228:惑い
背中を、固い何かが走る。
右肩の防具が砕け、砕いたソレはそのまま肉を分け入り背骨に1度ガツリとぶつかる。
背骨に当たった瞬間、脳と全身が揺れるような衝撃を受ける。
そのまま背骨を砕かれ、左腰までソレが通り抜ける。
一拍の“無”の後、焼けるような痛みが斬撃の後に襲い来る。
「あぁ!!がぁっ!!」
獣のような叫びが口から漏れながら、アストライア嬢に覆い被さる。
ほぼ無意識に近いが、まだ動いた右腕で左手に隠されていた棒手裏剣を引き抜き、特異個体の顔に投げる。
大地に倒れたアストライア嬢に覆い被さる、俺の背中からは思い出したかのように血が噴き出し、周囲に赤い雨が降る。
<生命維持モード>
「せ、セーダイ!!か、回復魔法を!
“彼のモノの傷を癒したまえ”!!」
マキーナの再生開始とアストライア嬢の回復魔法がほぼ同時だったため、出血が止まる瞬間を怪しまれずに済んだ。
出血が止まり、まるで早回しの逆再生のように、急速に切り傷が塞がる。
吹き飛びかけていた意識が、強引に引き戻される。
「フゥッ、フゥゥゥ……!!」
最早どちらが獣か解らないが、言葉にならない声を出しながら地面を転がり、膝立ちで立ち上がる。
棍棒は庇うときに落とした。
防具は砕けてぶら下がっている程度。
自身の状態を確認し、特異個体の状態を見れば、斬られながら投げた棒手裏剣が左目に刺さっていたらしく、苦悶に呻きながら引き抜いているところだった。
(マキーナ、俺今意識失ってたか!?)
<1秒に満たない時間、気を失っていました。>
俺の時間感覚と現状に、そこまで相違は無さそうだ。
だが、この特異個体の倒し方はわかった。
アストライア嬢がコイツの名前を叫んでいたが、それを確認するのは後だ。
アストライア嬢は何とか立ち上がりながらも、青ざめた顔をしており、戦意を失っている。
なら、この相手は俺が適任だろう。
突き刺さった棒手裏剣を抜き取り、こちらを向く特異個体。
仮面は左半分が割れ、左目から黒い液体を吹き出しながら苦悶の表情を浮かべている。
「アンタが誰かは俺は知らんが、俺を斬ったなら俺の敵だ。悪く思うな。」
左前の中段に構え、静かに腰を落とす。
「シッ!」
短く強く息を吐き、ステップで踏み込む。
特異個体は右手の鉈を振り上げ、雄叫びと共に振り下ろす。
躱すのでは無く、踏み込む。
恐怖を感じるこの時こそ、動きを止めず、前へ。
左腕の拳を、鉈の刃へ。
金属で出来た指は簡単に刃を受け入れ、スルリと通り抜ける。
ちゃんと指が使えるならこんな事にはならないが、作り物の手ならこんなもんだ。
だが、本命はそこじゃない。
金属の指を切り落とされても、その掌は鉈の腹を捕らえる。
前へ。
奥へ。
突き込むように、左腕の内側で鉈の軌道を逸らす。
踏み込みながら重心を前に、足の回転、腰の回転、肩の回転する力を右の拳に乗せる。
全身全霊をかけた右の拳を受け、特異個体の腹部が吹き飛ぶ。
「オォオォォォ!!」
特異個体が、残った力で左手の鉈を横に薙ぐ。
「まだ動くか!!」
右拳を引きながら、その回転力を使って左手で鉈を殴る。
鉈が左手の金属部分を突き抜けるが、右肘と右膝で左手の金属を叩き付けるように挟み込み、何とか止める。
「いい加減、沈め!!」
防いだ体勢から僅かに左足に重心を移す。
押さえ付けている右膝を軸に腰を落とし、右の足刀蹴りを特異個体の顎に。
蹴りを食らい、大きく後ろに仰け反ると、特異個体は漸く大地に倒れる。
「ハァ、ハァ、……化け物め。」
ノロノロと立ち上がり、棍棒を拾う。
念のためにと、死亡確認も兼ねて特異個体の仮面に手をかける。
仮面を剥がすと、その下にあったのは白髪の男性、それも中年か、老年にさしかかったような顔立ちと言ったところか。
白髪に白い口髭、肌の色も白く、まるでギリシャ神話の彫刻のようだ。
(こういう顔の彫刻、何処かで見た気がするなぁ……?)
