218:騎士の実力
「へへっ、おいオッサン、アンタが噂の男なら欲求不満なんだろ?
アタイ達が遊んでやるよ。」
自警団の女がニタニタと笑いながらこちらに歩み寄る。
一瞬だけ全身が淡く光ったところを見ると、何か魔法を使ったと言うところだろうか。
手にした山刀をチラと見て、思う。
“これだと殺し過ぎちまう”
仕方なしに口にくわえ、右手を空ける。
「オイオイ、そりゃ何のまじないだ?
安心しろよ、アンタには気持ちいいことしかな……。」
右拳を突き、空気を押し出す。
音の壁を越える破裂音が鳴り、予定通りに顔面に当たると、歩み寄ってきた女は膝から崩れ落ちる。
「む、魔法にしては奇妙な動きではあるな。
貴殿、今何をした?」
金属鎧の女が呟くが、それに答えてやる義務は無い。
第一、“百歩神拳”と言われたところで、解るわけも無いだろうしな。
同じように空気を突き、2人目の女も意識を刈り取る。
「アストライア様、こやつ奇妙な術を使います!
お下がり下さい!」
従者2人が盾になるように構えるが、金属鎧の女はそれを押しのける。
「貴公等が束になっても、この御仁には敵うまいよ。」
金属鎧の女は自警団の女と同じように、いや、それよりも強い光を一瞬放ち、全身を包む。
更には左手をこちらにかざし、右手で剣を担ぐ。
一瞬、通常モードに変身しようとも思ったが、タイミングを逸してしまった事を理解する。
“コイツ、相当の使い手だ。”
変身しようとすれば、間違いなくその瞬間に切り飛ばされる。
慎重に隙を窺いながら、咥えていた山刀を右手に持ち直すので精一杯だ。
「来ぬのか?ならばこちらから行くぞ。
火球。」
それ自体はファンタジー世界で何度か目にしている。
基本中の基本、初級魔法。
今まで見てきた火球は、良くてバスケットボール位の大きさで、キャッチボール位の速さだった。
しかし彼女のそれは、今まで見てきたモノと一線を画していた。
バランスボール位の火の玉が、プロ野球選手の様な豪速球で迫り来るのだ。
即座に打ち払おうと山刀を振りかけて、それを放った女の影がブレるのが一瞬見える。
「マジかよ!」
死のイメージを感じ、膝の力を抜くと仰向けに倒れる。
目の前を火球が通り抜けた次の瞬間には、顔前を刃が通り過ぎる。
「む、これを避けるか。」
危なかった。
あのまま火球を払っていれば、首をはねられていてもおかしくは無かった。
金属鎧の女は振った剣を切り返し、今度は下薙ぎに剣をくり出す。
足を跳ね上げ、剣を振るう右腕を蹴り飛ばしながら後ろ受身で回転しながら距離をとる。
(固ぇ!?)
おおよそ人間の腕を蹴った感じはしなかった。
強いて上げれば、重機を蹴り飛ばした感覚に近い。
振るう腕を止めることも出来ず、逆にその反動で俺が転がったようなモノだ。
「力の差は理解したか?
今大人しくお縄につくなら、これ以上手荒な真似はせんぞ?」
「お嬢さん、悪いがこちとら男の子なんでね。
それを理解したところで、簡単にハイそうですかと諦められんのよ。」
金属鎧の女は“そうか”と静かにつげると、剣先を下に、刃を隠し掴頭をこちらに向けるように構える。
「私は“天秤と剣”騎士団のアストライア。
貴公は?」
立ち上がり、山刀の切っ先を下に、刃を右にした下段構えに構える。
相手は構えから、確実に下から擦り上げる様な軌道のはず。
ならば剣先で相手の剣を打ち上げ、そこからの振り降ろしを狙う受けの剣で対抗するしか無い。
「……何処の誰でも無い。
ただの人間、田園勢大だ。」
「タゾノ・セーダイか、覚えておこう。」
踏み込みまでは見えた。
砕けた山刀を見るに、アストライアの剣の軌道に、山刀を入れるまでは成功したのだと思う。
だが、既に俺は、右腰から左肩にかけて斬り裂かれていた。
まるで見えなかった。
焼けるような痛みと共に、傷口から熱が抜けていくのが解る。
「見事。」
もう、それしか言えなかった。
薄れゆく意識の中で、“ここで終わりか”と思うのが、精一杯だ。
「……はっ!?えっ!?」
次に意識が戻ったとき、俺は馬に引かれた荷台の中にいて、手足を鎖で繫がられていた。
「おお、気付いたかセーダイ。
あの傷ではもう暫く意識は戻らんと思ったが、お主は随分と強い肉体を持っているのだな。」
上機嫌のアストライア嬢が、騎乗している馬をこちらに寄せる。
ボロ布のマントの下を見れば、血塗れで袈裟斬りに裂かれた衣服ではあるが、肉体は何事もない。
「回復魔法を使ってある。
ただ、斬られたダメージはそう簡単には回復しない。
安静にしているが良い。」
「爺さんはどうなる?」
自分の体が無事であることを確認すると、あのお爺さんの事が気になっていた。
善意の彼に、何かしらの危害が及んでいれば申し訳が立たない。
「……フム、起きてすぐに他人の心配か。
安心せよ、お主の言葉通り、あのご老体は“お主に言葉巧みに騙されただけ”として、何の沙汰も言い渡してはおらん。
まぁ、今後は気を付けるように言い渡しただけだな。
……どうだ、安心したか?」
「……まぁね。」
ニカッと笑うその顔は、かなりの美人だ。
「ちなみに、俺は何処に連れて行かれるんだ?」
「王の側近、星詠みの者から神託が下った。
“この地に害を成す存在が現れた”とな。
その言葉に従いお前を捕まえた。
お前はこれより、王の御前に引き出される。」
多少は話せそうな相手かも知れない。
今のうちに情報が引き出せないかと、他のこともアレコレ聞いてみたが、先程の言葉以外は全てはぐらかされた。
後は何を聞いても“王と話せ”の一点張りだ。
「そういや、アストライアさん、だったか。
アンタ強いな。
王都には、アンタみたいなのがゴロゴロいるのか?」
“貴様!アストライア様に不敬な!”と従者が一瞬騒いだが、彼女は気にした様子もなく、照れたように笑う。
「そ、そうか、強かったか。
だが、私などまだまだだ。
エウノミア姉様には勝てないし、妹のエイレーネも徐々に強くなってきているからな。
我等はこの国の秩序を司る“天秤と剣”騎士団だからな。
もっと強くあらねばならぬ。」
“強さ”に関しては何だか饒舌になる女の子だな、と感じながら、その体型をチラと見る。
金属鎧なので仔細はわからないが、それでも全体的に細い。
この体型で、俺の蹴りをモノともしなかったのはやはり魔法の力、と言うことなのだろうか?
「そう言えば、お主面白い技を使っていたな。
アレは魔力を感じなかった。
一体どんな方法で、離れた相手を打ち倒したのだ?」
顔を近付けながら、目を爛々と輝かせて聞いてくる。
顔立ちや話に食いつくその姿勢は女の子だが、聞いてくる話題は物騒だ。
どうしたモノかと答えあぐねていると、“城門が見えてまいりました!”という従者の声で、アストライアの動きが変わる。
まるで俺など存在していなかったかのように姿勢を正し、前を見据える。
その横顔は、先程までの感情豊かな表情が嘘のような、氷の仮面だ。
急激な落差に面食らっていると、城門が開く。
状況はあまり良くないが、それでも王都には侵入できたと思うべきか。




