216:原始、太陽であった
「……よっと。
マキーナ、すぐにアンダーウェアモードに。」
転送が終了した直後、すぐさまマキーナに指示して変身し、左腕の出血を止める。
「よしよし、ようやっと右眼は元に戻ったな。」
右眼を閉じたり開いたりしながら、周囲の景色を眺める。
後は左腕が戻れば元に戻るんだが……。
そんな事を考えながら、左肘の、黒い何かで覆われた辺りを擦る。
左肩の根本近くから切り取られていたが、今は左肘の少し先まで復元していた。
(これで左腕の先に大砲付きの義手とか仕込めたら、俺も狂戦士になったりするんだろうか?)
<勢大、馬鹿なことは考えていないで周囲の警戒をお願いします。>
くっ、怒られてしまった。
旅が進み、マキーナとも馴染んできたのか、少し前からマキーナとは言葉を交わさずに会話が出来るようになっていた。
いや、それどころかマキーナに耐性がついたりハッキングが出来たりと、俺自身は大して成長していないが、マキーナがドンドンと成長しているのは、何か少しだけ寂しさを感じたりもしていた。
いかんいかん、こんな事を考えていてもまたマキーナに怒られる。
俺は気を取り直して周囲を窺う。
とはいえ、最初に森の中に転送された時点で、“あぁ、久々にファンタジー世界か”という感触があった。
何故だか解らないが、元の世界に近い発展をした世界だと、殆どの場合この転送地点は開拓されているのだ。
ここが森で、麓に降りたら現代風の街並みだった、と言うことは殆ど無い。
いや、あるにはあったが、あの時は特別なんだと思う。
周囲を見れば、青々と生い茂る樹木に草花。
虫の類いもいるのは解るが、ここもやはりノミやダニ、シラミにヒルと言ったヤバそうな動物はいなさそうだ。
いつ調べても不思議な生態系だなとは思うが、それがあると簡単に人類が詰む可能性があるからだろうか?
ともあれ、周囲の危険生物は無し、安心して上着と鞄をマキーナに格納する。
周辺環境はやや暑い。
ジャケットを着ていては何かと不便が多い。
ついでに、ワイシャツも汚れると後が面倒だ。
ズボンにインナーTシャツ姿になり、鞄から取り出していたタオルを首に掛けて行動を開始する。
まぁズボンはアレだが、遠目からのぱっと見だと散歩してるオッサンに見えなくも無いスタイルだ。
「さて、っと、争った形跡はありますかねぇ?」
茂みをかき分け、いつものイベントポイントに向かう。
ここ最近外ればかりだったから期待はしていなかったが、見れば少し開けた場所に、壊れた馬車が見える。
「……マキーナ、周辺は?」
即座に警戒、マキーナからの回答は“周辺に人間、または魔物と思われる生体反応無し”と返ってきて、ホッと息を吐く。
少し時間が経っていたのか、馬車を守っていたとおぼしき騎士達も、何なら襲ってきた賊達のも含めて遺骸は無い。
(結構な時間が経っちまってるって事か。)
周囲や、崩れている馬車の残骸を調べると、もう風化しかかっていて今にも崩れそうなマントと、こちらは比較的マシな荷物入れが見つかる。
“まぁ、無いよりはマシか”と思いながら害虫がいるかスキャンし、安全そうなので埃を落として小脇に抱える。
この近くに小川があったはずだ。
そこで洗い落として、そこそこ乾かせば羽織れるだろう。
後は武器の類いだが、荷物入れの中に古びて錆びた小型ナイフしか無かったが、これでも無いよりはマシだ。
馬車の残骸から比較的長めの木材を取り出し、切れないナイフを力技で補って加工、同じく廃材から布と紐で握り手を付ければ、あっという間に旅のお供“ひのきのぼう”の完成だ。
ここまで用意が出来て、ホッと一息つく。
荷物袋を背負い腰のベルトにヒノキの棒を差し込み、マントを纏えば一端の旅人ルックの出来上がり。
ここまでの装備が手に入らない世界も多い事を考えれば、中々に上々の成果だ。
