241:仕組まれた手品
構えたまま少し待ち、近寄らず、確実に動いていないことを確認する。
迂闊に近寄れば、簡単に反撃を喰らいそうだ。
呼吸が収まり、早鐘の様になる心臓が落ち着くと、ドッと疲れが体を覆う。
危なかった。
一瞬でも動きを間違えていれば、こうなっているのは俺の方だった。
手に持つメイスを調べ、大きな損傷がない事を確認して腰のホルダーに収納する。
左手の義手も調べ、異常が無いことを確認すると、まだ倒れたままのヘーファイトスに一礼して通路の奥に向かう。
この程度でこの武人がやられるとは思えない。
ならば、ここは譲ってくれたと考えるべきだろう。
その選択に感謝しつつ、俺はアストライア嬢の元へと駆けだした。
「……ゴホッ、ゴホッ。
全く……セーダイちゃんも容赦が無いんだから。」
勢大が立ち去った後、息を吹き返したヘーファイトスが咳き込みながらゆっくりと起き上がる。
両腕に付けられている籠手はひしゃげ、腕の骨と肋骨が折れていることを、その痛みで感じる。
「“我を癒せ”。
……あー、やれやれ、やっと楽になったわ。」
立ち上がりながら指を鳴らすと、ひしゃげていた部分は元に戻り、そして手甲と足甲が元通りに収納されていく。
「……まぁ、アタシも役目は果たしたわね。
後は彼女次第かしら。
あまり変なことにはなって欲しくないんだけれど……。」
髪を整えると、セーダイが向かった道とは逆の、地上に向けて歩き出す。
「それにしてもセーダイちゃんは面白いわ。
あの子じゃ無ければ、アタシが狙いたいけれどねぇ。」
“こればっかりは、仕方ないわねぇ”
そんな呟きと共に、上機嫌でヘーファイトスは去って行くのだった。
「……な……、どういう状況だよ、これ。」
アストライア嬢を追ってたどりついた空間。
以前の迷宮で見たような半円状のドーム型の空間に、何かを入れる透明なシリンダーのような装置が壁1面にビッシリと置かれている。
その最奥には、巨大な球形で透明な容器に、人間が一人、様々な器具に繋がれて液体の中で浮かんでいた
。
白髪に白い髭、肉体は鍛えられているのか脂肪分の少ない筋肉質な体型。
その姿は、迷宮で見た特異個体に酷似している。
となると、アレはユーピテルという前国王か。
そしてその巨大な球形の容器前には、カスミちゃんが立ちはだかるように腕を組み、周囲に浮かぶ魔方陣から次々に魔法が撃ち出されている。
そこまでは何となく想定していた状況だ。
ただ、そこからがよく解らない。
カスミちゃんの魔法から、アストライア嬢が守っているのだ。
アレス皇子を。
「陛下!おやめ下さい!
アレス様は既に意識を失っております!
法の下、正義に照らし合わせて罰すれば良いでは無いですか!」
「ハハハ、甘いなアストライア!
