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異世界殺し  作者: Tetsuさん
転換の光
226/834

225:迷宮の中で蔓延する悪意

樽から零れる光る砂が地面を照らす中、ただ黙々と歩く。


途中分岐があれば、進まない方に白い砂を少しだけ撒いて、別の道を進む。

そうして進んでいて砂が切れたら、広い場所まで戻り、そこにキャンプを設営する。


騎士達は先に立ち魔獣が来ないように見張り、俺達運搬屋(ポーター)がその間にテントの設営、道中で倒した魔物からの素材剥ぎ取り等を行う。


後は休憩と素材引き渡しを終えた第1部隊が来るまでそこで待機だ。


「ナンでアタシ等がポーター共の護衛なンだよ。」


「本当ですわ。アストライア様のお側が良かったのに。

……あぁ、我々の体を休める時間を作るために、お一人で周辺警備を買って出て頂けるなんて。

周辺警備なぞ、いっそポーター共にやらせれば良かろうに。」


騎士2人がぶつくさ文句を言いながら、鎧を外し体を拭いている。

そんなお前等に気疲れするから、アストライア嬢も側には置きたくないんだろうさ、とは思っていても言わない。


ただ黙々と湯を沸かし、桶に入れて少年に渡す。

桶を受け取った少年は、ヨタヨタとした足取りで騎士達に桶を渡していく。


「坊や、お前もう精通してるのか?

