227:迷宮の主
「よし、第1部隊の到着を待ち、特異個体の間には我々が突入する。」
少し目を閉じて考えていたアストライア嬢は、両の目を開き、決意と共にそう口にする。
「流石ですわアストライア様!
ですが、あの扉は4人まで突入出来そうですから、第1部隊から1人選ばれて突入するのですね!」
アストライア嬢は何故かこちらを見るとニヤリと笑う。
嫌な予感がし、声を発そうと思った瞬間にはもう言われていた。
「残りの1人はそこにいるセーダイに参加して貰う。
この一番槍の栄誉は、我が隊のみで行う。」
やられた。
助言しなかったことを根に持っているのか、アストライア嬢もしてやったりという表情をしている。
「ま、まぁ、その男であれば私は異論ありませんわ。
男の中では、少しはマシな様ですしね。」
ユーリ嬢も別に異論が出ないようだ。
普段なら異論を挟んだのだろうが、恐らくは“一番槍の栄誉”に目が眩んでいる。
いや、それも当然か。
次の部隊から増援を借り受けると、“最後に仕留めたのは誰か”によってはもめ事になりやすいと聞く。
借り受けた人間が最後のトドメをかっ攫い、栄誉がそちらの部隊に行ってしまう、なんてのも起こりうるらしい。
まぁ、同じ迷宮内とは言え、各部隊で戦い方のコツみたいなモノは当然違ってくる。
増援として助けた方も、“手練れ同士の連携を邪魔しない”事を意識した結果、最後まで体力が温存できてしまい、望まぬトドメを刺してしまった、なんて事もあると聞く。
そう言う意味でも、出来るだけ同じ部隊で解決する方が望ましいのだ。
そんな理由から、同じ騎士の仲間よりは、アストライア嬢の犬として御しやすい俺なら、手柄を取られる心配も無し、最悪囮にでも使うことが出来るから、と、そう言う理由なのだろう。
「セーダイ殿、あの時の件は申し訳なかったと思っていますわ。
でも、あの時私に睨みをきかせたアナタの胆力、期待していますわよ。」
ユーリ嬢だけが、と言うわけでは無い。
皆先程まで汗と汚れでドロドロ、泉で何とか体や鎧を拭き清めていても、体臭も獣のような臭いをさせている。
こう言うのは男も女も関係が無い。
常ならば、鼻が曲がりそうになるくらいの悪臭だろう。
それでも、その笑顔は爽やかだ。
「……期待に添うような働きが出来るかは解らんが、努力しよう。」
覚悟は決めた。
第1部隊が来るまでの間、武器防具の整備や、休憩を取ることになっていたので、早速棍棒の整備に取りかかるのだった。
「総員、準備は良いな?」
扉の前で、装備を確認する。
第1部隊が到着し、引き継ぎはもう済んでいる。
今はもう、第2部隊も到着したところだ。
彼等は俺達が失敗した後の後詰め。
人数制限ありのボス部屋だとしても、それは数の暴力でいずれは攻略される。
とはいえ、易々とやられてやるつもりは無い。
俺達は頷くと、アストライア嬢は扉に手をかける。
魔力を流すと勝手に開くタイプの扉で、開けた先は真っ黒で見えない。
ギャラリーお断りタイプのようだ。
意を決し、アストライア嬢が飛び込むのに合わせて女騎士達も飛び込む。
最後に俺が突入すると、扉はひとりでに閉まっていた。
(広い空間だな。)
飛び込んで、最初に思ったのはそんな事。
半円状のドーム型で、壁から天井にかけて薄らと光るコケの様な物で覆われており、視界は悪くない。
地面は多少の凹凸はあるが、1面石で出来ているような無機質な作り。
広さも大きな施設の体育館くらいはあるだろうか。
そんな地形の奥まった場所に、ソレは立っていた。
両手にそれぞれ鉈のような剣を持ち、犬の様な仮面を被った、はち切れんばかりの筋肉の鎧に身を包んだ上半身裸の男。
ソレが、ボンヤリと虚空を見つめながら、その場に立っていた。
「魔法の一斉射の後、正面を私、左右をお前達で攻める。
セーダイは危険を感じた者のバックアップだ、行くぞ!」
