236:西へ東へ
「緊急招集で集まったのはこれだけか。」
アストライア嬢の目の前には、急ぎ集められた10人の女騎士。
「アストライア様、申し訳ありません。
“天秤と剣”騎士団に配備されている者の多くは地方出身者でして。
今回、迷宮攻略により王宮より臨時手当もあったことから、大半の者は休みに合わせて国に地元に戻っておりまして……。」
一人の女騎士が口篭もりながらそう答える。
とはいえ、“天秤と剣”騎士団は“騎士団”と名乗っているが、50名もいないくらいの、元の知識から照らし合わせれば小規模な部隊だ。
魔族との戦いが終わりどの騎士団もその規模を大きく縮小しており、王国は広大な大陸のほぼ全土を手中に収めている。
反乱を鎮圧する場合も、魔法が使えることから大規模な部隊よりも機動力が重視され、ましてや反乱の予兆は“星詠み”が見つけ出すため、反乱が拡大する前に芽を摘む事が出来る。
そうしているうちに、“天秤と剣”も、言うなれば迷宮攻略を主とする部隊へと規模を縮小していた様だった。
「……集まらぬ者を嘆いていても仕方が無い。
我々はこれより城門前の部隊に加勢し、反乱軍を鎮圧する。
各員、出撃!」
女騎士達は馬に跨がると、次々と馬を走らせる。
「セーダイは後から来てくれれば良い。
どうもこの騒ぎ、首謀者がアレス皇子で、国中の男達がほぼ加担しているらしい。
……其方も、どちらかと言えばあちらに味方したいかと思う。
だから極力、戦場には出るな。
負傷した騎士を救出してくれれば良い。」
馬上から、アストライア嬢が俺に声をかける。
「お嬢、俺は途中で裏切るかも知れねぇぜ?」
「その時は……、私に見る目が無かったと諦めるさ。」
少し寂しげにそう笑うと、アストライア嬢は馬を走らせる。
その後ろ姿を見ながら、俺はまだ悩んでいた。
(やれやれ、どっちを助けたモンかなぁ。)
心情的には、男性の方を助けたい。
正直、女の汚いところを見過ぎていた。
平等の名の下に行われる、女性優遇・男性差別対策。
もはや度を超していると思うが、人の欲望に際限は無い。
そんなモノを助けたいかと言われれば、大真面目にNoと言うだろう。
だが、“大半がそうであるが、全員がそうでは無い”事も解っている。
出来るなら、戦闘はどちらにも肩入れせず、それでいて男性の脱出は手伝いたい。
(高望みしすぎると、大抵失敗するんだよなぁ。)
どんなことでもそうだ。
出来ることを、やるしか無いのだ。
目的地に近付けば近付くほど、悲鳴と怒号、爆発音や銃声が聞こえる。
城門付近の住民は、とうに避難しているらしい。
争う音がアチコチから聞こえる。
俺は物陰に隠れ、状況を見極める。
「撃ってくるぞ!魔法障壁を!」
「“光の盾よ! ここに顕現せよ!”」
周囲で松明が燃え、路上の残置物が燃えているが、それでも光の盾はよく目立つ。
その光が見えれば、アチコチから銃声が聞こえ、銃弾が飛び交う。
「も、もう持ちません!」
「もう一度だ! “光の盾よ! ここに顕現せよ!”」
光の盾が消える寸前に、別の誰かがまた光の盾を出す。
そうすると、また絶え間なく光の盾めがけて銃弾が飛び交う。
相手の魔力が無くなるまで撃ち込まれ、遂には騎士の方に被害が出始める。
魔力を失い、倒れ伏す仲間を庇うために普通の盾をかざすが、流石に銃弾の前には意味を成さない。
簡単に撃ち抜かれ、金属鎧を貫通して騎士にダメージが入る。
その女騎士は瀕死の仲間を守るために最後まで盾となっていたが、それも頭に銃弾を受けたことで終わりを告げる。
「どぅだぁ!
