226:決断力
「……この道は外れだな。
先程の分岐まで戻り、進み直すぞ。」
アストライア嬢の呟きで、全員に疲労の色が浮かぶ。
今はもう、5巡目位だったか。
下の階層に行けば行くほど複雑になっていき、こう言った行き止まりの道も増えてくる。
疲れて動きが悪くなっている少年が、背負っている樽に栓をするため、その場でノロノロと降ろそうとしている。
砂はあくまでも“まだ進んでいない道”にのみ撒きながら歩くからだ。
アレを降ろして栓をし、また担ぐのも重労働だ。
見かねて、背負った姿勢のままで止まらせ、栓をしてやる。
「あ、ありがとうございます!」
「良いって事よ。」
少年も疲れているだろうに、笑顔で礼を言ってきた。
こう言う事に選ばれるだけあって、中々に根性はあるようだ。
あれ以降、女騎士も運搬屋も大人しい。
まぁ、迷宮も潜り続けていると、疲れが体だけで無く心も覆う。
最初のウチは“こんな所、早く出て地上に戻りたい”という気持ちが強くなっていて荒れるが、ある程度まで進むと魔獣も強くなり出し、“全員で一丸とならないと生きて帰れない”という気持ちが前に出てくる。
その頃には嫌でも“チームとして動く”、という事を理解できるようになる。
気付けば女騎士達も、文句は言っても運搬屋の荷物を時々肩代わりしていたり、キャンプ地作成からの周辺警護を俺達が勤めていたりしていた。
1度迷宮を共にした騎士と運搬屋は、次に潜るときも同じメンツで組むようになる、とよく言われていたが、きっとこう言う事なのだろう。
お互いを理解し、勝手がわかる方が生存確率が上がるからだ。
それでも、少年は襲われたことが心の創になっているようで、未だに俺の側から離れようとはしなかった。
「少し待て。
念のために確認してくる。」
リーダーのアストライア嬢の言葉に、俺も先を見る。
側面の壁と同じ岩肌が、目の前に映る。
迷宮特有の、認識阻害の罠である可能性があるためちゃんと壁に触れているが、やっぱり突き当たりだったようだ。
他の騎士達の疲労も色濃い。
単純に進む、ではなく、警戒しながら進むことは極度の負担がかかる。
何事も無いように振る舞っているアストライア嬢でも、表情に僅かな疲労を感じる。
「アストライア嬢、一旦休憩してはどうか?」
誰もが言い出しにくいだろうと、先に休憩を進言する。
「む、しかしまだ樽の砂も半分近く残っている。
ここで休憩するには……。」
「俺が斥候として先を見てきてやる。
だから小休止させてやった方が良い。」
俺と喧嘩していたユーリ嬢も、露骨に助かったと言う表情をしている。
行き止まりであるなら、警戒は一方向だけで良い。
俺は荷物を他の運搬屋に預け、身軽になると棍棒を抜く。
少し進みかけた俺の後を、アストライア嬢が追ってきていた。
「私も行くぞ。セーダイだけでは危険やも知れないからな。」
「お嬢さん、アンタはアイツらの要だ。
アンタが倒れちゃこのパーティーは空中分解する可能性が高い。
今の内に、休んでいてくれ。」
俺の言葉に、何やらモジモジしながら返答に困っている。
「あぁ、トイレか?なら、見ないでおいてやるからその辺で……。」
「バカッ!違う!
それなら他の女騎士に同行を頼んでいる!」
まぁ、そりゃそうか。
で、あるならば、本当に同行したいのだろうか?
だが、見られていれば俺の能力が十全に発揮できない。
“隠密行動がしたいから”と素直に話すと、何故か突然泣きそうな顔になっていた。
「わ、私は、その、セーダイに嫌われてしまったのだろうか!?」
この質問は全く予想できなかった。
思わず面食らった顔をしていると、慌てた様にアストライア嬢は続ける。
「その、あの少年のことでセーダイが酷く気分を害しているのは解る!
あの判断では、まだ甘かったのだろうか?
