221:情報整理
「……見知らぬ天井だ。」
いや当たり前か。
玉座の間での戦闘直後、俺は意識を失っていた。
広めのベッド、周囲を見渡せば洒落た洋風作りの壁と厚手の絨毯、それに小洒落た窓。
元の世界で言うなら、結婚式の会場にベッドが置いてあるような、何となく落ち着かない気持ちになる。
(……何処かでこんな感じ、あぁ、そうか、乙女ゲームの世界だったか。)
かなり前の、乙女ゲーム世界に転生した転生者と色々あった時の、あの学園の中にあった貴族の別荘。
あの雰囲気に近い。
(……てことは、ここは王宮か、アストライア嬢の屋敷って事かな?)
この世界の転生者、カスミちゃんと言う女王には攻撃が通用しなかった。
あの時アストライア嬢が俺を庇ってくれなければ、多分死んでいただろう。
ふとあの時のダメージが気になりシーツの中を見てみるが、パンイチになっていること以外、火傷の痕も無数の傷も綺麗に無くなっていた。
左腕が元に戻ってないのは、まぁ仕方が無いか。
(マキーナ、何処まで解析できた?)
パンツ以外の衣類は無くなっていたが、元から左腕の件もあり、マキーナはアンダーウェアモードで常時起動中だ。
<この世界の魔法ですが、今までの世界とはルールが異なるようです。
そも、この世界の住人からマナ及び魔力を感じません。>
最初のアストライア嬢との戦い、転生者との戦いと、俺が意識を失っている間も、マキーナは観測し続けていてくれた。
(んん?そりゃおかしくないか?
じゃあ何を資源に、コイツら魔法を使ってるんだ?)
流石に幾つもの異世界を渡り歩いてきて、或いは異世界のパラメータを弄ってきて、俺でも解ることはある。
異世界の不思議、魔法の行使に関してだ。
異世界には、元の世界には無い“マナ”と言うエネルギーが満ち溢れている。
“魔法”と言う行為は、このエネルギーを消費して術者の思い描く奇跡を再現しているのだ。
“マナ”の消費先は完全に個人の体内に貯蔵されているモノのみだったり、一部を周囲の環境から発生しているモノで置き換えていたりと様々だが、いずれも“マナ”と言うエネルギーを消費している事に変わりは無い。
余談ではあるが、俺はどうやら“マナ”の無い世界の人間だからと言うことで、ステータスが開けなかったり魔法を使ったりすることが出来ないようだ、と、少し前に気付けた。
そこで発想を変えて、異世界出身のアイテムであるマキーナに魔法の代用的なことが出来るか実験したことがある。
結果として出来ることは出来たが、俺が持ち込むエネルギーを大量に消費してしまい効率が良くなかったりするので、結局俺には魔法は無縁のモノだったようだ。
(あぁ、なるほど?この世界は内包式の魔法行使じゃなくて、外部取り込み式って事か?)
内包式ならば個人の貯蔵量が如実に出るので、威力や回数に制限がかかることが多い。
だが外部取り込み式の場合は、本人の僅かな魔力で大きな結果を出すことが多い。
しかも回数も連発できることが多い。
<いいえ、そうではありません。
この異世界は、“個人からも世界からも完全にマナを確認できない”のです。>
これは厄介だと思った矢先、マキーナから俺の勘違いと事実が告げられる。
この世界、本当の意味で既にマナは無くなっているらしい。
ただ、存在していた形跡は確認できたそうだ。
つまりこの世界、マナの枯渇から、既に崩壊に向かい始めていてもおかしくない、と言うことだ。
(だがおかしくないか?
今までの感じからすると、崩壊に向かう世界はそもそも魔法の行使が出来ないだろう?
コイツらは当たり前のように魔法を使ってるよな?)
この点が謎だ。
何処にも資源のない魔力を使い、魔法を行使する。
俺からすればそれは、まさしく無から有を作り出している錬金術だ。
(あの転生者の能力、“言の葉”だったか。
アレが何か、悪さしてる気がするなぁ。)
改めて考えを整頓しても、やはりあの転生者のせい、と言うことだろうか。
気になると言えば、何故あそこまで男らしく振る舞っていたのかも気になる。
「おぉ、気が付いたかセーダイ。
丸一日眠り続けていたからな、心配したぞ。」
アストライア嬢が扉を開けて入ってきた事で、一旦マキーナとの思考を中断する。
やはりここは彼女の屋敷なのだろう。
鎧姿ではなくシンプルな意匠のワンピースを着た彼女が、玉座の間とは違うくつろいだ表情で、水桶と手拭いを持ってきてくれていた。
「丸一日か……どおりで腹も減ってって、あの、その水桶は?」
「ん?いやお前を拭いてやろうとな。」
大慌てでご遠慮するが、“何を言う!昨日も拭いてやったんだぞ!”と抗議をされてしまい、一瞬目の前が暗くなる。
「やだ……、アタイ、御婿に行けない……。」
あ、もう結婚してたわ。
いやいやいや、そうじゃない。
まだ介護されるには俺は若すぎるがな!
「いや!自分で拭けるから!
ぬぐぐ……あっ!魔法を使うのは反則!!」
腕四つで組んでレスリング状態になるが、アストライア嬢は劣勢となるや魔法で身体強化をかけてくる。
こうなると粘っても徐々に押し負けだすが、それでも!
貞操の危機なので負けるわけにはいかない!
今回は速落ち2コマは嫌だ!
「アラ、もうすっかり元気じゃない。
……アストライア、私達は改めた方が良いかしら?」
「お姉ちゃん何してるの?」
鬼気迫る攻防を繰り広げていると、扉が開き2人の女性が姿を現してくれた。
1人は玉座の間でアストライア嬢と共に並び立った、確かエウノミアだったか、あの優しげな微笑みの女性だ。
であれば、エウノミアと共にいる少女がエイレーネとか言う妹か。
「ね、姉様、これは!
この男が、私が体を拭いてやろうと言うのに、この様に拒みまして!」
「アナタ、そう言って過干渉が過ぎるから、自分の馬にも嫌われているではないですか?」
アストライア嬢はしどろもどろに言い訳をゴニョゴニョと言っていたが、どうやら強くは出られないようだ。
渋々と引き下がると、手拭いを俺に渡してくれた。
危なかった、と思いながらも、“馬と扱いが一緒か”とも思う。
だが、それは俺の常識であって、この世界の女性から見れば男性は犬猫と同じ扱いなのかもしれん。
腹は立つが、イチイチそれを気にしていても始まらない。
まずは、この世界の魔法の秘密と対抗策を考えなければだろう。
「そもそも庶民でもあるまいし、女が男に跨がるとはどう言う了見ですか。
アナタには日頃から慎みを持つようにと……。」
あ、アストライア嬢だけだわ、これ。