全てを洗い終え、そこそこ乾いたところで身に纏い移動し始める。
とは言え日中はまだ暑い位ではあるので、マントは外して荷物袋に巻き付けておく。
いやぁ、漸く最初の町に向けて移動が出来るってモンだ。
俺は手慣れたモノだと、王都の手前に存在する町、転生者が恐らくこの世界で最初に立ち寄るであろう“ファステア”の町に向けて歩き出す。
ファステアへの道中でも何組かの、旅人か、行商人か、或いは冒険者達とすれ違う。
(やだ……丸見……。)
(あっ!見ちゃダメよ……。)
何かをボソボソと言いながら通り過ぎていくが、微妙に何を言っているかが聞こえない。
まぁ、俺の髪色はこの世界、いやこの地方にはあまりいない黒髪だ。
人間は知らないモノを恐れる。
幾つかの世界でも、似たような差別は受けたことがある。
この世界も、それに近いモノなのかも知れん。
“そうなると、王都に入りづらくなるなぁ”と考えながら道を歩いていると、ファステアが見えてきた。
この世界のファステアは他のファンタジー系世界同様、町と言うよりは村と言った方が良さそうだ。
村の入口近くの畑で、お爺さんが鍬を振るっている。
お、“第1村人発見!”って奴だな。
“すいません!”と声をかけながら近寄ると、お爺さんは顔を上げて辺りを見回し、俺を見ると何故か数瞬止まっていた。
「こ、こりゃ!お前さん、いい大人の癖して、なんちゅう格好しておるんじゃ!!」
お爺さんは顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、突然鍬を放り投げて家の中に駆け込む。
少しだけ待っていると、家の中から上着らしきモノを手に、俺に向かって駆け寄ってくる。
“これでも着ておけ!”と渡された上着は、麻袋のような素材でゴワゴワしていたが、取りあえず着ないとお爺さんの怒りが治まらなさそうなので着ておく。
「全く、最近の若いモンは破廉恥な格好で歩き回りおって。」
「あ、あの、何かマズい感じでしたか……?」
このお爺さんが何にせよこんなに怒っているのか、皆目見当がつかない。
服装で怪しまれることはこれまで何度もあった。
だが、服装を“破廉恥”と言われたことは無い。
「む、そうか、お前さん見慣れない格好をしておるが、旅人かね?
お前さんの国では何でも無い格好かもしれんが、この国ではな、お前さんみたいな格好をしておったら、すぐに“女に襲われてしまう”でな。」
老人の言葉は、大分ショッキングな言葉だった。
昔、戦争があった。
北方にある巨人の国、そことの戦争だ。
国中の男達が戦争に狩り出され、そして大半は帰ってこなかった。
困り果てた当時の王は、禁忌とされていた勇者召喚を実施する。
そこから現れた勇者は、女性だった。
彼女は神から授かったという魔法を国の民に伝え、自らも最前線で戦った。
魔法の力は凄まじかったが、ソレを習得できるのは女性だけだった。
巨人を絶滅させたとき、国の男は殆ど失われていた。
結果、王は責任を取り退位、召喚された女勇者が女王として就任し、国政を司った。
男が殆どいなくなった国、かつて男が行っていた力仕事も、魔法の力があれば簡単に代用できる。
自然と“魔法が使えない、筋肉しか取り柄がなく、女性が庇護しなければならない男”という認識が国中に広まる。
そこからは自然と、女性が主体となった国作りが行われ、気付けば大昔とは男女の概念や価値観が逆転していた、と言うことらしい。
異世界を渡り歩く上で、俺は相当に鍛えていた。
つまり、このお爺さんの感性を俺なりに解釈するならば、先程までの俺はグラマーな女がノーブラ透けTで道を歩いていた様なもの、と言うことらしい。
「……マジか。」
転送された初日から、俺は絶句していた。




