21:勇者はいずこへ
「いや、勇者さんとは会ったことも無いんですが、勇者さんと何かあったんですか?」
俺の言葉が呼び水となったのか、モヒカン男がその時のことを話し始めた。
「あの真ん中の受付の子さ、オルウェンちゃんって言うんだけど、まぁセーダイも経験したと思うけど要領悪くてな。
新人登録しに来た奴が、対応にイライラして帰ることも珍しくないんだわ。
だからさ、俺新人っぽいの見かけたら、違う列に並んだ方がいいと声かけるようにしてるんだわ。」
いやあの子どんだけ駄目な子なんだ。
ってか解ってたけどモヒカン男良い奴だな。
そんなことを思いながら、俺は先を促した。
その日も、モヒカン男は新人っぽい男が冒険者ギルドに入ってきたのを見た。
ここいらでは珍しい、高価そうで真新しい、銀色の鎧を纏った若い男だった。
その若者は、オルウェンの列が空いているのを見ると、すぐにそこに並ぼうとしていた。
モヒカン男はすぐにマズいと思い、若者に声をかける。
「おい兄さん、このギルドは初めてか?」
呼び止められた若者はムッとした顔になり、「だったらなんだ、お前に用はない。」といってモヒカン男を押しのける。
「なんだお前?こっちは善意で声かけてやってるんだぞ?」
そう言いながらモヒカン男が掴みかかろうとした次の瞬間、手の平を突き出した若者が何か呪文を唱えると、突風が発生して吹き飛ばされた。
「俺のレベルを教えておいてやる。
俺のレベルは999だ。
レベル20の雑魚が、カンスト相手にイキがらないことだ。」
その言葉を聞きながら、モヒカン男は意識を失った。
「……とまぁ、そんなことがあってよ。
その後のことは仲間から聞いたんだけどよ、何でも国王の信書だかを持ってて、金一等級にいきなり登録になったとかで、騒ぎになったらしいぜ。」
話を聞き終えて、俺は微妙な表情になっていた。
アカン、勇者はんイキリ倒してはりますな……。
この世界にレベルの概念があったのかと思い聞いてみると、酷く一般的な知識と言われてしまった。
“ステータスオープン”と言えば、自身のレベルや体力、魔力などが見られるらしい。
自分がどんな風に表示されるのか、ちょっとワクワクしながら早速俺も「ステータスオープン!」と言ってみたが、何も起きなかった。
やべぇ、騙されたか?
ただの超痛い奴じゃん、俺。
「どうだ?自分のステータスがわかったか?」
モヒカン男が何でもないことのように聞いてくる。
……この反応、騙してる訳じゃない?
「あの、何も起きませんね……。」
「しょうがねぇなぁ、俺が見てやるよ。
“ステータスオープン”
……あれ、ホントだ、何も映らねぇな。」
どうやら騙されていたわけでは無いらしい。
モヒカン男は首をひねりながら、何度もステータスオープンという単語を繰り返していた。
「おいキルッフ、あんまり人様のステータスを見ようとするな。
マナー違反だぞ。」
先程俺に酒瓶を渡してきた戦士の風格を感じる男が、モヒカン男を諫める為に席に近付いてきた。
キルッフと呼ばれたモヒカン男は、その男をキンデリック兄貴と呼び、事のあらましを説明していた。
「本当です、私じゃ見られなかったんで、キルッフさんに見て貰ってたんですよ。」
途中、男が“本当か?”という目でこちらを見てきたので、同意の上だと説明した。
「そうかぁ。
そりゃ早とちりしてスマンな。
俺もコイツもこんな見た目だからな、色々と注意しなきゃならねぇんだ。
しかしまぁ、魔力が酷く弱いとそういう事もあるらしい、と、昔聞いたことがある。
それにステータスなんて所詮目安みたいなモンなんだから、セーダイもあんまり気にするなよ。」
話を聞けば、魔法使い適性があっても戦士になって有名になった猛者や、魔法使いだけども普段魔力を錬る方法が筋トレという変わり種もいるらしく、“何に適性があるか”だけで生きる道を狭めるな、と言うことを代々先輩冒険者から後輩冒険者に教えられていくものらしい。
“なるほどなぁ、まぁ仕事だもんなぁ、適性だけじゃやっていけないよなぁ”と思いながら、勇者の話から脱線していたことを思い出す。
「そうだ、話が戻っちゃうんですが、その勇者さんですけど、今はどの辺にいるんでしょうかね?」
例のカバーストーリーにアレンジを加えて説明する。
“とある理由で冒険譚を収集している”
“路銀稼ぎに冒険者になった”
“勇者なら、いい話が聞けるんじゃないかと考えている”
という感じで、勇者の事を根掘り葉掘り聞いててもおかしくない感じに仕上げた。
途中キルッフが、
「なら、ここにいるキンデリック兄貴も、色々と冒険譚を持ってるぜ!
それを収集に加えれば良いじゃねぇか!」
などと言っていたが、“それも後々聞かせて頂くが、勇者は今しかここにとどまっていなさそうだから”と躱して、勇者の話を聞き出した。
大筋は野営の時に聞いた話と同じだったが、王立魔道学院とやらは全寮制らしく、今はそこに住んでいるらしい。
また、その学院はマナー、学問、領地経営の知識、戦術、魔法の知識等、いわゆる貴族として必要な知識や振る舞いを教える、6年制の学校らしい。
今年はこの国のアルスル・ダウィフェッド第二王女と、近隣国の王女ギネビア・プレデリ第三王女が同時に入学し、先の勇者もこの二人と友人になったらしく、今や町中には様々な噂が飛び交っているらしい。
“よくある人質代わりに学院に入学させてるのかな?”
などと夢もロマンスも無いことを思いながらも、会えそうなチャンスを考えていた。
恐らくイベント的にあるであろう、町中にお忍びで遊びに来る瞬間を狙うか。
学院の用務員として潜入するか。
あ、それなら鎖鎌仕込んだり、手の平に真空を作って昏倒させたりかなぁ。
毒手を作るのは嫌だなぁ。
そんな馬鹿なことを考えていたが、詳しく聞くと学院の休みは半月に一度で、基本貴族は町には来ないこと、学院に用務員として入るのは身分が保障された者達だけで、それこそ冒険者なら銀一等級クラスじゃないと相手にすらされないらしい、と言うことだった。
銀一等級になるまで実績を積み重ねる……いや無理だ。
そんな地道にやってたら、世界が崩壊するのが先じゃねぇかなぁと思える。
アニメやマンガではお馴染みのお忍び散策イベントを期待する……、可能性はあるが、月2回の丁半博打みたいなもんか。
まいったね、とはいえ偶然を祈るしか方法は無さそうだな、これ。
他に良いアイデアが出るまでは、それを頼るしかない。
仕方ない、今は調査と実績集めのフェイズだろう。
俺は気持ちを切り替えて、この優しい悪人面の二人から、安くて質の良い宿、お手頃な武器防具その他の店を、そして冒険者の心構えをのんびり聞き出すことにした。
先は長いなぁ。




