23:夜空の下で
村の西側には開けた草原が有り、そのすぐ先には森林地帯が広がっていた。
少し入ってみたが、鬱蒼と木々が生い茂り、昼でも薄暗い空間だった。
しかし入り口付近はまだ日が差し込むからだろうか、しなやかで柔らかい若木も多い。
(なるほどねぇ、剣を振るうなら気にせずぶった切れるが、今はメイス使ってるしなぁ……。)
王都に来る前の一件以来、俺は剣を上手く扱うことが出来ないのを自覚していた。
そこで拾った剣を下取りに出して、手持ちの武器は手頃なメイスに変更していた。
長さは大体俺の肩から指先くらいまで。
持ち手は革で巻かれ、先が軽く尖った金属の棒の先端付近に、同じく金属の突起が上部に4枚付いていて、しかもその突起の一つ一つは全体が研がれて鋭くなっている。
叩く、切る、打つ、払う、突くといった大抵のことが出来つつ、刃を立てる必要も無ければ血脂で切れ味が落ちることを気にする必要も無い、俺にとっては便利な武器だった。
欠点は見た目が地味なことと、何故か僧侶に見られる事だろうか。
“血を見る必要が無い武器”っていう評価で僧兵に装備させてたのは、元の世界でもヨーロッパのいつ頃の時代だったか。
ある程度の見聞を終え、平原に戻り森と村を繋ぐ線上にテントを立てて、自分の荷物をそこに放り込む。
そのラインには犬の足跡と鳥の羽も確認できていた。
コースは間違いなくここだろう。
後は少しトラップを仕掛けたいが、そのまま仕掛けても気付かれる時は気付かれるからな。
俺はテント周囲の土を掘り返し、少し離れた小川から水を汲んできてそこにぶちまけ、適当に掘った土を混ぜる。
いい感じの泥のプールだ。
「マキーナちゃん、いつものひとつヨロシク。」
俺はマキーナをへその下に当てると、気楽に伝える。
最近は“起動”と言わなくても、その意志を伝えるだけで、全身鎧になることが出来ていた。
<……マキーナ、起動シマス>
いつもよりノロノロとした速度で、赤い光の線が俺の体を囲む。
この後の運命を悟ったのか、嫌そうな起動だった。
まぁ仕方が無い。
マキーナを着て戦うと、変身を解除する際に飛び散った泥や血、敵の粘液まで、全てはじいてくれるのだ。
しかも元の世界から持ち込んだ物だけという限定ではあるが、その際に破れていても汚れていても壊れていても、元通りに復元できる。
匂いを消すために泥でコーティングしたいが、泥まみれになると後が大変だ。
仕方ないのだ、マキーナ君。
『トゥッ!』
調子にのってフライングボディプレスの体勢で泥プールに飛び込むその瞬間、まさかの反応があった。
<モードチェンジ、アンダーウェア>
次の瞬間、鎧がフッと消える。
着ている感覚はある。
でも見えない。
「おぶっ!!」
次の瞬間には茶色い水しぶきと共に、泥プールにダイブしていた。
全身にまとった生乾きの泥を不快に思いながら、森の中で作業を行う。
色々とあったが、この凄い発見が出来たことを喜ぼうと思う。
マキーナには幾つかのモードが存在していた。
通常モードは全身が真っ黒なダイビングスーツの様な物で覆われ、手甲、足甲、胸当てが存在する。
ランスはかつて“この鎧には防御力がない”と言っていたが、手甲やらには一応普通の鉄板位の防御力があった。
ただそれだけなので、彼が戦ったような超常の相手をするには、確かに“防御力がない”になるだろう。
今回使われた“アンダーウェア”モードは、言ってみればサンオイルを全身に塗った様な物だ。
機能的には、“手甲等も無くなった本当に防御力がない通常モード”と言う感じだが、物に触れる感触は通常モードよりはるかに鮮明に感じられる。
しかも透明で有り、防具や服の下に展開される様で、もしかしたらこちらの方が普段は便利なんじゃないか、とも思えるぼどだ。
