242:変貌
「……と、ともかく、無駄なお喋りはここまでだ!」
弛緩しかかった空気に抗うかのように、カスミちゃんは蓄積していた火球を撃ち出す。
俺は即座にメイスの柄を咥えると、右腕を空ける。
以前は電撃で身動き取れなかったが、今は十全の状態だ。
なら、対抗策はある。
火球の中心めがけて、狙いすました百歩神拳を撃ち込み、炎がほどけるその瞬間を逃さず、間髪入れずにメイスを前にし、火球に飛び込む。
「ッぶぉらぁ!!」
もはや何だか解らない気合いと共に、火球を突き抜けメイスを振るう。
想像通りその一撃は目に見えぬ障壁に防がれるが、それで良い。
「じゃあ、実験と行こうか、転生者。」
全身全霊、最速をもって無数に突きと蹴りを繰り出す。
上段、中段に突き、下段順脚の蹴りから膝を軸に上段を襲うブラジリアンキック。
そのまま引いた足で中段、下段から上段への3連蹴り。
全て防がれているが、その防壁はジワジワと小さくなっているのが解る。
(なるほど、じゃあこれはどうだ!)
中段に突きながらすり抜けると、即座に体勢を入れ替え背面をメイスで横薙ぐ。
カスミちゃんは全く反応できていないが、その防御フィールドは全周囲に張り巡らされているようだ。
2~3分はぶん殴っていたが、防御フィールドを完全に消失させるまではいかなかった。
そのまま再度すり抜けると、もう一度カスミちゃんの正面に出るように移動する。
「いやはや、全方位の防御フィールドとはね。
恐れ入ったよ。」
「……フゥ、いや、こちらも久々に、冷や汗をかいたよ。
こんな事は、フゥ、魔族の王を倒したとき以来かな?
ただ、どうした?もう終わりか異邦人。」
少しは焦ったのか、カスミちゃんの息が荒い。
それを見ていて何かが頭の片隅に引っかかったが、今は深く考え事をしている暇は無い。
だが、少しは俺を脅威と思ったのか、カスミちゃんが初めて前に数歩進んでくる。
「異邦人、いや、セーダイだったか。
オマエはちょっと厄介だ。
このままオマエを放置しておきたくはない。
……だから、俺も本意では無いが、あの異邦人から聞いた技を使わせて貰おう。
“変換せよ。”」
カスミちゃんが右手を前に突き出す。
どうやら魔法の類だろうが、カスミちゃんの“言の葉”とか言うやつでは無さそうだ。
そして不思議なことに、その構えに既視感があった。
<警告、表示されている射線上から退避を。>
マキーナの警告が脳内に響き、右眼にこの攻撃の有効範囲が表示される。
“あ?”と疑問を思うよりも早く、俺の体は反応していた。
カスミちゃんが言葉を発する為に口を動かし始めた瞬間には、全力バックステップで有効射程から回避していた。
「“清潔”。」
放たれた光は、しかし短い距離を進みそのままかき消える。
「おや?避けられたか。
偶然かな?知っていたのかな?
……しかし、やはり異界の不正能力は、本人で無ければ上手く扱えないな。」
今やられかけた技。
避けた後の、カスミちゃんの言葉。
それらが頭に浸透するのに、少しだけ時間が必要だった。
「お、お、お前……。
この技をどうやって……。」
色々なことが頭をよぎる。
周囲の人間に復讐を謳いながら、一番始めに自分が人から恨まれる行動をしていたアイツ。
貰ったスキルがクズスキルだったから、改良して洗脳能力を得たと言っていたアイツの能力だ。
「ん? 言ったではないか、“もう1人の異邦人が、アレコレ教えてくれた”と。
アヤツ、俺に勝てないと知ると、気に入られようとしたのか、他の世界の事や他の転生者の能力をベラベラ喋ってくれてな。
いや、“常識改変”という知識は、この通り役に立ってくれたからな。
褒美に殺さずに帰してやった、と言うわけだ。」
マジか……。
確か“オンリ・ハジメ”とか言うヤツだったか。
俺とは違うスタンスの異邦人って事か。
……何とも、余計なことをしてくれる。
「さて、もう覚悟は決まったか?
安心しろ、記憶を消した後は、オマエは俺の専属奴隷、いや、余の世話係くらいにはしてやるからな。」
「陛下! セーダイは私のです!!」
はいちょっと落ち着こうか。
「ぬ、では折半という事でどうだ?
これならば問題あるまい。」
「そ、それは……。いやしかし……でもそれなら……。」
いやいや待て待てお前ら。
何俺の扱いを、俺抜きで盛り上がっているんだ。
と言うか迷うな。
妥協するな。
「……悪いが俺は妻帯者でね。
お前のペットになるつもりもなければ、この世界に骨を埋める気もない。
用が済んだら去るだけの、ただの異邦人だ。」
背後からアストライア嬢の残念そうな空気を感じるが、今そんな事を言い争うつもりはない。
ここで転生者をぶちのめし、自称神との接続を切り離させるだけだ。
「フン、まぁいい。
その強がりを覚えていられるかも含めて、どこまで躱し続けていられるかな?
“清潔”」
射線の範囲を完全に外すように、大きく回避する。
確かにこれはきつい。
相手は肩から先を動かせばいいのに対して、俺は何歩も移動しなければならない。
(マキーナ! “耐精神”のセットは出来ないのか!?)
<現在は、前回の世界で使った“耐毒性”がセットされ続けております。
再セットするには通常モードに変身し、30分ほど入れ替えの作業が発生します。>
一縷の望みをかけてマキーナに問いかけるも、返ってきたのはどうしようもない答え。
事ここに至り、割と万策尽きた感が強い。
必死に逃げ回る俺と、面白がって乱射するカスミちゃん。
「ハハハ、そら、そら、動きが悪くなってきたぞ!」
だからこそ、“自分の後ろ”に気付けなかった。
「きゃっ!?」
“清潔”を何とか避けた俺の後ろで、短い悲鳴が上がる。
俺を狙った“清潔”が、あろう事かアストライア嬢に命中していた。
「チッ、しまった……な……!?」
その異変に、俺もカスミちゃんも、動きが止まる。
アストライア嬢の全身が、眩いばかりの光に包まれだしていた。
「セ、セーダイ!! セー……あぁあぁあっ!!!」
アストライア嬢の悲鳴が聞こえるが、俺達にはどうすることも出来ない。
もちろん、傍観している訳ではない。
恐怖で怯えている訳でもない。
出来るなら駆け寄ってやりたい。
だが純粋に、“動けない”のだ。
今まで渡り歩いてきた中で、初めての経験だ。
呼吸さえ阻まれかける。
全く位相の違う存在、それを前にした矮小な自分。
象の前に立つ蟻、そんな感情が湧き上がる程に、目の前のアストライア嬢は、違う存在へと変貌していった。




