231:エクゾダス
「やはり君は、僕の想像通りの方のようだ。」
「お眼鏡にかなって光栄ですがね、その辺のことが払拭できないと、俺はアンタを素直に信じられないな。
アンタもよくわかっていると思うが、転生者の使う不正能力ってヤツは、規模も威力もやっぱり恐ろしいモンなんだよ。
言っちゃ悪いが、アンタ如きが転生者の認識改変を防げるとは、到底思えない。
下手したら全部アンタの妄言、いや、酷い場合にはあの転生者に“そう思い込まされて不穏分子を炙り出す手伝いってやつを、意識しないままさせられている”のかも知れないからな。」
嬉しそうな皇子とは対照的に、俺は静かにそう言い放つ。
てっきり大男辺りが喚くと思ったが、周りにいる男達はただ目を見張って俺を見ているだけだ。
「……なるほど、殿下が注目されていた理由、少しだけ理解しました。」
大男は怒るのでは無く、逆に静かにそう告げると、腕組みを解いて両手をテーブルに置く。
そして、ふと隣を見ると、どうしていいかわからなさそうにしている運送屋の男に、何か紙切れの様な物を渡しながら声をかける。
「おい、運送屋、おまえには後で約束通り報酬を渡す。
これを持ち、後に若旦那の店を訪ねるが良い。
本日はもう帰られよ。」
「へ、へい、……あ、でも。」
運送屋が、何か言いたそうに俺を見る。
その表情で、報酬の取り分の話だと思い至る。
コイツ、見かけによらず律儀なヤツだ。
「……悪かった。
報酬の話、アンタが全部持っていって良いよ。」
俺の言葉に、運送屋はホッとしたような表情を浮かべる。
それから、懐をゴソゴソ探すと、銀貨を数枚、俺のテーブルに置く。
「あ、アタシ等の業界じゃ貸し借りは大事なんだ。
確かに、よくわからないままアンタを連れていこうとした俺にも非はある。
こ、これはその、せめてもの詫びだ。
受け取ってくれ。」
「……わかった。確かに受け取った。」
俺に銀貨数枚を渡すと、運送屋の男はそそくさとこの場を立ち去った。
掴み上げた銀貨を見れば、黒ずんだバリウ銀貨が数枚。
値段以上に、これにはあの男の誠意が詰まっているのだろう。
俺は懐に銀貨を入れると、皇子に話の続きを促す。
「さて、ここから先を君に伝えることは僕はやぶさかではない。
だが、それを聞いてしまった場合、君には色々と不都合なことをお願いしなければならないと僕は思っていてね。
どうだろう、約束して頂けるかな?」
穏やかに、しかし目の奥が笑っていない笑顔で、皇子は切り出す。
周辺から音は消え、温度も少し下がったように感じる。
「……構わねぇよ。ただ、“お手伝い”は何処まで出来るかは、聞いてみないと何とも約束出来んがね。」
「それで結構だよ、“異邦人”殿。
さて、何処から話したものか。
そうだな、まずは“何故、魔法の効果を受けていないか”かな。」
皇子は袖をめくると、隠すように着けていた腕輪を見せる。
その腕輪は、この間の迷宮探索で、あの特異個体からドロップしたものとよく似ていた。
「この腕輪は“破魔の腕輪”と呼ばれていてね。
身に着けている者に“全ての敵意、悪意ある魔法を寄せ付けない”という代物なんだ。
……君からすると、やっぱり眉唾な話に聞こえるかも知れないが。」
聞きながら、なるほどと思う。
あの時、攻撃魔法は全て霧散していた。
あれはあの特異個体の特性かと思ったが、どうやら隠し持っていたこの腕輪の効果なのか。
もしかしたらこの腕輪は、世界が転生者に抗うために用意していた、舞台装置なのでは無いか?
いや、皇子が身に着けていた所を見ると、ただの偶然か。
「……いや、最近、その腕輪の効果を嫌と言うほど知らされる機会があった。
それの効果が本物なのは、身をもって知ってるよ。」
苦笑いと共に迷宮での一件を伝えると、皇子は突如として表情を変える。
「その腕輪は、今どこに?
この腕輪は、我が父ユーピテルが私の成人の祝いにと作成した物なのだ。
第二皇子の成人の際にも渡そうと、もう一つ作っていたのを知っている。
第三皇子の分はその後に転生者の件があったので解らないが、少なくとも後1つはあるはずなのだ。」
その言葉を聞き、やはりこれが“世界の抵抗”なのだと気付く。
あの“神を自称する存在”ですらもどうしようも出来ないのが、この現象だ。
不思議と、世界は転生者を異物と認識している。
転生者が何かすれば、必ず反作用に近い何かを、この世界に生み出している。
ただ非常に残念なのは、“その反作用、何故か俺は使えない”と言うことか。
今回も、あの腕輪はきっと俺には使えないだろう。
それが使えれば、すぐにでも転生者を打ちのめしてこの世界を終わりに出来るのだが。
「……確か、アストライア嬢がまだ持っているはずだ。
ただ、それを持って来いと言われても、俺は断ると思うがね。」
「む、それは残念だ。だが、別に構わないよ。
ある意味で、あれを僕らが持っていても上手く扱えないだろうからね。
君が認める、相応しい人に渡してくれれば、それで良い。」
予想に反して、皇子はすんなりと受け入れた。
確かにあれがあれば魔法無効化の恩恵を受けるが、結局自分以外の誰か一人にしか渡せない。
それに、皇子が考える計画では、この道具に頼らないモノだった。
皇子が語った話は、平たく言えば反乱の計画だ。
ただ、武力による衝突では無く、どちらかといえばこの国からの脱出が主眼に置かれている、と言う計画だった。
この国では、男性には移住権は無い。
かつてファステアの町のお爺さんが言っていたとおり、1度入れば2度とは出られぬ魔境も同然だ。
国の中では立場が低く、女性にたいして奴隷同然の立場となる。
そこで皇子は夜の闇に紛れて一斉に蜂起、スラム街にある崩れた城壁から王国の北部にあるセコの街へと脱出し、そこからプロー領への移住を計画しているのだ。
あちらの領主とは話が既についているらしく、プロー領近くの荒れ地を開拓し、そこに新しい街を作るという。
「あの辺りは、大昔に私の祖母方であるロズノワル家があった場所でね。
皇子としての立場を捨て、新生ロズノワル公爵として生きるのも悪くは無いと思っているのさ。」
アレス皇子は少し疲れたように笑うと、そう言葉を締めくくる。
この計画が成功すれば、この国から殆どの男性が脱出する事になる。
上手く逃げ出せなければ、より酷い境遇に置かれることになるだろう。
それでも、最早殆どの男性が、この国のあり方について行けなくなってしまった、という事だ。
そう考えると、何故か少し悲しい気持ちになっていた。
わかり合えなかった事になのか、こうなることに思い至らなかった転生者に対してなのか。
何故なのかは、やっぱりわからなかった。




