225:迷宮の中で蔓延する悪意
樽から零れる光る砂が地面を照らす中、ただ黙々と歩く。
途中分岐があれば、進まない方に白い砂を少しだけ撒いて、別の道を進む。
そうして進んでいて砂が切れたら、広い場所まで戻り、そこにキャンプを設営する。
騎士達は先に立ち魔獣が来ないように見張り、俺達運搬屋がその間にテントの設営、道中で倒した魔物からの素材剥ぎ取り等を行う。
後は休憩と素材引き渡しを終えた第1部隊が来るまでそこで待機だ。
「ナンでアタシ等がポーター共の護衛なンだよ。」
「本当ですわ。アストライア様のお側が良かったのに。
……あぁ、我々の体を休める時間を作るために、お一人で周辺警備を買って出て頂けるなんて。
周辺警備なぞ、いっそポーター共にやらせれば良かろうに。」
騎士2人がぶつくさ文句を言いながら、鎧を外し体を拭いている。
そんなお前等に気疲れするから、アストライア嬢も側には置きたくないんだろうさ、とは思っていても言わない。
ただ黙々と湯を沸かし、桶に入れて少年に渡す。
桶を受け取った少年は、ヨタヨタとした足取りで騎士達に桶を渡していく。
「坊や、お前もう精通してるのか?
どれ、確かめるためにもアタシが手ほどきをしてしんぜよう。」
少年が捕まり、女騎士達の手で裸に剥かれ始める。
俺はため息をつくと、小さな手桶に湯を入れてそちらに歩み寄り、手に持ったお湯を騎士にぶっかけてやる。
「熱ぃ!テメェ、何しやがんだ!!」
「お客さん、ウチはお触り厳禁でね。」
怯んだ隙に少年を引っ張り、後ろに放る。
若い女騎士、見た目はそこまで悪くなく、上半身裸で怒りで上気しているのかほんのり桜色。
シチュエーション的には最高なんだろうが、如何せん性格がなぁ。
お陰さんで、俺の息子も大した反応をしてくれやしない。
怒りに顔を歪ませた騎士が、座っていた姿勢から膝立ちになり、右手を剣の柄にかける。
「それ抜いたら、もう引っ込みがつかなくなるぞ?」
やんわりと注意を入れる。
俺も右手を棍棒の柄にかける。
まるで西部劇のクイックドロウだ。
「お前達、何をしている?」
互いの殺気が膨らみ、空間が歪んだかと思えるほどに殺気が濃縮された空間に、凜とした声が響く。
「アストライア様!この野蛮な男がユーリ様に熱湯を浴びせて、襲いかかろうとしていたのです!」
もう1人の女騎士が、タオルで上半身を隠しながらアストライア嬢に駆け込む。
アストライア嬢は全員を見回すと、厳しい目を俺とユーリと呼ばれた女騎士に向ける。
「ユーリ、セーダイ、何があった?」
「さてね、そちらの騎士モドキに聞くと良い。」
思わずアストライア嬢の言葉に厳しい言葉を返す。
自分でも良くないと解っている。
いい歳こいたオッサンが、ガキの言葉にムキになってるんじゃねぇ。
自分のどこかでそんな声がする。
その言葉で少しだけ冷静になったが、口から出てしまった言葉は最早取り消せない。
何故こんなに考え無しに言葉が出てしまうのか。
一瞬だけ自己嫌悪に落ちるが、同時に冷静になった頭で考える。
幾つかの世界で“騎士”を見てきていた。
確かにろくでもない奴もいたはいたが、大抵の世界の騎士は“弱者の盾”たらんとしていた。
その姿に、俺は密かに憧れすら抱いていた。
今あの少年が襲われたことで、俺の中の騎士像が揺らぎ、怒りを感じていたのだろう。
「セーダイ、騎士ユーリを襲ったというのは本当か?」
「いいや、俺は騎士を襲ってなどいない。」
大きく深呼吸をすると、厳しい表情のアストライア嬢と目を合わす。
彼女の側で、2人の女騎士は俺に対しての暴言を次から次へと吐いていた。
「……では、この者達の申し分は、い……。」
「幾つかの国で、俺は騎士を見てきた。