今まで散々馬鹿にしてきた、男にやられる気分はぁ!!」
相当に鬱屈したモノが溜まっていたのだろう。
動かなくなった骸に、何人かが近寄り更に銃弾を浴びせる。
誰も彼も、何もかもが見るに堪えない。
物陰から出てぶち殺そうかと思った矢先、スッと現れた影が、男達の一人を思いきり殴りつけていた。
「死者を冒涜するな。
我々には時間が無いのだ。
こんな所で無駄な事をしていないで、城門の破壊に加勢しろ。」
死体撃ちに夢中になっていた男達は一様に怯えると、殴られた男を担ぎ上げて城門側に慌てて走っていく。
松明の灯りに照らされた横顔を見て、見たことのある人物だと思い出す。
そうだ、あの殴りつけた男、皇子と会ったときに、一言も喋らずにその場にいた男だ。
男はため息をつくと、ズタズタになった女騎士をチラと見、簡易の祈りを捧げると、物陰に隠れている俺の方を向く。
「幻滅されたか? 異邦の人。」
男が被憎げに笑う。
完全に気付かれていた。
俺は仕方なしに、隠れるのを止めて物陰から姿を現す。
いっそ、女が全て、よく見かけるような酷い存在だけだったら良かった。
或いは、男が全て、さっきみたいな奴等だけだったら良かった。
そうすればどちらか一方を悪と断罪し、それ以上何も考えずに俺は暴力を振るっただろう。
だが、物事はそんなに簡単じゃ無い。
「……正義の味方を気取る気はねぇよ。」
それを名乗るには、少し歳をとり過ぎた。
歳をとれば、清濁併せ持つのが人だと理解できてしまう。
先程の蛮行を働いた彼等も、普段は善良な市民なのだろう。
目の前の無口な男と、静かに対峙する。
別に敵同士でも何でも無い。
ただ、たまにこういう手合いがいる。
“己が強さのみに執着する”
それしか頭にない手合いだ。
あの時、皇子との会合の時も、この男だけは静かな殺気を放っていた。
多分この男は、本質的にはどちらよりでも無い、ただ強い相手と戦いたいだけの存在なのだろう。
それでも、目の前の無口な男は、放っていた静かな殺気を解く。
「部下を叱っておいて、自分が同じ様なことをしていては、立つ瀬が無いな。」
男は小さく笑うと、手に持っていたリボルバーの弾倉を交換し始める。
今この場で、争う気は無いという意思表示か。
「陽動は成功した。
大半の男達は裏から逃げた。
後は我々が、もう少し騒ぎを起こしたらここから離れるだけだ。」
「騒ぎ?もう起きてるじゃねぇか?」
俺の言葉に、一瞬だけ意外そうな顔をすると、“そうか”と何かに納得する。
「……彼の方を探しているなら、ここにはいない。
あの御方は“全ての存在から魔法を取り上げる”べく、城の地下に向かったよ。」
予想もしていなかった事を聞く。
皇子も、てっきりここに居るものだと思っていた。
つまり、皇子にとってはこの脱出すらフェイクなのか。
本命は、よくわからんがあの城の地下って事か。
何となく、嫌な予感が頭を通り抜ける。
理屈では無く、心が“そこに向かえ”と訴えかける。
「良いのかよ?
俺は女騎士の飼い犬だぞ?
ご主人様に言いつけちまうかも知れんぜ?」
無口な男はニヤリと笑うと、何も言わず俺に背を向けて歩き出す。
“全てはもう遅い”
そう言いたいのだろうか。
良いだろう、何だかよく解らねぇが、その挑戦受け取った。
俺も男に背を向けると、アストライア嬢を探すために駆け出した。
だから、男が足を止め、こちらを振り返った事には気付けなかった。
「あの方は死ぬつもりだった。
お前の存在は、あの方が逃げ延びるのに丁度良い。
頑張って生贄の羊になってくれ。」




