220:謁見
「畏れながら、陛下のご威光を知らせるのはもう十分ではないかと。
この者、このままでは死んでしまいます。
何卒、後の調べは我が“天秤と剣”騎士団にお任せ頂けませんでしょうか。」
この場へ連れてきた責任を感じているのだろうか?
その横顔は青ざめていながら、しかしよく通る声で転生者の女王様へ嘆願している。
だがまぁ丁度良い機会だ、この時間を回復に当てさせて貰おうか。
「畏れ多くも陛下に意見など……。」
「たかが警備兵如きが陛下に……。」
「アストライア、貴様!弁えよ!」
周囲からのザワつきを、転生者は手を上げることで黙らせる。
「フム、アストライア。
貴様は我々転生者という存在を誤解している。
転生者は転生する際に、神からの祝福、何かしらの“能力”を受け取っているはずだ。
以前現れたアイツのようにな。
例えば……。
“氷よ、槍となれ”。」
俺の胴体に向けて射出された槍状の氷を、何とか横に転がりながら躱す。
躱すついでに、立て膝立ちに構える。
とはいえ、まだ体中が痺れているような感覚だ。
もう少し、会話を繋いで体を回復させたかったが、狸寝入りはバレていたようだ。
それよりも、気になることを言っている。
この世界も、複数人の転生者が居る世界なのか?
「頑丈なのは認めるがね。
……俺を、お前等転生者と一緒にするなや。
俺は迷い込んだ“異邦人”だ。
お前等の言う、不正能力なんざ受け取っちゃいねぇよ。」
俺が動けたことを驚くアストライア嬢を尻目に、転生者の女は俺の言葉を聞いて、初めて表情を変える。
不思議そうな、意外そうな表情だ。
「へぇ、君も“異邦人”と名乗るか。
前に来た奴は何て名前だったっけ?ヘーラー。」
「確か……、“ハジメ・オンリ”とか言う方だったかと。」
玉座にしなだれかかる女性が穏やかにそう言うと、“あぁ、そんな名前だった。”と転生者も優しく笑いかける。
「お前と同じように“異邦人”と名乗った奴が少し前に現れた。
だがソイツはお前と違い、嬉々として神から貰ったという能力を説明してきたよ。
だからお前もアイツのように、実は神から能力を受け取っていて、隠しているんじゃないか?
アイツは“お前の能力とこの世界を寄越せ”といって襲いかかってきたぞ?
お前もそうなんだろう?ホラ、攻撃してみろよ。」
電撃のダメージは深刻だが、まだ動けないほどじゃない。
体を起こしながら、転生者を見据える。
奴の言っていることが真実だとして、俺のように世界を渡りながら、転生者の能力を簒奪している奴もいるのか。
しかも後先考えずに能力を奪おうとして、この口調だと失敗したらしい。
なんつう迷惑な存在だ、お陰で完全に疑われているじゃねぇか。
ただ、今それを愚痴っても始まらない。
痛む体でなんとか立ち上がると、改めて構えを取る。
「その何たらって奴は知らねぇが、俺は正真正銘、あの神を自称する存在から何も受け取っちゃいねぇよ。
自力で特訓する時間はあったが、それは別にあの神を自称する存在の権能、って訳じゃ無さそうだったな。」
俺の構えを見ていた玉座の間の人間達から、最初はさざ波のように、徐々に大きくなる嘲笑の声に包まれる。
「まぁ、男の分際で魔法を使うのかしら。」
「違うわよ、アレは古めかしくて野蛮な体術じゃないかしら?」
「あんな物がカスミ様に効くと思っているのかしら。」
転生者が手を上げると、またも場が静まる。
「あぁ、勇敢な愚者よ。
お前は鍛えたその肉体が、私に通用すると思っているのか!
良いだろう、お前の行動を赦そう。
そら、やってみろ。
ただ、“君の攻撃は当たらない”だろうがな。」
静かに腰を落とす。
マキーナは相変わらず変身を勧めてくるが、変身したところで俺の基本的な攻撃能力は変わらない。
それよりも、あの転生者の攻撃を解析させる方に回す。
「そういや、お前の名前を聞いてなかったな。
俺の名は田園勢大と言う。」
転生者はあまり興味が無いようにこちらを見下ろすと、ため息のように呟く。
「北朝、北朝霞だ。」
言い終わるよりも早く、全力で右拳に意識を集中し、百歩神拳を放つ。
アストライア嬢やこの転生者の魔法の使い方から、“喋らなければ起動しない”のでは無いかと当たりを付けていた。
だが、目論見は外れた。
押された空気は見えない何かに阻まれて、破裂音と共に周囲の埃を舞わせただけだ。
(ダメか、なら!)
