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異世界殺し  作者: Tetsuさん
転換の光
243/835

242:変貌

「……と、ともかく、無駄なお喋りはここまでだ!」


弛緩しかかった空気に抗うかのように、カスミちゃんは蓄積していた火球を撃ち出す。


俺は即座にメイスの柄を咥えると、右腕を空ける。


以前は電撃で身動き取れなかったが、今は十全の状態だ。

なら、対抗策はある。


火球の中心めがけて、狙いすました百歩神拳を撃ち込み、炎がほどけるその瞬間を逃さず、間髪入れずにメイスを前にし、火球に飛び込む。


「ッぶぉらぁ!!」


もはや何だか解らない気合いと共に、火球を突き抜けメイスを振るう。

想像通りその一撃は目に見えぬ障壁に防がれるが、それで良い。


「じゃあ、実験と行こうか、転生者。」


全身全霊、最速をもって無数に突きと蹴りを繰り出す。

上段、中段に突き、下段順脚の蹴りから膝を軸に上段を襲うブラジリアンキック。

そのまま引いた足で中段、下段から上段への3連蹴り。

全て防がれているが、その防壁はジワジワと小さくなっているのが解る。


(なるほど、じゃあこれはどうだ!)


中段に突きながらすり抜けると、即座に体勢を入れ替え背面をメイスで横薙ぐ。


カスミちゃんは全く反応できていないが、その防御フィールドは全周囲に張り巡らされているようだ。

2~3分はぶん殴っていたが、防御フィールドを完全に消失させるまではいかなかった。


そのまま再度すり抜けると、もう一度カスミちゃんの正面に出るように移動する。


「いやはや、全方位の防御フィールドとはね。

恐れ入ったよ。」


「……フゥ、いや、こちらも久々に、冷や汗をかいたよ。

こんな事は、フゥ、魔族の王を倒したとき以来かな?

ただ、どうした?もう終わりか異邦人。」


少しは焦ったのか、カスミちゃんの息が荒い。

それを見ていて何かが頭の片隅に引っかかったが、今は深く考え事をしている暇は無い。


だが、少しは俺を脅威と思ったのか、カスミちゃんが初めて前に数歩進んでくる。


「異邦人、いや、セーダイだったか。

オマエはちょっと厄介だ。

このままオマエを放置しておきたくはない。

……だから、俺も本意では無いが、あの異邦人から聞いた技を使わせて貰おう。

“変換せよ。”」


カスミちゃんが右手を前に突き出す。

どうやら魔法の類だろうが、カスミちゃんの“言の葉”とか言うやつでは無さそうだ。

そして不思議なことに、その構えに既視感があった。


<警告、表示されている射線上から退避を。>


マキーナの警告が脳内に響き、右眼にこの攻撃の有効範囲が表示される。


“あ?”と疑問を思うよりも早く、俺の体は反応していた。

カスミちゃんが言葉を発する為に口を動かし始めた瞬間には、全力バックステップで有効射程から回避していた。


「“清潔(クリーン)”。」


放たれた光は、しかし短い距離を進みそのままかき消える。


「おや?避けられたか。

偶然かな?知っていたのかな?

……しかし、やはり異界の不正能力(チートスキル)は、本人で無ければ上手く扱えないな。」


今やられかけた技。

避けた後の、カスミちゃんの言葉。

それらが頭に浸透するのに、少しだけ時間が必要だった。


「お、お、お前……。

この技をどうやって……。」


色々なことが頭をよぎる。

周囲の人間に復讐を謳いながら、一番始めに自分が人から恨まれる行動をしていたアイツ。

貰ったスキルがクズスキルだったから、改良して洗脳能力を得たと言っていたアイツの能力だ。


「ん? 言ったではないか、“もう1人の異邦人が、アレコレ教えてくれた”と。

アヤツ、俺に勝てないと知ると、気に入られようとしたのか、他の世界の事や他の転生者の能力をベラベラ喋ってくれてな。

いや、“常識改変”という知識は、この通り役に立ってくれたからな。

褒美に殺さずに帰してやった、と言うわけだ。」


マジか……。

確か“オンリ・ハジメ”とか言うヤツだったか。

俺とは違うスタンスの異邦人って事か。

……何とも、余計なことをしてくれる。


「さて、もう覚悟は決まったか?

安心しろ、記憶を消した後は、オマエは俺の専属奴隷、いや、余の世話係くらいにはしてやるからな。」


「陛下! セーダイは私のです!!」


はいちょっと落ち着こうか。


「ぬ、では折半という事でどうだ?

これならば問題あるまい。」


「そ、それは……。いやしかし……でもそれなら……。」


いやいや待て待てお前ら。

何俺の扱いを、俺抜きで盛り上がっているんだ。

と言うか迷うな。

妥協するな。


「……悪いが俺は妻帯者でね。

お前のペットになるつもりもなければ、この世界に骨を埋める気もない。

用が済んだら去るだけの、ただの異邦人だ。」


背後からアストライア嬢の残念そうな空気を感じるが、今そんな事を言い争うつもりはない。

ここで転生者をぶちのめし、自称神との接続を切り離させるだけだ。


「フン、まぁいい。

その強がりを覚えていられるかも含めて、どこまで躱し続けていられるかな?

清潔(クリーン)”」


射線の範囲を完全に外すように、大きく回避する。

確かにこれはきつい。

相手は肩から先を動かせばいいのに対して、俺は何歩も移動しなければならない。


(マキーナ! “耐精神”のセットは出来ないのか!?)


<現在は、前回の世界で使った“耐毒性”がセットされ続けております。

再セットするには通常モードに変身し、30分ほど入れ替えの作業が発生します。>


一縷の望みをかけてマキーナに問いかけるも、返ってきたのはどうしようもない答え。

事ここに至り、割と万策尽きた感が強い。


必死に逃げ回る俺と、面白がって乱射するカスミちゃん。


「ハハハ、そら、そら、動きが悪くなってきたぞ!」


だからこそ、“自分の後ろ”に気付けなかった。


「きゃっ!?」


清潔(クリーン)”を何とか避けた俺の後ろで、短い悲鳴が上がる。


俺を狙った“清潔(クリーン)”が、あろう事かアストライア嬢に命中していた。


「チッ、しまった……な……!?」




その異変に、俺もカスミちゃんも、動きが止まる。

アストライア嬢の全身が、眩いばかりの光に包まれだしていた。


「セ、セーダイ!! セー……あぁあぁあっ!!!」


アストライア嬢の悲鳴が聞こえるが、俺達にはどうすることも出来ない。


もちろん、傍観している訳ではない。

恐怖で怯えている訳でもない。

出来るなら駆け寄ってやりたい。




だが純粋に、“動けない(・・・・)”のだ。




今まで渡り歩いてきた中で、初めての経験だ。

呼吸さえ阻まれかける。

全く位相の違う存在、それを前にした矮小な自分。

象の前に立つ蟻、そんな感情が湧き上がる程に、目の前のアストライア嬢は、違う存在へと変貌していった。

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