そう言えばいつもなまじ防具も綺麗なので、一時期は本当に退治したのかと疑われていたほどだ。
つまりはだ。
本当に皮膚に貼り付いているレベルの薄さなので、匂いから感触から何からを、余すこと無く体験できる。
全身に泥をなすり付けるのが、こんなにも苦痛だったとは。
マキーナ先生、いつもホントすいませんでした。
そんなことを思いながら作業を続ける。
まぁ、実際野生の獣を狩るなら、きっとこんな子供だましでは無理だろう。
でも魔物化してるなら話は別だ。
何というのだろうか、力が強くなる代わりに勘が鈍くなる、という感じなのだろうか。
俺程度の知識でも、何とかなることが多い。
「竹みたいな素材の木が多いから、やっぱりパンジ・スティックかなぁ。」
独り呟きながら仕込みを始める。
おおよその仕掛けを終えた頃には、もう日も落ちかかっていた。
仕掛け終わった俺は、粗方乾きかけた泥を落とし、竈に火を入れ、鍋でお湯を沸かす。
松明を何本か用意し、火を付けぬまま周囲に立てる。
鍋に干し肉を入れ、村で買った野菜を適当な大きさに切って一緒に煮込む。
何故か王都にあった醤油風の調味料を入れてかき混ぜる。
(これもアタル君の知識とかなのかなぁ?
大豆から醤油を作るとか、俺そんな知識無いなぁ。)
現代の知識で無双と言っても、実際にその職にでも就いていなければ相当難しいと思う。
もしかしたらそれは、この世界が優しく補正してあげているんだろうか。
そんなことを思いながら鍋をかき回し、いい香りが辺りに漂った頃、それに気付いた。
“まぁ、こんな匂い嗅がされてりゃ、そりゃあ腹も減るよなぁ。
しかし、俺が一口喰うくらいまでは我慢して欲しかったなぁ。”
鍋に蓋をし、火から下ろす。
手持ちの松明に火を付け、周囲の松明にも点火する。
森の奥から迫る獣の気配。
なるほど、俺も少しは冒険者らしくなってきたらしい。
ブルータス氏の言っていた言葉が、今なら理解できる。
“ギャイン!!”という犬の悲鳴がきっかけだった。
獣の動きが速くなる。
(音から察するに杭の落とし穴に引っかかったな。
接近してくる残りの足音は2匹、事前情報通りか。)
暗闇の中、森の入り口辺りに2対の赤い点が左右に2つ。
回り込み、両側から攻めようという考えか。
赤い点がこちらを向きながら、かなり速いスピードで左右に割れて回り込む。
だが、右側の赤い点が、またもや“ギャン!!”と悲鳴を上げて消える。
「よそ見してると危ねえぞ。
紐には引っかかるなよ。」
あの辺は、草むらの中に先端を尖らせた杭が付いた若木が、しならせて幾つか設置してある。
紐に引っかけたり、紐の上に置いた板を踏むと、それが作動するように仕掛けておいた。
「残るは左の1匹のみか。」
地を滑るような速度でこちらに向かってくる。
俺はメイスを握り、突撃を迎え撃つ。
「さぁ来い!
俺はここだぞ!」
ワザと大声を出し、場所をハッキリと教える、
獣はより一層身を低くしながら加速し、その迫り来る赤い双眸がくっきりと見える。
あと少しで飛びかかって来るであろうその瞬間、“ギャイン!!”と悲鳴を上げながら、俺の足下に転がり込んできていた。
「その辺の草むらには、先を尖らせた細い杭を打ち込んであってね。
まぁなんだ。
成仏してくれ。」
メイスを振り下ろし、倒れている魔犬の頸椎を砕く。
残った2匹も同じように罠で暴れている所を近寄り、メイスを振り下ろす。
力を手に入れ、暴れ狂い、そして遂には殺される。
いつかは自分も、こうなってしまうのだろうか。
俺は本当に、昔のままの俺なんだろうか。
わからない。
これ以上考えてもらちがあかない。
まずは中断した食事をとり、何故コイツらが魔物化したのか、それを調べよう。
空腹は良くない、悪い事ばかりが頭をよぎる。
夜の冷たさに手足が冷えていた。
心の奥は、更に冷えていた。