わ、私は、セーダイの理想とする、騎士になれているだろうか?」
なんだ、そんな事だったか。
この娘は、自分のお気に入りの小間使いが、実は騎士に対して高い理想を持っていたことに、不安を感じているのだろう。
強いとは言え、やはりまだ少女なのだろう。
「心配しなさんな、お嬢さん。
アンタはよくやっているだろうさ。
だが、気を張りすぎだ。
迷宮での戦いは基本長期戦だ。
……少しは休んだ方が良い。」
何だか腑に落ちていない表情ではあったが、こういう場所でノンビリし過ぎるのも良くない。
あらぬ噂も立ってしまう。
とっとと追い返すと、右眼を暗視モードに切り替え慎重に先に進む。
「マキーナ、この迷宮、やっぱりマナの存在を感じないのか?」
<いいえ、マナは存在し、発生しています。
しかし、発生と同時に何処かへ吸い上げられるように消失しているようです。>
暗い中を進み、こちらに気付かず徘徊していた、例の犬型の魔獣を棒手裏剣で仕留める。
マキーナが視覚情報として見せてくれたが、犬型の魔獣が倒れ、絶命した直後に黒いモヤの様なモノが立ちのぼるが、すぐに周囲の壁に吸い込まれるように吸収されていく。
吸い込まれた辺りの壁の石を少しだけ叩き割ってみても、そこにマナの存在は無い。
迷宮に吸収された、と言うよりは、見えないストローの様な何かで何処かに持って行かれた、と言う方が正しいだろうか。
(謎の現象だなぁ。)
<セーダイ、それよりもこの先に、異質な反応があります。>
マキーナの示すまま、慎重に近寄る。
暗視モードの先に映る光景。
それは高さは3メートル位ありそうで、横幅は人間4~5人が楽々入れそうな、両開きの門の存在だった。
(……特異個体の間か。)
更に周囲を観察すると、特異個体の間の向かいには、小さな泉のように水が湧いている空間も確認できた。
(セーブエリアがあるって事は、当たりだな。)
迷宮の特性なのだとは思うが、内部に数カ所、必ずこう言うエリアが存在している。
このエリアでは魔獣などは寄り付かず、いるだけで心から休まる光る鉱石があったり、飲むと体力が回復する泉があったりする。
これを見る度に酷くゲーム的だと思うが、迷宮の成り立ちを考えると、そう言うモノなのだろう。
人間を取り込むためにも、“厳しすぎず、温すぎず”の塩梅と言うわけだ。
余談だが、こういう泉の水、一番効果があるのは直接体内に取り込むことだと言われている。
注射器等がある文明レベルだと、この泉の水を汲み取って売るだけでも良い金になる。
貴族の間では、“迷宮産の疲労がポンと回復するお薬”と言う名で親しまれ……。
言っていて、何故か不安になってきた。
ま、まぁ、余談は置いておいて、急ぎパーティに戻ろう。
俺が先の情報を伝えると、女騎士達は先を急ぐようにセーブエリアに向かい、そこに陣を構える。
その後少し休憩してから、従者数名が後続部隊にこの情報を伝えるために走っていった。
「アストライア様、如何なさいますか!
一番槍の栄誉の決定権は、我が部隊に御座いますわ!」
ユーリが嬉しそうに、アストライア嬢にこの後の方針を窺っている。
それというのも、特異個体の間の扉を調べたところ、どうやらこの部屋は1度に4人までしか入れない制限部屋の様だった。
こういう場合、特異個体の間へ突入する決定権は、一番最初に見つけた部隊に優先権がある。
例えば部隊内だけで選出して突入するのか、後続部隊から補充を頼み突入するのか、はたまた、全ての突入権を後続部隊に譲るのか。
戦争以外では特異個体の間へ一番最初に突入する事を、この国では一番の栄誉としている。
ユーリ嬢が逸るのも無理は無いだろう。
ただ、リーダーとしては部隊の状態を把握していなければ無駄死にするだけだ。
この匙加減は、リーダーにならないと解らない感情だろう。
案の定、アストライア嬢は決めかねていた。
一番槍の栄誉をふいにすれば、部下からは侮られるだろう。
だが、ユーリ嬢ともう1人の女騎士は、言ってしまえばまだ弱い。
突入したとして、壊滅する可能性は非常に高いと感じているのかも知れない。
悩みながらも、チラチラと俺の方を見ているのはわかる。
だが、これに助け船は出せない。
それは、アストライア嬢が決めなければならないことだ。