……彼等は、治安を守り、自身の矜持を守り、弱き者を助けるのが自分達の職務だと胸を張っていた。
俺は、彼等の様な存在が騎士だと理解している。
……ならば、先程の空間に騎士はいない。
いたのは、ただの蛮族だろう。」
アストライア嬢の言葉を遮って言うべき事を言い、俺は仕事に戻る。
「騎士ユーリ、貴殿の信ずる神に誓い、起きた事実を話されよ。」
後ろではアストライア嬢の糾弾の声と、俺の背中に刺さる殺意の視線。
不安そうにこちらを見上げる少年に、笑顔を返す。
なるようになれ、だ。
「……アンタ、腕もあるし根性も座ってんな。」
待機中に出来た休憩時間。
棍棒の整備をしている最中、先程の男がにこやかに話しかけてきた。
これが終わったら声をかけようと思っていたが、彼の方から痺れを切らして声をかけに来ていた。
「まぁな。
それより、そんな事が言いたくて俺に近付いた訳じゃ無いだろう? 」
男は騎士達を警戒しながら顔を近付ける。
汗臭いオッサンの顔がどアップになるが、仕方なしに我慢して聞いてやる。
「実はよ、もうじき女達に反旗を翻そうと、レジスタンスの会合があるんだ。
そこで、リーダーにオメェさんを紹介したいと思ってる。
1度、その会合に来てくれねぇか?」
少しだけ、呆れてしまった。
この世界では女性だけが魔法を使える。
この体制になりだした頃、反発した男達の反乱は、簡単に鎮圧されたと聞いている。
コイツらは、また同じ事を繰り返そうというのか?
「おぉっと、俺は別に夢物語を語ってる訳じゃねぇ。
リーダーには現状を変える秘策があるらしいんだ。
その為にも、強くて信頼の置ける男を探してるって話でね。
どうだい?この話、受けてくれやしないか?」
「その胡散臭い笑顔を止めて、本音を話せよ。
俺を差し出せば、テメェには何が貰えるんだ?」
元の世界でも、この手の輩とはやり合っていた。
笑顔の仮面。
本当にあくどい奴は、威嚇などしない。
親切な笑顔で近付いてくるものだ。
「なんだぁ?てめぇ。
結局あの女騎士に尻尾振る、玉無し犬って事か?」
無表情、ノーモーション。
持ちうる全ての能力を使い、男の首を掴むとそのまま僅かに持ち上げる。
「いいね、その表情と態度。
始めからそっちで交渉に来てたら、俺も胡散臭がらずに済んだってモンだ。」
無表情に男を見る。
呼吸が出来ずに苦しいのか、“コッ……アッ……。”という音が口から聞こえるだけだ。
「俺は確かに犬だが、お前はなんだ?
犬にもなれない畜生以下か?」
苦しさと驚愕で、目が飛び出さんばかりに開き、血走っている。
「興が乗った。
お前等の仲良しクラブに行ってやろう。
いつ、どこに行けば良い?」
魚のように口をパクパクと開きながら、泡のようなヨダレが出て来る。
「汚ぇし、聞こえねぇよ。」
顔が青ざめ、白目を剥きかかったところで手を離してやる。
「ヒィ、ヒィイ!悪かったよぅ!勘弁してくれ!」
半泣きのオッサンに話を聞くと、案の定、“強い奴を連れてくればラレ金貨1枚”という報酬が隠れていた。
この迷宮探索で運搬屋が得られる賃金は、一日辺りディセン銀貨が3枚程度。
大体1週間位は迷宮に籠もる事を考えると、ディセン銀貨27枚。
普通に暮らしても、1ヶ月生きていくのがやっとだ。
命を対価にする割に、金額は安い。
ラレ金貨1枚で、ディセン銀貨に換算するなら大体200~300枚程度にはなる。
なるほどな、と思いながらも、報酬の1/3程度を寄越せと念押ししておく。
話を聞いたときから、転生者攻略のために参加をしたいと考えていた。
だが、それを前面に出して食い物にされても困る。
こうしておけば、報酬の横取り目当てに来た無頼漢と思われるだろう。
我ながらよく考えたと満足しながら、改めて休憩に入るのだった。