どれ、確かめるためにもアタシが手ほどきをしてしんぜよう。」


少年が捕まり、女騎士達の手で裸に剥かれ始める。

俺はため息をつくと、小さな手桶に湯を入れてそちらに歩み寄り、手に持ったお湯を騎士にぶっかけてやる。


「熱ぃ!テメェ、何しやがんだ!!」


「お客さん、ウチはお触り厳禁でね。」


怯んだ隙に少年を引っ張り、後ろに放る。

若い女騎士、見た目はそこまで悪くなく、上半身裸で怒りで上気しているのかほんのり桜色。

シチュエーション的には最高なんだろうが、如何せん性格がなぁ。

お陰さんで、俺の息子も大した反応をしてくれやしない。

怒りに顔を歪ませた騎士が、座っていた姿勢から膝立ちになり、右手を剣の柄にかける。


「それ抜いたら、もう引っ込みがつかなくなるぞ?」


やんわりと注意を入れる。

俺も右手を棍棒の柄にかける。

まるで西部劇のクイックドロウだ。


「お前達、何をしている?」


互いの殺気が膨らみ、空間が歪んだかと思えるほどに殺気が濃縮された空間に、凜とした声が響く。


「アストライア様!この野蛮な男がユーリ様に熱湯を浴びせて、襲いかかろうとしていたのです!」


もう1人の女騎士が、タオルで上半身を隠しながらアストライア嬢に駆け込む。

アストライア嬢は全員を見回すと、厳しい目を俺とユーリと呼ばれた女騎士に向ける。


「ユーリ、セーダイ、何があった?」


「さてね、そちらの騎士モドキに聞くと良い。」


思わずアストライア嬢の言葉に厳しい言葉を返す。

自分でも良くないと解っている。


いい歳こいたオッサンが、ガキの言葉にムキになってるんじゃねぇ。


自分のどこかでそんな声がする。

その言葉で少しだけ冷静になったが、口から出てしまった言葉は最早取り消せない。


何故こんなに考え無しに言葉が出てしまうのか。

一瞬だけ自己嫌悪に落ちるが、同時に冷静になった頭で考える。


幾つかの世界で“騎士”を見てきていた。

確かにろくでもない奴もいたはいたが、大抵の世界の騎士は“弱者の盾”たらんとしていた。

その姿に、俺は密かに憧れすらいだいていた。

今あの少年が襲われたことで、俺の中の騎士像が揺らぎ、怒りを感じていたのだろう。


「セーダイ、騎士ユーリを襲ったというのは本当か?」


「いいや、俺は騎士を襲ってなどいない。」


大きく深呼吸をすると、厳しい表情のアストライア嬢と目を合わす。

彼女の側で、2人の女騎士は俺に対しての暴言を次から次へと吐いていた。


「……では、この者達の申し分は、い……。」


「幾つかの国で、俺は騎士を見てきた。

……彼等は、治安を守り、自身の矜持を守り、弱き者を助けるのが自分達の職務だと胸を張っていた。

俺は、彼等の様な存在が騎士だと理解している。

……ならば、先程の空間に騎士はいない。

いたのは、ただの蛮族だろう。」


アストライア嬢の言葉を遮って言うべき事を言い、俺は仕事に戻る。


「騎士ユーリ、貴殿の信ずる神に誓い、起きた事実を話されよ。」


後ろではアストライア嬢の糾弾の声と、俺の背中に刺さる殺意の視線。

不安そうにこちらを見上げる少年に、笑顔を返す。


なるようになれ、だ。


「……アンタ、腕もあるし根性も座ってんな。」


待機中に出来た休憩時間。

棍棒(メイス)の整備をしている最中、先程の男がにこやかに話しかけてきた。


これが終わったら声をかけようと思っていたが、彼の方から痺れを切らして声をかけに来ていた。


「まぁな。

それより、そんな事が言いたくて俺に近付いた訳じゃ無いだろう? 」


男は騎士達を警戒しながら顔を近付ける。

汗臭いオッサンの顔がどアップになるが、仕方なしに我慢して聞いてやる。


「実はよ、もうじき女達に反旗を翻そうと、レジスタンスの会合があるんだ。

そこで、リーダーにオメェさんを紹介したいと思ってる。

1度、その会合に来てくれねぇか?」


少しだけ、呆れてしまった。

この世界では女性だけが魔法を使える。

この体制になりだした頃、反発した男達の反乱は、簡単に鎮圧されたと聞いている。

コイツらは、また同じ事を繰り返そうというのか?


「おぉっと、俺は別に夢物語を語ってる訳じゃねぇ。

リーダーには現状を変える秘策があるらしいんだ。

その為にも、強くて信頼の置ける男を探してるって話でね。

どうだい?この話、受けてくれやしないか?」


「その胡散臭い笑顔を止めて、本音を話せよ。

俺を差し出せば、テメェには何が貰えるんだ?」


元の世界でも、この手の輩とはやり合っていた。

笑顔の仮面。

本当にあくどい奴は、威嚇などしない。

親切な笑顔で近付いてくるものだ。


「なんだぁ?てめぇ。

結局あの女騎士に尻尾振る、玉無し犬って事か?」


無表情、ノーモーション。

持ちうる全ての能力を使い、男の首を掴むとそのまま僅かに持ち上げる。


「いいね、その表情と態度。

始めからそっちで交渉に来てたら、俺も胡散臭がらずに済んだってモンだ。」


無表情に男を見る。

呼吸が出来ずに苦しいのか、“コッ……アッ……。”という音が口から聞こえるだけだ。


「俺は確かに犬だが、お前はなんだ?

犬にもなれない畜生以下か?」


苦しさと驚愕で、目が飛び出さんばかりに開き、血走っている。


「興が乗った。

お前等の仲良しクラブに行ってやろう。

いつ、どこに行けば良い?」


魚のように口をパクパクと開きながら、泡のようなヨダレが出て来る。


「汚ぇし、聞こえねぇよ。」


顔が青ざめ、白目を剥きかかったところで手を離してやる。


「ヒィ、ヒィイ!悪かったよぅ!勘弁してくれ!」


半泣きのオッサンに話を聞くと、案の定、“強い奴を連れてくればラレ金貨1枚”という報酬が隠れていた。


この迷宮探索で運搬屋(ポーター)が得られる賃金は、一日辺りディセン銀貨が3枚程度。

大体1週間位は迷宮に籠もる事を考えると、ディセン銀貨27枚。

普通に暮らしても、1ヶ月生きていくのがやっとだ。

命を対価にする割に、金額は安い。


ラレ金貨1枚で、ディセン銀貨に換算するなら大体200~300枚程度にはなる。


なるほどな、と思いながらも、報酬の1/3程度を寄越せと念押ししておく。


話を聞いたときから、転生者攻略のために参加をしたいと考えていた。

だが、それを前面に出して食い物にされても困る。

こうしておけば、報酬の横取り目当てに来た無頼漢と思われるだろう。


我ながらよく考えたと満足しながら、改めて休憩に入るのだった。

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