219:転生者との対面
城壁の開門と共に、馬に繋がれた荷台が動き出す。
ファステアからここまでで、既に夜は明け太陽はかなり高く上っている。
暗闇から明るいところに出る眩しさに目を細めるが、光に慣れた視界に王都が映る。
(……何か、汚ぇな?)
一瞬、王都にあるスラム街の方から入ったのかと思ったほどだ。
道端の至る所にゴミが落ちている。
だが、よく考えてみれば、今まで見てきた世界のスラム街の方が綺麗かもしれん。
“ゴミすら金になる”からだ。
とは言え、街並みから普通にファステアからの入口であると気付く。
何となく、今まで見てきた街並みと同じではあるようだ。
で、あるならば、多分この大通りをまっすぐ行って、大きな十字路を右に行けば王城に続く道、手前のやや細い道を左に入って少し行くと、冒険者ギルドがある筈だ。
ついでに言うなら、さっき言った十字路を曲がらずに更にまっすぐ行って、城壁近くまで行ってから左の細い道を曲がれば、スラム街が広がっているとは思う。
その位置関係が正しいなら、この入口がスラム街側の入口な訳が無い。
家の位置、花屋や商店の位置などは何となく合っている。
ただ、女性の転生者にありがちな、スイーツ関連の店があまり無いように感じる。
「ホホホ、奥様、これ例のスイーツ店の新作でしてよ?宜しければお1ついかが?」
「アラ素敵、早速頂くわ。」
奥様方が談笑している。
菓子を受け取った女性が、包み紙をほどいて中の菓子を頬張ると、持っていた包み紙から手を離す。
当然のことながら、そのまま包み紙は通りに落ちる。
「アラホント!美味しい!」
「でしょう?こちらも……。」
ゴミを地面に捨てることに、何の遠慮も感じてはいないらしい。
別の女性に目を向ければ、オープンテラスのカフェでコーヒーを飲みながら、鼻をかんだチリ紙を道に投げ捨てている。
それを見ていた別の女性達が、何やらヒソヒソと話している。
「やぁねぇ、最近はゴミを片付ける清掃員の男が減ったと思いません?」
「本当よねぇ、お国は何をしているのかしら?
女性が住み辛い世の中よねぇ。」
目が点になっていた。
彼女等は、汚していること、ではなく、片付けが遅い、と憤っているのだ。
チラと、アストライア嬢を見る。
城門に近付いた時からその表情は氷のようではあるが、若干の不機嫌さが滲み出ている。
話しかけてもどうせ答えは返ってこないだろうと諦め、荷台で揺れるがままになる。
「見て、また男が捕まっているわよ。」
「あぁヤダヤダ、ああ言う下品で不潔な男がいるから、私達女性がいつまで経っても住み辛いのよね。」
俺が通り過ぎる度に、そう言ったヒソヒソ話が聞こえてくる。
王城に着くまで注意深く観察していた。
女性は大体が良い服装をしている。
時々見かける男性は、皆が皆死にそうな顔をしながら清掃作業に従事している。
麻袋をそのまま被った様な服に、首には鉄の輪がはめられている。
この国がどう言うところか、大体解ってきた。
“行き過ぎた女性上位”
そんな言葉が当てはまるかも知れない。
中々に見た事がない世界だ。
“こういう世界は微妙なラインなんだよなぁ”と呟いていると、馬車が王城前に到着する。
「降りろ。」
別人のようなアストライア嬢の声に促され、繋がれた鎖に苦労しながら荷台を降りる。
先頭をアストライア嬢、左右を従者に挟まれながら、王城に入る。
(マキーナ、城の構造と罠を把握しておいてくれ。)
<了解。>
マキーナに解析して貰った結果が右眼に表示される。
右眼を一度失い、修復して貰ってから、よりマキーナとの結びつきが強くなっているらしい。
