224:地下迷宮、探索中
「“天秤と剣”騎士団、前へ!
いざ、迷宮へ進撃せよ!」
金属鎧で身を固めた一団が、6つの部隊と回収班に分かれて迷宮へと進軍する。
俺の、と言うかアストライア嬢のいる部隊は一番最後、第6部隊として編成されていた。
「我々は、あの水箱の水が全て落ちたら出撃となる。
それまでに装備を整えておくように。」
アストライア嬢が指差す方を見れば、4つの箱がそれぞれ管に繋がり、階段状に設置されていた。
一番上から水が流れており、下の箱、下の箱へと水が流れる。
一番下の箱には側面に目印が幾つかあり、そこには矢のようなモノが浮かんでいる。
水位が上がると矢が上がり、目印まで来ると部隊が突入するようだ。
(へぇ、漏刻とは、珍しいモノを使っているな。)
これだけ魔法技術が進んでいても、時計は物理現象を使っているらしい。
また、各部隊には暗闇で光る砂の入った樽を背負っている男がいる。
入口から入った部隊は、砂が切れたところでキャンプ地を作る。
次の部隊はそのキャンプ地から砂を溢し、砂が無くなったら次のキャンプ地を作る。
そうして6つの部隊が順繰りに橋頭堡を確保しながら前に進み、6つ目の部隊が橋頭堡を確保したら、次は1番目の部隊から、と、着実に安全を確保しながら進むのだそうだ。
1つの部隊は騎士3人に従者3人、それと俺達のような運搬屋5人からなる大人数だ。
砂の樽を背負う奴は騎士達と共に進むことが多く、中には囮同然に前を歩かされる事もあるため、生存率は決して高くなかった。
「よし、じき我々の番だ。迷宮に侵入するぞ。」
アストライア嬢の声掛けで全員が立ち上がり、荷物を背負う。
砂樽を背負っているのは、まだ少年だった。
迷宮の入口に足を踏み入れれば、世界が変わったことを感じる。
振り返り、入口の先を見る。
入口近くにいる補充用の騎士達や運搬屋達が何かを話しているのが見えるが、その話し声は全く聞こえない。
ここは“迷宮”と言う名の隔離された世界。
“あちら”と“こちら”は、見えてはいても違う世界。
ひんやりとした空気と生臭い臭いが漂う、あの世に最も近い場所だ。
先に行った者達の足跡を辿り、前へと進む。
途中、壁やら床やら至る所に飛び散った血の跡を見つけはしたが、それは敵性存在のモノだったと、第1部隊のキャンプ地で理解する。
恐らく道中で倒したであろう魔物の素材、そう言った残骸が山積みになっており、恐らく素材に使用できない内蔵などが、離れたところに掘られた穴に次々と投げ込まれていた。
こういう時、他の異世界でよくある“インベントリ”的なモノがあれば楽なのに、と思わなくはない。
この世界では、その類いの魔法は無いようだ。
「オラ運搬屋ども、回収部隊が来るまでに作業終わらせろよ!
第6部隊が来たって事は、もうすぐ来るぞ!」
上半身裸になり、返り血や汚れを拭っている女騎士が荷運びの男達に怒号を飛ばす。
別の世界では目のやり場に困るような風景だが、流石の俺でもこの世界では何も感じなくなってきていた。
人間とは不思議なモノだ。
最初は物珍しかった性別の入れ替わりも、見慣れるとそれが当たり前の様に感じてしまう。
アストライア嬢もその光景に何かを思うこと無く、出現する魔物の種類などを確認している。
「いよいよ我々が先行する番だ。
各員、注意して進むように。」
そんな光景を第5部隊まで繰り広げて、遂に俺達が先行する番となる。
騎士と従者は、アストライア嬢の声に気合いを入れなおし、武器を構える。
俺達の部隊の、砂の入った樽を背負うのは、年端もいかない男の子だった。
前を騎士2人と従者1人、樽を背負う彼、俺達、最後尾を騎士1人と従者2人の陣形で進む。
砂樽を背負う彼が、小刻みに震えているのが解る。
「大丈夫、落ち着けよ少年。」
気休めとは言え、声をかけてやる。
ロクに先の見えない洞窟の中で、先頭集団に近い場所は恐ろしいだろう。
「オラ、サッサと歩けよ男共!
