234:カウントダウン
「フヘヘ……、プレゼント……。」
「ホラ、掃除の時間だぞお嬢サ……。
……お嬢、人に見せちゃいけない顔してるぞ?」
ノックをし、別段慌てた様子が感じられないからと、そのまま開けると、アストライア嬢は寝間着のまま、ベッドの上で左腕の腕輪を見ていた。
かなりお気に入りなのだろう。
女の子がしてはいけない様な表情をしている。
バトルジャンキーの気があるお嬢だ。
相手からの魔法を無効化する腕輪というモノは、迷宮の魔物も使ってくる以上、かなり重要なアイテムだからな。
「バッ!! セーダイ!!
乙女の部屋に入るときは、ノックをしないか!!」
「ノックして反応無いから入ってきたんだろうが。
ホレ、廊下で待っててやるから、はよ着替えなさんな。
それとも、このまま部屋掃除していいか?
或いは、お着替え手伝って欲しいでちゅか~?」
素早く廊下に出て、投げ付けられた枕を、扉を盾がわりにして防ぐ。
この屋敷の扉は枕から火炎魔法まで防げる、実に良い品だ。
皇子との会談、あれから数日が経っていた。
確か予定では、今晩か明日の深夜だったと思う。
あれから皇子とは会っていない。
ただ、あの運送屋のオッサンと少し仲良くなっており、そこ経由で情報をちょっとだけ得ていた。
結局、俺はこの反乱には参加しないことを決めていた。
ただ、皇子はそんな俺に、“残った者には、それ相応の苦難が待っているだろう”と言い残していた。
まぁ、多分そうなるだろう。
大量に男が逃げるのだ。
残った男達には、更なる労働が待っていることだろう。
正直なところ俺自身、反乱が終わったらここに居ようとは思っていない。
城の構造、町のレイアウトは大体頭の中に叩き込んだ。
反乱の騒ぎに乗じて転生者を仕留められれば良し、もしそれが失敗したなら、一旦近場の町や山に身を潜める予定だ。
何処にも属さず、俺は俺の目的を果たす。
そんな事をボンヤリ考えながら扉の前で待っていると、長女の部屋からエウノミア嬢が出て来る。
鎧一式に身を固めた完全武装だ。
俺は頭を下げ、通り過ぎるのを待つ。
「……お前、確かセーダイと申しましたわね。」
通り過ぎる瞬間、声をかけられる。
普段なら“その場にいない者”として素通りされる事が多いのに、珍しい事もある。
「ハッ、左様でございます。」
顔を上げ、エウノミア嬢を見れば、いつもと変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
ただ、今日はその笑顔に、何か嫌な予感を感じる。
余計なことは言わないでおこう。
「アストライアはまだ寝ているのですか?
規則正しい生活を心掛けよ、といつも言っているのに、あの娘は……。」
「アストライア様は起きていらっしゃいますが、本日はお休みです故。
お部屋で寛いでいらしたご様子。」
“あら、そうでしたか”と微笑むエウノミア嬢は、しかしその目は笑っていない。
「時にセーダイ、我が妹に、本日からお休みを取るように勧めたとか?
それは、何故?」
何かの確信があるような口ぶり。
背中に氷をツッコまれたような殺意が、俺に纏わり付く。
いや、偶然かも知れない。
俺にカマをかけているだけかも知れない。
俺からボロを出すわけにはいかない。
極力表情を硬くせず、あくまでも普段通りに。
向けられた殺意にも気付かぬフリをしながら、笑顔を作る。
「最近の迷宮攻略以降、アストライア様は何かお疲れでしたので。
深刻になる前にお休みを取られてはいかがかと、差し出がましい事では御座いますが、進言させていただきました。」
必死に、ヤバい商談先の強面の人と会った時を、思い出しながら、自然な笑顔でそう答える。
「……そうですか。
つまらぬ事を聞きました。
ファステアの村近くに、またも迷宮が出たらしいと言う情報がありました。
私の“炎と雷騎士団”は先行調査のために、これより出陣します。
戻りはどんなに早くとも明後日になると思いますので、その間の食事の用意は不要です。
また、アストライアが不摂生をせぬよう、しっかり監視をお願いします。」
「おいセーダイ、着替えは終わっ……、あっ、エウノミア姉様、おはようございます。」
慌てて着替えて出て来たであろうアストライア嬢に、エウノミア嬢はクスリと笑い顔を見せる。
「では、頼みましたよセーダイ。
この娘は、“何故か”貴方の言うことなら聞くようですから。」
「なっ!?
ななな、にゃにを仰るのですか姉様!!」
コロコロと変わるその表情を楽しげに見ながら、エウノミア嬢は“では、よろしく”と告げて歩み去る。
俺はただ、静かに頭を下げるのみ。
「なぁ! セーダイ!!
姉様はお前に何を言ったんだ!?」
言葉を発すれば、面倒事と言う火にガソリンを注ぐことになるのが、目に見えている。
昼にこの国の1番の戦力である“炎と雷騎士団”が出立する。
ふと、幾つかの世界の出来事と照らし合わせる。
ファステアの村近くに迷宮が発生する事象、それは確か、魔族が存在するなら“四天王”クラスの敵が出現したときだ。
だから、1番の戦力を向かわせた、と言うことだろうか。
俺の時もそうだが、この国にいる“星詠み”という存在、もしかしたら転生者よりも先に手を打たねばならない存在では無いだろうか。
その時、ふと思ってしまう。
“何故、星詠みとやらは皇子の反乱を予期できないのか?”
という疑問を。
もしかしたら、皇子は泳がされている?
“炎と雷騎士団”は、本当にファステアに向かうのか?
俺が言ったように、本当に反乱分子を炙り出すための囮なのか。
エウノミア嬢が俺に問うた真意は?
考えれば考えるほど、悪い想像が頭をよぎる。
考えると落ち着いていられず、何となく町へ。
武器屋の扉を開け、だいぶ減っていた棒手裏剣を買い足す。
「兄ちゃん、アンタから頼まれたから定期的に作ってはいるが、たまには他の武器も買っていかんかね?」
「そうは言ってもオバちゃん、何か良い武器入ってるのかよ?」
武器屋のオバちゃんが、面倒そうな声を上げる。
ヘーファイトス氏が作成してくれたメイスはまだまだ問題ないし、仕込みの飛び道具は棒手裏剣位しか使わない。
ダメ元で適当に言ってみたが、珍しく食いついたと思ったのか、オバちゃんはニタリと笑い、カウンターの裏から木の箱を取り出す。
「これはドワーフの一部に流れているっていう品らしくてね、この辺じゃ滅多にお目にかかれないシロモンだよ。」
オバちゃんがもったい付けて開けた木の箱の中身を見て、それまで興味を持てなかった俺も、思わず目を引かれた。
「へぇ、パーカッション式のリボルバーかぁ。」
「なんだい、知ってるのかい。」
木の箱の中には、映画や雑誌の中だけでしか見たことが無い、雷管がパッチ式のリボルバーが鈍色の光を放っていた。




