230:変化
「さて、会合が始まるまでに時間がある。
丁度私は、何処かで君とゆっくり話せればと思っていたんだ。」
流石はこの国の第一皇子。
コーヒー・ハウスに入ると、何も言われずにサロンに案内されていた。
この様子では、随分とここに通い慣れていそうだ。
回りを取り囲むのは4人の男達。
俺に喧嘩を売ろうとした大男と、その大男と同じタイプの服を着た俺に近しい体型の男、パッとみただけでもそれなりにいい生地と高級そうな服を着た小柄な男、それと例の運送屋だ。
その5人に囲まれながら、俺はコーヒーの香りを愉しんでいた。
「あの玉座の間での件は、私も見ていてね。
君はどうやら、あのままアストライア嬢の所に居着いていたのか。」
「そうだ。
だから、もしかしたら俺は“お宅の皇子様が何か悪巧みをしてますよ”と、彼女を通して告げ口してしまうかも知れないぜ?」
チラリとアレスの顔を見る。
フードを外した彼はニコニコと笑顔でいるが、その目の奥は笑っていない。
あまり好きでは無い類の人間ではある。
「どうかな?きっと君はそんな事はしないと、私は信じているよ。
それに、君はあのアストライアが認めた男だ。
ならばきっと、君は誠実なのだろうからね。」
嘘をつけ。
アンタは何も信じてないだろう?
そんな言葉が出かかるくらいには、その言葉は空虚に聞こえる。
ただ、偉い人間との会話とは、こういうものだ。
腐ってもこの世界の、この国の第一皇子だ。
俺をどうにかすることは出来なくても、アストライア嬢をどうにかすることは出来るだろう。
今の言葉は、それを匂わせるには十分だ。
「なら、お互い面倒な事は抜きにして、本音で語り合うとしますか。」
ポケットを探り、タバコを探す。
だが、私物の類いは取り上げられていたことに気付き、諦める。
マキーナのアンダーウェアモードを解除して、鞄を取り出せれば予備のタバコがあるかも知れないが、流石に今この場で解除するほど危険なことは出来ない。
諦めた俺の目の前に、裕福そうな小柄な男が、葉巻を差し出してくれた。
“お近づきの印に”と、愛想笑いを浮かべて、吸い口をカットしてくれる。
「あぁ、こりゃあどうも。」
チラリと葉巻の腹にあるシガーリングを見れば、アストライア嬢が良く購入している、化粧品だか何だかと同じエンブレムが刻印されている。
「若旦那は私の一番の理解者でね。
色々と便宜を図って頂いているのだよ。」
俺が葉巻に火を付け、煙をふかし始めた頃に、アレスが呟く。
なるほど、アストライア嬢から聞いた話では、この商会は王都で一番の規模だったはずだ。
王都一の物流を担う商会を、この皇子は押さえているということか。
「さて、色々とお互いに言いたいことはあるだろうが、まず始めに“異邦人”と名乗る君の、率直な意見を聞いてみたかったんだ。
……君から見て、この国は、どうだい?」
先程までの穏やかな表情が一転し、鋭利なモノとなる。
流石は第一皇子、緩急の付け方が上手い。
「……そうだなぁ。」
煙をふかし、天井を見上げる。
このサロンは天井も高い。
この葉巻の煙も、簡単には充満しないだろう。
「貴様、殿下が問うているのだぞ!
すぐに答えんか!」
大男が立ち上がり吠えるのを、遠い目をしながら眺める。
「おお、怖い怖い。
そんなおっそろしい番犬を突き付けられちゃ、話すモンも話せなくなるってもんだぜ?」
アレスは小さく笑うと、手を上げて大男を制する。
大男はつまらなさそうな表情をすると、椅子に座り腕組みをする。
(本気じゃ無いな。)
それぞれの、目の奥を見ていた。
全員、本気では無い。
いや、運送屋の小男は可哀想になるくらいイチイチ怯えていて、これは本気だろう。
だが、この大男も“若旦那”と呼ばれた男も、そしてもう1人の男もアレスも“俺がどう言う反応をするのか?”を見極めているフシがある。
この大男、恐らくはそう言う役回りなのだろう。
裕福そうな商人が飴であり、この男は鞭なのだ。
何も喋っていないもう1人の男は、恐らく何か起きたときのための本当の護衛、と言うことだろう。
この騒ぎ立てている大男よりも、小柄で無口な男の方が隙が無い。
「……色んな場所を渡り歩いてきたが、人の有り様が異質だな。
男性が女性が、ではなくて、有り様が破綻している様に感じてるよ。」
上手くは言えないが、本心で話す。
世界は、多種多様な価値観が存在する。
確かに元の世界でも、女性の地位向上を謳う声はあった。
それだって、過激な声もあれば温和な声もある。
様々な人々が考えをすりあわせ、最大限の人が幸福になる方法を、今も模索している。
だが、この世界に“多種多様な意見”は無い。
まるで“誰か一人の考え”だけで世界が決まっているかのような、他の考え自体を持つことが出来ないような、不自然なモノを感じていた。
「やはり、外から来た人もそう感じているのだね。
この、今の王国の文化や思想が、ある一人の人間によって捻じ曲げられている、と私が言ったら、君はどう思う?」
転生者か。
すぐに思い至る。
確か、ホクチョウ・カスミだったか。
アイツが自慢気に話していた“言の葉”とかいう能力。
言葉にしたことを実現させる、神を自称する存在から貰った“不正能力”。
なるほど、王国に住む人間の思想すら、そのチートで書き換えているのか。
上書きするだけでも、凄え魔力を使うんだろうなぁ。
しかもそれの維持となれば……。
そこで、気付いてしまう。
思わずハッとして、アレスの顔を見る。
「あの転生者には、感謝しているところも大きい。
かつての人類の敵、魔族との戦争を終結に導いてしてくれたのだから。
だが、彼女が戻ってきて最初にしたこと、それが我が父ユーピテル・ダウィフェッドを追い落とし、そして男から“魔法を取り上げること”だったと私が言えば、君はどう思う?」
アレスの口の端に、皮肉げな笑みが浮かぶ。
魔法は、転生者がもたらしたと何処かで聞いた。
だが、真相はそうではなかった。
アレスから聞いた話を要約すれば、かつてこの世界は、魔族と人とで戦争状態だった。
劣勢に追い込まれていた人は、禁忌と言える“勇者召喚”に踏み切る。
そこで召喚された存在が、例のホクチョウ・カスミ。
召喚された彼女は、当初“魔王討伐に否定的なのでは?”という懸念もなく、素直に王国に従い、勇者として任務に当たっていた。
勇者への補給などのバックアップは、全面的に女王のへーラーが指揮を執っていた。
へーラー自身も、何度も勇者の元へ通い勇者一行への回復や補給を行うなど、それは手厚いモノだったらしい。
そうして見事魔族を討ち倒し、王国に戻ってきた彼女は、人が変わったような印象だったそうだ。
魔族との戦争責任を王に求め、そして良いように使われていた自分、それと女性の地位向上を掲げ、男性から魔法を取り上げたらしい。
「なるほどねぇ。
……だが、何でアンタはそれを知っているんだ?」
転生者の改変が行われているなら、この皇子にも影響が無ければおかしい。
俺の言葉に、皇子は静かに笑うのだった。