全力で前へステップ、一瞬で玉座に座る転生者の前まで間合いを詰める。
退屈そうな表情を崩さない転生者だったが、本当に僅か、目の奥に驚きが読み取れる。
「シッ!」
間合いを詰める速度を殺さぬよう、腰の回転に速度を乗せ、肩へ。
やや拳を捻りこみながらも突きの最速最短、右の順突きを転生者の顔面に叩き込む。
「へぇ、それなりには鍛えてるわけだ。
前の小物とは、少しは違うようだね。」
俺の拳は、転生者まで届いてはいなかった。
後10センチ程度のところで見えない何かにぶち当たり、拳を止められていた。
突き破ろうと力を込め続けてはいるが、阻まれてからはミリ単位でしか拳は前に進まない。
「いやはや、この距離まで近付けた事は素直に驚いてやろう。
その褒美に、良いことを教えてやるよ。
俺があの神から貰ったユニークスキルは“言の葉”と言う。
意を込めた言葉で全てが思い通りになる、まさしく不正能力と呼ぶのに相応しい力だ。」
「おいおい、霞ちゃん、可愛い名前の割には男言葉とは、おじさん感心しないなぁ。」
初めて、それまで余裕を浮かべていた転生者の表情が強く変化する。
その顔に浮かぶのは激しい怒り。
どうやら、何かの琴線に触れたらしい。
「お前!!
……いや、もうお前の相手は飽きた。
“燃えさかれ”そして“弾け飛べ”。」
次の瞬間、全身に炎が広がる。
掌をこちらに向けてもいなければ、何処から炎が回ったのかもわからない。
炎に焼かれ、苦しむ間もなく後ろに弾き飛ばされ、玉座から床までにある数段の階段を転げ落ちる。
この場にいる人間達が、そんな俺を見てまた嘲笑を浴びせる。
「さて、褒美だ。
これ以上苦しまずに、ひと思いにトドメをくれてやろう。」
玉座から立ち上がると、掌を上にかざす。
その掌の上には、見るからに巨大に膨れ上がる炎の弾が浮かぶ。
「お、お待ちください!王よ!
これ以上は死んでしまいます!
い、今、城下町では男手が不足しております!
これだけの働きが出来る男は貴重かと!
何卒、何卒御再考を!」
火だるまになりながら吹き飛ばされ、蹲る俺を庇うようにアストライア嬢が前に出る。
「アストライアよ、何故そこまで庇う?」
「えーと、あの、その。
……わ、わ、わ、私がこの男を気に入りました!」
いきなり何言ってるのこの娘!?
いきなりのトンでも発言に、激痛の向こう側に行きかけていた意識が、急に戻る。
「カスミ陛下、久方ぶりの妹のワガママですので、姉としては妹に手を貸したくなるのですが。」
慈愛に満ちた表情を浮かべる落ち着いた美人が、ゆっくりとアストライア嬢の側に立ち、転生者を見る。
「は、はは、ハハハハハ!!
そうか、アストライアもそんな年頃か!」
転生者は上に掲げた火の弾を霧散させると、再び玉座に座り、足を組み直す。
「良かろう。
アストライアの言に免じ、この男の処遇はアストライアに任せる。
それで良いな、エウノミアよ?」
「陛下の寛大な処置に、心からの感謝を。」
アストライア嬢の側に立つ美女が一礼すると、仕草で近くの衛兵を呼ぶ。
<解析、完了しました。
もうそれは必要ないかと思われます。>
衛兵が俺を運び出そうと持ち上げかけた時、マキーナの声が頭に流れる。
衛兵に左腕を持ち上げられ、立たせて貰った時に、転生者の前に“それ”を放り投げる。
「……返しておくぜ、女王サマよ。」
先程の攻防の最中に引き千切っていた、マントのボタン。
それが転がったのを見て、転生者は顔を強張らせていた。