右眼を閉じると、城の構造、罠の位置、魔法防壁の種類と位置など、様々な情報が映る。
概ね城の構造も、今まで見てきた世界と大差は無い。
強いて上げれば、地下牢の数が尋常じゃ無い位あることか。
「女王様のご入場である。
皆の者、伏して拝せよ。」
気付けば、玉座の間にまで来ていた。
そこに居る全ての人間が膝をつき、王の入場を迎える。
膝をついていないのは、警備の騎士達と俺くらいなものだろうか。
両脇の従者からはマントを引かれてはいたが、俺は別にこの国の住人でも無ければ敬意を払う相手でも無い。
入場から見届けてやろうとそのまま立っていた。
「ほう、不敬な者がおるな。」
豪華な衣装に身を包んだ若い女が玉座に座り、足を組んで頬杖をつきながら最初に言った言葉がそれだ。
「俺は別に、アンタの家臣でも無ければこの国の住人でもな……。」
「“ひれ伏せ”。」
体中に物凄い重圧を感じ、地面に膝をつく。
ノーモーションで何かされたらしい。
立ち上がろうにも、体中をコンクリか何かで固められたかのように身動きが取れない。
「……グッ!このっ……!」
殆ど身動きが取れない中でも、顔は伏せない。
歯を食いしばり、意地でもそれだけは抵抗してやる。
「その意志の強さ、お前、やはり転生者か?」
少しだけ、重圧が軽くなる。
相変わらず体は殆ど動かせないが、歯を食いしばって耐えるほどでは無い。
「い、いきなりご挨拶だな、転生者。
こういう時は、“初めまして、こんにちは、ご趣味は何ですか?”から始めるモンだぜ?」
「“雷よ、走れ”。」
全身の重圧が解けた次の瞬間、電撃が駆け巡る。
悲鳴を上げる事すら出来ず、のたうち回ることも出来ず、俺はその場に倒れる。
「悪いな、こう見えて忙しい。
聞かれたことに答えろ。
お前は転生者か?目的は何だ?」
体のアチコチから煙が出ているが、何とか意識は保っている。
右手をついて体を起こし、霞む視界の中で転生者を見る。
いつの間にそこに居たのか、玉座に座る転生者にしなだれかかるようにして立つ、妙齢の女性の姿があった。
誰だかはわからないが、転生者の女性と微笑み合うその表情はかなり近しい関係であることはわかる。
「……フ、フフ、冗談の通じない奴だな。
ま、まぁいいや、俺は転生者じゃねぇよ、言ってみれば迷い込んだ“異邦人”でね。
お前、ここに転生するときに、あ、あの存在から力を貰ったろ?
ソイツはな、使いすぎるとこの世界を崩壊させかねない力なんだよ。
だ、だから俺は、お前みたいな奴とあの存在との接続を、切って回ってるんだ。
……切りさえすれば、俺はすぐにでもこの世界から消えるだろうさ。」
「ふぅん?本当かな?
……いや、やっぱり疑わしいな。
まだ真実を話さないのか?
“雷よ、走れ”。」
もう一度全身を電流が流れ、思わず“グギャッ”という、自分の口からよく解らない音が漏れる。
全身黒焦げになりながらも、失禁しなかった自分を褒めてあげたい。
「お、畏れながら陛下!」
声の主をチラと見れば、アストライア嬢が伏したまま青ざめた表情で、声を上げていた。
「アストライア!お黙りなさい!」
「不敬よ!」
「構わん、アストライア、顔を上げよ。
そして申してみるが良い。」
臣下の数人が異議を唱えたが、転生者はそれを黙らせ発促す。
<チャンスです。今のうちに通常モードへの変身を推奨します。>
(悪いな、まだだマキーナ。転生者の能力解析を優先しろ。)
ヤバい状況ではあるが、何故か今はこのアストライア嬢に賭けてみたくなった。
自分でも何故かはわからない。
ただ、俺の勘がそう告げていた。




