235:前夜祭
パーカッションキャップ式リボルバー。
この銃は弾倉に直接火薬と弾を詰め、後ろの小さな鉄の筒に火薬のキャップを詰めるタイプで、
弾倉を直接交換することもできるので、あらかじめ弾込めをした弾倉を複数持っていれば、意外な速さで連射することが出来る。
何より、この世界ではまだ見たことが無かった。
(欲しい…。)
使い勝手という意味ではパーカッション式のリボルバーも、使いづらい事には変わりない。
とはいえ、大体の武器屋で運送屋用に売られているのは、もっと使いづらいフリントロック式の銃だ。
連発できるだけでも、その価値は高い。
「……ちなみに、こいつはいくらなんだい?」
特に興味がないふりをして、武器屋のオバちゃんに値段を聞く。
オバちゃんはニタリと笑いながら“本当は金貨10枚欲しいところだけど、特別価格で、金貨5枚でどうだい?”と持ち掛けてくる。
買えなくはない。
なんだかんだ、アストライア嬢の屋敷で働いている分の給金は出ているし、実際迷宮にも数回は潜っていた。
その時の素材費の一部などが懐に入っていたので、例えば金貨10枚だとしても、頑張れば買えなくはない。
だが、こういうファンタジー世界で、店側から言われた値段で購入するのは素人のすることだ。
無論、文明の遅れを馬鹿にしているのでは無い。
ただ単に、元いた世界と違い“定価”が無いだけだ。
“取れる奴からは取る”
“口車に乗ったヤツが悪い”
ただそれだけのことだ。
ただまぁ、こういう交渉が出来るだけでもありがたい。
大抵の店は“男の癖に”と言われ、店の言い値は絶対であり、価格交渉は許さない。
下手に騒げば、衛兵に突き出される。
そう言う意味でも、俺は“男でも女でも平等にふっかけ、そして交渉を楽しむ”この店が気に入っていた。
「ハハハ、馬鹿言っちゃいけないよオバちゃん。
最近じゃスラムでも似たようなものを見ているぞ?
出回り品なら、よっぽど高品質なモノで金貨1枚程度じゃないか?」
如何にも訳知り顔で、余裕の表情は崩さない。
「何だい、知ってるのかい。
アンタは相変わらず騙し甲斐が無いねぇ。
たまには飛びついたらどうなんだい?」
オバちゃんから、俺の想像とは違う言葉が出て来る。
少しだけ動揺しながらも、“まぁな”と言って表情は崩さない。
結局リボルバー銃に関してはアレコレ交渉して、弾、火薬、グリース、予備の弾倉2つにクリーニングキットを着けてもらい、金貨2枚で購入した。
「ちなみにオバちゃん、これ売った奴ってどんな奴だった?」
早速弾倉に火薬と弾を込め、グリースで蓋をする作業をしながら暇潰しを装い、情報を聞き出す。
「それが不思議なんだよ。
これを持ち込んだのはスラムの連中なんだけどね、同じモノを幾つも持ち込んできて、しかもご覧の通りの綺麗な品だろう?
もしかしてアイツら、行商人の荷馬車でも襲ったんじゃ無いかと疑ってたんだが、門番に聞いてもここ最近そんな事件は起きてないって言うじゃないか。
何ぞ、こういうモノを配り歩いてる物好きでもいるんかねぇ?」
やられた。
スラムの住人が売ったなら、それこそ二束三文で買い叩いたはずだ。
金貨2枚でも多すぎたな、こりゃ。
……いや、そこじゃない。
これは皇子の一派が配り歩いてると言うことだ。
同時に、“何故?”と言う疑問も出る。
銃は魔法で弾かれるから、あまり重要視されていない。
だからいつまでも、フリントロック式の銃が主力なのだ。
撃つまでに手間がかかり、しかも撃ったところで防がれる。
俺は手元の、弾を込めたばかりの弾倉をリボルバーから取り外して、ジッと見つめる。
“じゃあ単発でダメなら、連発なら?”
もしかして、そう言うことなのか。
この世界の魔法は内包型、つまり個人の精神力?MP?ともかく、そう言ったモノが無くなれば、暫く休まなければ使用することが出来ない。
単発で回転効率の悪いフリントロック式の銃なら無理だが、装填済みの弾倉を大量に用意したこのパーカッション式のリボルバーなら、人数さえいれば弾幕がはれる。
この世界、銃はそこまで脅威と見なされていない。
なら、今ならその盲点を付ける可能性は高い。
ただ、と、顔を上げる。
スラムにまで銃を配ったのはやり過ぎだ。
この国は、もう修復しようのない問題を抱え込むことになる。
元の世界で言うなら自由の国、あそこの銃規制が進まないように。
1度広まれば、回収は難しいだろう。
それとも、皇子はこの国に愛想を尽かしてしまったのだろうか。
俺は武器屋から出ると、落ち始めた夕日を見る。
赤々と燃える夕日が、この後の惨劇を予告しているように感じられて、俺は足早にアストライア嬢の屋敷へと歩を進めた。
誰も彼もが寝静まり、最も人が活動していない時間帯が近付く。
今晩は月明かりのない完全な暗闇。
俺は静かに、荷物の整理をしていた。
元々私物は多くない。
衣類の他は、今日買ったこのリボルバー位が荷物と言えば荷物だろう。
同じく武器屋で購入していたリュックサックに、諸々の荷物を整理して入れる。
多分もう少ししたら、彼等の騒ぎが始まるはずだ。
それに便乗して再度城に潜入して、あの転生者にもう一度会う。
説得して、ダメならもう一度再戦だ。
スーツは回収できてはいないが、アレは俺が転送されれば同じように転送され、次の世界ではどうせまた着ている。
いつも迷宮に潜る時の、戦闘用の服に身を包み、ホルスターを腰の後ろに収まるように取り付ける。
ちょうどその時、静かな夜に響き渡る爆発音が聞こえた。
窓から外を見れば、城門の近くで立ちのぼる煙と炎が見える。
始まった。
俺はリュックを背負い、部屋を出ようとしたときに扉が激しく叩き鳴らされる。
「オイ、セーダイ! 無事か!?
今、町で何か凄い音がしたぞ!」
色々とバレるのはマズい。
慌ててリュックをおろし、毛布を巻き付けて服が見えないようにしながら、さも寝ていたような表情で扉を開ける。
「……お嬢、今の音は何だい?」
「おぉ! 無事だったかセーダイ!
何か今城門の方で騒動があったようだ。
緊急事態で声がかかるかも知れないから、すぐに装備を整えてくれ。
私も装備を整えたらまた来るからな、急げよ!」
それだけ言い残すと、アストライア嬢はすぐさま自室に駆けていく。
しまった、普段のアレな姿を見ているからついつい侮ってしまうが、お嬢は兵士としてはかなり優秀な方だった。
お嬢は間違いなく、騒動を止めるために狩り出されるだろう。
自分の目的と、お嬢の身の安全。
悩みに悩んだ末、俺はアストライア嬢の部屋の扉を叩いていた。