我が期待を裏切ったのだ。
どうせその者は死罪、ならばここで私が討ち取ろうが、結末に大差は無いだろう!」
アレス皇子は、ユーピテルが退去させられた時に身分を剥奪されることなく、カスミちゃんに子が出来るまでは第一皇子のままでいる事を許した、と、アストライア嬢が語っていた。
ただまぁ、こうして反乱を起こした以上、死刑は免れないだろう。
なら確かにカスミちゃんが言うことも解るが、アストライア嬢は法における執行を遵守している、と言うところか。
まぁ、俺個人の感情から言っても、何となくアストライア嬢を指示したくはある。
法があるのなら、それに従わせるべきだ。
一番上の人間がそれを嬉々として破るなど、あってはいけないだろう。
腰裏のホルスターからリボルバーを抜き取り、撃鉄を起こして構える。
狙うはカスミちゃんの肩辺り。
流石に防がれるだろうが、万が一頭を狙って防がれなかったら大惨事だ。
破裂音と共に飛び出した弾丸は、しかし予想通りに見えない何かに弾き飛ばされる。
流石にその辺の騎士と違い、カスミちゃんクラスになれば常時防御フィールドが展開しているらしい。
「ムッ?……お前か異邦人。
ヘーファイトスはどうした?」
リボルバーを腰裏のホルスターに戻し、改めてメイスを抜き取り、構える。
「さてね、やっこさん今はお昼寝中らしい。
そうだ、後でお茶会に呼ばれてるんだ。
お前もついでにどうだ?」
カスミちゃんはキョトンとした顔をしていたが、俺の言葉が脳内に徐々に伝わっていたかのように、、ジワジワと獰猛な笑顔を浮かべる。
「それは良い、お前から誘われたとは嬉しい限りだ。
なら、十分にめかし込まなくてはな。」
俺はメイスを肩に担ぎ、ジリジリと距離を詰める。
アストライア嬢はずっと魔法で防御し続けていたからか、汗だくになりながら肩で息をしている。
よくここまで耐えたモンだ。
「お嬢、よく耐えた。
動けるくらいまで回復したら、ソイツ抱えてここから脱出しろ。」
「……!? セーダイ! それは!!」
炎の弾丸をメイスで弾き飛ばしながら、更にカスミちゃんに近付く。
あと少し、一息で近付ける位置まで行って、やっと“やや劣勢”くらいだ。
「自分のことだ、解るだろ?」
アストライア嬢の魔力は殆ど残ってない。
それは消耗しきった顔を見れば解る。
彼女もそれを理解したのか、汗の滲む硬い表情で、小さく頷く。
「俺を相手にしているのに、他の女に声をかけるなんて、中々に余裕があるな。」
見れば、あの時俺を焼こうとした極大の炎が、ヤツがかざした手の先に顕現していた。
その時、右眼が奇妙な現象を写す。
後ろにある容器の中のユーピテルが苦しみ、そこから出た淡い光がカスミちゃんに入っていく。
その体に入った淡い光が手を通じ、炎が膨れ上がったのだ。
それを見て、ふと頭によぎる疑問。
「お前、もしかして“男性の魔法を封じた”んじゃなくて、“この世界の魔力を、ユーピテルに束ねた”のか?」
そして、自分を介して女性に魔法を行き渡らせる。
この推論は前から考えていた。
俺の問いは、カスミちゃんがより凶悪な笑みを浮かべたことで、確信に変わる。
“もしも封魔の魔法系なら、何故破魔の腕輪を持っていたのに抵抗出来なかったのか”というのが、推測の始まりだ。
アレをマキーナが解析したときに解ったことだが、破魔の腕輪は外側からの魔力は防ぐが、内側からの魔力は防がない。
そうで無ければ、相手の魔法を防ぎながら自分は魔法を放つ、と言うことが出来ないからだ。
この場合で見れば、“魔法を封じる”という行動が外圧に当たる。
だが、“魔法を特定の存在だけが使えるようにする”というのは、“内側の魔力”に該当してしまうのだ。
かつて別の世界で、似たようなモノを見たことがある。
魔族の四天王に対して、数十人の僧侶が自身の魔力を勇者に託して、一人では撃てない極大魔法を使ったことがあるのだ。
あれの応用だとすれば、合点がいく。
あれの応用ならば、何かの対象に魔力を束ねてしまえば、全ての耐魔力系アイテムは無効化され、全ての人間から魔法を使えなくさせることが出来る。
その後で、特定の対象に“魔力をギフト”すれば良い。
しかもこれの利点として、身分によって魔法の強さを変えるなど、使い手の管理がしやすいのではないか。
ならば、その束ねている対象を解放すればこの世界の問題は、大半が解決するのでは無いか。
束ねている対象が前国王だとは思わなかったが、攻略する方法を考えていたときの推論は、どうやら概ね正解だったようだ。
「ハハハ、お前は勘が良いな!
もう1人の異邦人は全く魅力を感じぬほど愚鈍だったのにな!
どうだ? 今なら正解の褒美に、余自らがハグしてキスしてやっても良いぞ!」
「へっ、その申し出はありがたいけどね。
出来れば俺のお願いを叶え……。」
「それはダメですカスミ陛下!! 陛下と言えど許しませんよ!!」
……あのさぁ。
疲労困憊の筈なのに、突然割り込むアストライア嬢のお陰で、俺の言葉は掻き消されていた。