何処だったか?
思い出せずにいると、特異個体が黒い靄のようになり、大地に溶け出す。
やはり、何かに吸われていくかのような消え方だった。
黒い靄が完全に大地に吸い込まれると、そこには銀色の腕輪が落ちていた。
何となく拾い上げて見てみても、精巧な細工が施された価値のありそうな腕輪、と言うくらいしか俺には解らない。
この手のアイテムは、他所の世界ならギルドで簡易鑑定を受けたり、迷宮の周りにある《鑑定屋》に持っていったりするのだが、この世界ではどうするのが正しいか解らない。
「なぁお嬢様、これはどうしたら良いんだ?」
「……あ、あぁ、それを見せてくれ。
私でも鑑定できる。」
俺からの問いに、一瞬何を言われているか解らないと言った表情を浮かべたアストライア嬢だったが、すぐに取り繕うように手を差し出す。
「……それを頼むついでに聞きたいんだが、さっきの特異個体について、何か知っているんじゃ無いか?」
多分、アストライア嬢が呆けていたのは、倒した相手のことを考えていたのではないか。
そう思い強い口調で問うと、アストライア嬢の視線が忙しなく動く。
「……わかった。
だが、それはここから出てからで良いか?」
答える前に一瞬見せた視線。
今は意識を失っているとは言え、明らかに他の女騎士を警戒しての動きだった。
「……承知した。」
腕輪を渡し、倒れている女騎士を介抱に向かう。
ちょうどその時、結界が消えたのか、扉から第1部隊の面々が扉から入ってきていた。
「あぁ!騎士アストライア、見事討ち果たしましたのね!」
「いや、これはそこのセーダ……。」
「流石アストライア様!」
「何をしているのです男共!すぐにユーリ様達を介抱しなさい!」
そこからは怒濤の流れだった。
この世界では、最下層の特異個体を倒せば、迷宮の中をうろつく魔獣達も姿を消すようだ。
そして、迷宮も少しずつ崩壊が始まるらしい。
俺達は意識を失っている女騎士達を拾い上げ、皆で出口へ急ぐ。
他の世界では泉の水を汲んだり、探索して他に宝が無いかを探す時間があったりするのだが、どうもここは忙しない世界らしい。
俺達全員が迷宮から出て少ししたら、微かな地響きと共に迷宮の入口は潰れ、何も無いただの地面と化していた。
「やりましたわね!迷宮を討伐致しましたわ!」
「流石アストライア様!」
「あぁ、太陽が眩しいですわ!」
俺達運送屋が迷宮入口の荷車に荷物をくくり付けている脇で、騎士達は思い思いに座り込んで喜び合い、体を休めていた。
「諸君、しっかりしないか!
我々は騎士だぞ!」
アストライア嬢の号令で、女騎士達もノロノロと整列する。
そんなに珍しくも無い光景だ。
ただ、何となく俺は複雑なモノを感じていた。
迷宮内で、騎士について偉そうに語った。
今の光景も、騎士失格モノだろう。
だが、他の世界でこれと同じモノを見なかったか、と言えばソレは嘘になる。
上官の命令で、嫌々整列する騎士は嫌と言うほど見てきた。
その時“あぁ、まだ若いからな”と、大目に見ていなかっただろうか?
では、何故今は虚しさを感じているのか。
相手が男性から女性に変わっただけで、同じ行動では無いか。
何故、嫌悪に似た虚しさを感じているのか。
今、答えを出せそうに無い。
俺はため息と共に、荷物の積み込みを再開するのだった。
謹んで、初春のお慶びを申し上げます。
再会致します。