気迫の声と共に3方向から魔法が撃ち出される。
ここに到着するまで、かなりの戦闘はあった。
連携としても申し分ない動きをしている。
特異個体も、虚空を見つめたまま動かない。
魔法が着弾し、騎士が斬り込む瞬間にソレが突然反応する。
命中したはずの魔法が霧散し、両側から斬り込んでいた女騎士達の剣をそれぞれ手に持った鉈で受け止める。
「なっ……!?」
ユーリ嬢が驚くのも解る。
女騎士とは言え、魔法で身体を強化し、突進している質量を乗せた全力の振り降ろし。
並大抵の人間なら受けられないし、頑強な騎士でさえ受ければ少しはよろめく。
それを片手で、しかも両側の攻撃を微動だにせず受け止めている。
「中央ががら空きだ!」
アストライア嬢が渾身の力で振り下ろす。
しかし、特異個体は素早く右足を、突き込むように伸ばして蹴り込み、アストライア嬢を後ろに弾き飛ばす。
一瞬、特異個体は左足のつま先立ちになっていたが、その軸は全くぶれていない。
両側から押されているにもかかわらず、だ。
「おっと、危ねぇ。」
吹き飛ばされてきたアストライア嬢を受け止めると、その場に降ろして前を走る。
棒手裏剣を引き抜き、近付きながら特異個体のお面、穴の空いている目に向けて、全力で投げつける。
先程までの反応速度を見ると、当たる事は無いだろうが、コイツは魔法と違い霧散しない物理だ。
さぁ、この牽制はどう動く?と、考えた瞬間、固い金属同士がぶつかった様な音が響く。
「え?当たった?」
狙いは僅かに逸れて目には当たらなかったが、棒手裏剣は仮面の左頬に突き立つ。
今度はビシリと陶器が割れる時のような音をたて、仮面の左半分が砕け落ちる。
仮面の下の素顔、左目と目が合った瞬間、奴は狂ったように激しく暴れ回り、両側の女騎士達を弾き飛ばしていた。
「貴様の好きにはさせん!」
アストライア嬢がまたも巨大な火炎弾の魔法で援護してくれるが、やはり魔法は当たる前に霧散する。
(……魔法無効、物理弱点ってことか?)
ふと、悪魔を仲魔にするゲームで、弱点:銃が多い種族なのに、ソイツだけ反射:銃を持っている悪魔のことを思い出していた。
(あれ初見殺しなんだよなぁ。)
今回のコイツも、それに近い存在なのだろう。
しかも、魔法を察知して反応する所を見るに、身体強化魔法の類いにも反応するらしい。
お供の女騎士達2人は吹き飛ばされて壁に打ち付けられたまま、ピクリともに動かない。
恐らく命に別状は無さそうだが、衝撃で意識を失っている。
アストライア嬢も魔法を諦め、剣と盾を構えて俺に並び立っている。
だが、結局は無意識に纏う身体強化魔法により、特異個体から恐ろしいほど警戒されている。
「セーダイ、私が飛び込み、奴の攻撃を受ける。
お前はそのをついて奴に攻撃を当ててくれ。」
確かに、それが一番妥当なところか。
「応。任された。」
「そら、お前の相手はこの私だ!」
剣で盾を鳴らし、注意を引きつける。
特異個体は即座に反応し、二刀で斬りつけてくるが、アストライア嬢もしっかりそれに対応している。
俺は側面に回り込み、アストライア嬢が相手の剣を止め、足を止めさせたその隙に棍棒を打ち込もうと踏み込む。
「ユーピテル様!?」
相手の動きを止めたアストライア嬢から、悲鳴にも似た声が漏れる。
先程までは仮面で、それにほのかな灯りだけのこの場所では解らなかったのだろう。
至近距離で動きを止めた今だからこそ、相手の顔がハッキリ見えたらしい。
「馬鹿!今は戦闘中だぞ!!」
特異個体は、構えが緩んだ獲物の隙を逃さない。
俺は攻撃を止め、振り上げた鉈からアストライア嬢を守るべく、飛び出していた。
恐れ入りますが、年内はこちらが最後の投稿になります。
次回は1/6のアップとなります。
皆様、良いお年を。
2022年もよろしくお願い申し上げます。