アストライア様達とはぐれてしまうだろうが!」
こういう罵声もよくあることだ。
だがそれに怯えた少年が、慌てて先頭に追い付こうと小走りになる。
こういう時だ。
大体良くないことが起きるのは、こういう時だ。
嫌な予感を感じ、少年に追い付こうと駆け出す。
<暗視モード>
マキーナが気を利かせてくれて、右眼だけが暗視モードに切り替わる。
あぁ、やっぱりだ。
迷宮と言う暗闇に生きているからだろうか、両眼が退化した犬型の獣が、先頭で戦っているアストライア嬢達から離れて、少年に襲いかかろうと駆けてきている。
盲目の獣、恐らく狙いは音が聞こえる場所。
左手のホルダーから棒手裏剣を抜き取り、右手を鞭のようにしならせて振るう。
少年の首の辺りに向けて投げたソレは、狙いどおり飛びかかった獣が開いた口の中、そこに鉄の棒が突き刺さる。
“ギャウッ!!”
飛びかかる獣の質量を、俺の投擲は上回れたようだ。
人には出せなさそうな悲鳴を上げ、獣は空中で後ろに押し飛ばされる。
獣が体勢を立て直す前に、背嚢を雑に降ろして棍棒を抜き取る。
どの世界でもお馴染み、中心の棒の先端に刃を重ねて瘤状にした、使い慣れた武器。
ヘーファイトス氏はやはり名工だ。
大体の世界では刃が4枚くらいしか無いが、これは6枚刃だ。
鍛冶能力がある程度無ければ、この形状のモノはお目にかかれない。
「オラこっちだワンコロ。
鬼さんこちら、手の鳴る方へってな。」
メイスの柄で、左手の金属をカチカチと鳴らす。
迷宮の獣は、口の中から棒手裏剣を吐き出すと、怒りに任せてこちらに突撃してくる。
飛びかかりに合わせて、渾身の力でメイスを振り下ろして魔獣の頭に叩き付ける。
魔獣は吠え声とも違う、空気が口から漏れるような音を吐き出しながら地面に叩き付けられると、ビクビクと痙攣はしているがその動きを止めた。
“風の刃よ!”
後ろからの叫び声に危険を感じ、横に飛ぶ。
さっきまで立っていた俺の位置を通るように突風が吹き抜け、魔獣の体を真っ二つに斬り裂く。
「フン、危なかったな。
我々騎士の戦いに首を突っ込むのは良いが、間違って跳ね飛ばされないように気を付けろよ。」
俺はそれに答えず、棍棒を振ると、こびり付いた肉片や血を払う。
落とした背嚢を拾い上げ、腰を抜かしている少年に怪我は無いか確認する。
「おい貴様、聞いているのか?」
「サッサと進まねぇと、大好きなアストライア様とはぐれちまうぞ?」
苛立った女騎士に対し、面倒くさそうに顔を向けて答える。
何処から敵が出て来るか解らない迷宮の中で、頼るべき仲間に剣を向ける、その意味が解らないほどお花畑なのか、それともそうしたくなる理由があるのか。
「お前等、何をやっている?」
向こうでの戦闘が終わったのか、返り血を浴びたアストライア様が暗闇から現れる。
「まぁ!アストライア様!血が出ておりますわ!
すぐに私が回復魔法を!」
「いや、これはただの返り血だ。
それよりも、一匹こちらに逃げてこなかったか?
心配で戻ってきたのだが。」
女騎士は、“ワタクシが仕留めましたわ!”と嬉しそうに報告している。
やれやれ、後先を考えない行動か。
俺は棍棒を鞘にしまうと、へたり込んでいる少年を立たせ、また歩かせる。
他の運搬屋も、厳しい目を女騎士に向けていたが、その内の1人が俺に近付いてくる。
「兄さん、強ぇな。
……休憩の時に、少し話が出来るか?」
すれ違いざまにそう囁くと、俺の回答を待たず少年の後に続いて歩いていく。
その背中に、何かが起きる予感を感じていた。




