217:突撃、隣じゃないけど異世界のお爺さん家
「ところで旅人さんは、何処に向かう予定だったのかね?」
色々教えて貰っているうちに夜も更け、“良ければ今晩は泊まって行きなされ”というお爺さんの好意に甘えて泊まらせて貰っていた。
食事も出してもらい、一宿一飯のお礼代わりに旅の面白話を聞かせていたところ、ふと思い出したようにお爺さんが俺に問うてきた。
そんなお爺さんの問いに、素直に“王都に行く予定だ”と告げる。
大概王都に行けば転生者の情報は手に入る。
そうで無かったにしても、冒険者制度があるなら登録して日銭を稼がないと、活動資金も侭ならない。
「ありゃ、そうか、旅人さんだから知らんのも無理ないのぅ。
この国の王都はの、“女性の同伴無しで入国することは出来ない”のじゃ。」
なんだそりゃ?と思い、改めて聞き直す。
王都には基本的に男性のみでの入国は出来ない。
これは王国人以外であっても同じらしい。
何処ぞのスイーツ店か、プリクラコーナーみたいなルールだ。
また、王都で冒険者業に付けるのも基本は女性だけであり、男性がなれるのは女性冒険者達が認定・登録した“運送人”と呼ばれる職業だけらしい。
「じゃ、じゃあ、男性はどうやって生きていくんですか?」
ここまで来ると、逆に男性が普段何をやっているのかが気になる。
運送人だって、そんなに数はいらないだろう。
ましてや、そう言うのが得意な男性ばかりとも限らない。
そうなると、いわゆる一般的な男性の仕事も何か無ければ、社会として成り立たないはずだ。
「そうじゃのう、儂等のように地方に出て農業や漁業に従事したり、街であれば清掃業務だったりするのがまだ良い方の処遇かのぅ。
大体は奴隷として自分を売りに出したり、少し厳しければ夜の業態かのぅ。
まぁ、お前さんくらいの筋肉美を持っていれば愛玩品の道もあったんじゃろうが、その左腕じゃと買い手はつかんじゃろぅなぁ。」
何と、まぁ。
本日2度目の驚きだ。
元いた世界では、それが適法なモノであるならば、という条件はあるだろうが、“職に貴賎は無い”と考えられる。
俺自身、社会に出てからは尚のこと、その気持ちが強くなった。
だが、この世界では明確な差が存在する。
つまりは、一部の例外的立場の男性を除いて、“キツイ、汚い、危険”と言う、元いた世界で言うなら3Kと呼ばれる職業が男性に割り振られているようだ。
一部の例外とは王族や貴族の子供だが、それとてさしたる権利があるわけでも無く、公に“種”と呼ばれ、政略の道具、或いは子作りの道具と化しているらしい。
「悪い事は言わん、王都になど行かず、お前さんの国に帰った方が良い。」
お爺さんは冗談では無く、真剣に俺の身を案じてくれているのは解る。
ただ、これまでの話しからも推測できるが、どう見ても転生者がいるのは王都だ。
ならば、俺に行かないという選択肢は無い。
「ご心配は有難いんですがね、私には目的が……。」
言いかけたところで、扉を叩く音が聞こえる。
扉の向こうからは叩く音と共に“おい爺さん!自警団なんだけどさ!”という、若い女性の声が聞こえる。
お爺さんの表情に緊張が走る。
「お主、ちょっとそこの梯子から屋根裏に上がって、姿を隠しておれ。」
お爺さんが俺を立ち上がらせると背を押し、屋根裏に続く梯子を登らせる。
取りあえず今はどうすることも出来ない俺は、音を立てないように梯子を登り、屋根裏部屋に積んである荷物の裏に隠れる。
「あぁ、ハイハイ、今開けますよって。」
お爺さんは何事も無いような声を出しながら、扉を開ける。
「おぉ、爺さん、夕飯時に悪いね。
何でもこの街の近くの通りでさ、破廉恥な格好をした男がいたらしいって連絡を受けてさ。
アタイ達も自警団だろ?だからそんなけしからん奴は捕まえなきゃと思ってよう。」
さほど防音できている訳でも、広くも無いこの家では、玄関先の声も丸わかりだ。
その声色はあからさまに喜悦が含まれている。
真面目に捕まえる気は無いのだろう。
この時代の自警団は、町や村の若い衆、特に割とアレ的な奴等の集まりである側面が強い。
大概の世界でも、自警団という名のチンピラの集まりが殆どだった。
ここではむさい野郎共の代わりに、若い女性がその役になっているということか。
「あぁ、見たのぅ。
儂の家の前を通ったからの、注意して、その若いのはどっかに行きよったよ。
恐らく、王都の方に向かったんじゃ無いかのぅ。」
「爺さん、隠しても意味ねぇよ?
こちとら王都から来たお貴族様から言われて、アチコチ調べた結果でここに来ているんだ。
隠してると、爺さんのタメにならねぇぜ?」
やれやれ、若い女性のしゃべり方じゃ無いな。
しかし、ここに居てもお爺さんに迷惑をかけるばかりで、あまり良いことにはならなそうだ。
早い段階で逃げ出さないと、と、下の問答を聞きながら思う俺に、また新しい声が聞こえる。
「ここが、件の男がいる家か?」
こちらの声は落ち着いた女性の声であり、その声には気品も感じられる。
自警団の人間では無い、もう少し高度な教育を受けた人間の話し方だ。
「ご老体、夜分に失礼する。
私は、騎士アストライアと申す。
王命により、この近辺に現れたと覚しき他国人を探している。
他国人は隻腕で黒髪とのことだが、ご老体は他にも何か知ってはおらぬだろうか?」
「いや、儂は……その……。」
お爺さんがしどろもどろになりながら、答えに詰まる。
“そろそろ飛び出す頃合いか”と思いながら、マント代わりのボロ布を被り、音を立てぬように周囲を調べる。
有難いことに、古びて年季の入った山刀が見つかり、ソッと革鞘から抜き取る。
「時にご老体、何故食卓に2対の食器が並んでいるのか?」
「アストライア様、探知魔法に感あり!
屋根裏に誰か潜んでいますわ!」
限界を感じ、屋根裏部屋の窓から音を立てぬように注意して、外に飛び降りる。
窓を割りながら飛び出す、いわゆる“最後のガラスをぶち破れ”をやっても良かったが、それだとお爺さんに悪いからな。
“松明持ちの村人らしき女5、金属鎧1、革鎧2か。”
音も無く地面に降り立ち、周囲を観察する。
ロクに装備も無い奴等は自警団、金属鎧が先程名乗りを上げたアストライアとか言うの、革鎧は従者辺りか。
「その髪、その隻腕、貴様が神託にあった“我等の世界を破壊する者”か!?」
「何のことか解らんね。
俺ぁ、そこの爺さんを騙そうとしてた、唯の迷い人だよ。」
やれやれ、どうやら勘の良い転生者らしい。
たまに転移先に、こうして待ち構えられたこともあったが、ここまで短時間かつ正確に居場所を特定されたのは初めてだ。
今回の相手、結構ヤバい奴かも知れない。




