より猟の腕前は中々のモノであり、少し前から村にいなくなっていた猟師が復活したことにより、山から下りて畑に悪さをする獣の被害が減っていた。
一人娘を相当大事にしているらしく、村に来た当初に、彼女にちょっかいをかけた村の若い男には烈火の如く怒り、悉く叩きのめしたらしい。
アイリスと紹介された一人娘は、見た目は成人女性だが、何かあったらしく言動は幼子のソレだった。
周囲に住む者達も、初めは少しだけ距離をとっていたが、それでも“得体の知れない隣人”から、“子煩悩な父親と可哀想な娘”と村の者達からの評価も変わり、これまでと同じように助け合って生きていた。
それでも俺達が村のルールに従う様に、彼等も村に住むなら村のルールに従ってもらう必要がある。
「ボブさぁん、いるかぁい!
魔獣が出たらしいんだわ!
悪いんだけんども、手を貸して貰えるかね!」
魔獣はただの獣と違い、とてつもなく強い。
村八分者でなければ、村の男総出で狩りを行う。
それにはボブも例外では無い。
「こ、こんにちは。
パパは裏にいるので、今呼んできますね。」
扉がわずかに開き、中から美しい女性が、しかしその外見に似合わずたどたどしい言葉でそう告げる。
「あぁ、アイリスちゃん、こんにちは。
お父さん裏にいるのかい。
じゃあいいよいいよ、俺がそのまま裏に行かせてもらうから。」
ケント青年はそう告げると、そのまま家を迂回して裏庭に向かう。
裏庭に近付くと、気合いを入れる声と“コーン”という軽快な音が聞こえてくる。
裏庭につき、ケント青年が見たモノは、上半身裸で、気合いと共に斧で薪を割る隻腕の男の後ろ姿。
その背中の筋肉は、どんな鍛練を積めば良いかわからない程に隆起している。
斧を薪に軽く当てて食い込ませると、片腕で軽々と持ち上げる。
「せっ!!」
そして気合いと共に、真っ直ぐに振り下ろされる。
小気味のいい音が響き、薪は真っ二つに割れる。
割れた薪も、双方が激しく飛び散ることは無く、小さく横に落ちる。
そしてまた、次の薪をセットする。
それは何も知らぬケント青年から見ても、美しいフォームと思えた。
しばし見とれていたが、ハッと要件を思い出す。
「ボブさん、頼みがあってきたよ。」
何度目かの斧の振り降ろし。
全く同じように落ちる薪を見ながら、ここぞとばかりに話しかける。
「あぁ、ケントさん。
ご無沙汰してますね。
今片付けちまいますんで、ちょっと家の中で待ってて貰って良いですか?」
特段驚くことも無く、首からかけたタオルで汗を拭きながら、ボブが穏やかな笑顔でそう告げる。
「あ、いや、村長から言付けを頼まれだだけでね。
何でもオルウェンの所の娘が山で魔獣を見かけたらしくてね。
明日村の男手集めて退治に行くから、アンタにも参加してくれってさ。」
「そうでしたかい。
ところで、オルウェンの所のお嬢さんは、無事で?」
“確か無事だったはずだ”とケント青年が告げると、“それは良かった”とボブは穏やかに笑う。
このやり取りでも、ケント青年は不思議なものを感じていた。
この男、猟師にしては随分と学があるように思える。
村の男なら、“お嬢さん”等と言うことは無い。
村の女衆の噂で、“ボブさんは何処か貴族の出自なんじゃ無いか?”と話題にしていた時期があったが、こうして話しているとそれも頷ける。
「……さん、ケントさん。
その、魔獣がどんなのだったか、オルウェンの所のお嬢さん覚えてなかったですかね?」
ケント青年の考えは、ボブの言葉で中断される。
「あ、あぁ、何でも馬鹿でかい猪みたいなヤツだったらしい。
オルウェンの所の娘が山の中腹にある泉で魚取ってたら、山みたいにでっかい猪が黒い靄みたいなのを撒き散らしながら、歩いているのを見たらしい。」
「あぁ、そりゃあ魔獣ですな。
それも随分危険そうだ。
……そうだなぁ、たまには装備を着けるとするか。」
ボブは何やら独り言を呟きながら、器用にシャツを着ると、近くにあった納屋の中に姿を消す。
“伝えることを伝えたし、もう帰るか”と、ケント青年が帰ろうとしたとき、納屋からボブが荷物を抱えて出て来る。
「あぁ、ケントさん、つい考え事をしてたんで失礼しました。
ご依頼、承りました。
明日の朝一に、山への入口に行けば良いですかね?」
「あ、あぁ、ソレで大丈夫だ。
じゃ、じゃあボブさん、よろしく頼むよ。」
ケント青年はそれだけ言うと、そそくさとその場を去る。
ボブが納屋から出て来たときに抱えていた荷物。
鋭い棘のついた金属の棍棒、手の形をした金属の義手、そして防具。
平和な村では決して見ることの無いモノ。
戦争の道具。
“あの男は、これまでどんな人生を歩んできたんだ?”
あんな穏やかそうに見えても、戦争で人を殺してきたのか。
そう思うと恐ろしくなり、ケント青年は自分が見たモノを伝えるため、急ぎ村長に報告へ向かうのだった。
「パパ、ケントさんどうしちゃったの?」
ボブは、“しまったな”と思いながらも、それを表情に出さず娘の頭を撫でる。
「さぁね、きっと何でもないよ。
それよりアイリス、お父さんは明日朝早くから山に行ってくるから、またマリアおばさんの所で待っているんだよ。」
「えー、パパ、早く帰ってきてね。
いつもキルッフくんがイジワルするから、あそこ嫌なんだぁ。」
ボブは穏やかに笑うと、また娘の頭を撫でる。
「よぉし、今度イジワルをされたらパパに言いなさい。
アイツの頭をモヒカン刈りにしてやる。」
ボブはニコリと笑うと、納屋から持ち出した装備の前に、髪を切る用のハサミの手入れを、始め出すのであった。




