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異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中④
216/832

215:不老不死の魔女

「……まぁ、随分とお喋りしてしまったの。

許しておくれ、久々に話すからの。」


俺は許可を得て、タバコに火を付ける。

1口吸い、紫煙を吐き出すと、コーヒーカップに触れる。

コーヒーは変わらず温かい。

これは魔法でも使っているのだろうか。

最後の1口を飲み干すと、女性はおかわりを注いでくれた。


「……難しい、ですね。」


始まりは全て善意からだった。

善意が積み重なり、そして破滅へと繫がる。

何と言って良いか、など、解る訳も無い。

こんな時、本来なら何と言うべきだろうか。


お気持ち、わかります?

大変でしたね?

世間はなんて酷いんだ?

貴女が悪い?


どれも当てはまる。

だから、どれも当てはまらない。


もう1口タバコを吸い、紫煙を吐き出しながら思いを伝える。


「……私には、貴女を赦せるほどの力は無いですよ。」


「何故、そう思うね?」


目の前の女性は、穏やかな表情で俺に続きを促す。

えぇい、言ってしまったからには仕方が無い。

コーヒーを飲みながら、次の言葉を探す。


「貴女の前世を聞いていて、私は少しだけ思うことがあります。

“そうなる前に、誰かに相談すれば良かったのに”或いは“そうなる前に、逃げ出せば良かったのに”でしょうか。

自分にはこんな過重労働は耐えられない、と、上司には相談できなかったんだろうか。

もし上司が部下を機械か何かと勘違いしているような奴であれば、相談出来なくとも、そこから逃げ出すのも手だったんじゃないかなと。

……私も、幾つか会社を転職しているものでして。

合わなければ抜け出すのも、人間に出来る防衛手段ですよ。」


女性は、“うんうん”と頷きながら、俺の言葉を待つ。


「人間世界での話も、自分から目立つ行動を取ってしまっている。

それは貴女自身が振り返って理解しているように、何処かで“凄い自分を褒めて欲しい”という承認欲求があったんじゃないかなと。

スローライフを願う気持ちは、確かに本当だと思います。

でも、それと同じくらい“役立つ自分を褒めて欲しい”という気持ちがあったのかな、と。

でも結局、人間から見るとその強大な力ばかりに目が行き、貴女は望むモノを望む形では得られなかった。」


だから、隠しながらも目立つ行動をしていたのだろう。

自分が手にしている力では無く、ソレを運用する自分を見て欲しい、と。

だが、その願いは叶わなかった。


「魔族の世界に行ったとき、貴女は人間世界での失敗に気付いていた。

だから、今度は隠すのでは無く、“強大な力じゃなくて私自身こそが有能だ”と、始めから見せつけた。

きっと、多くの魔族を救ったことでしょう。

きっと、多くの魔族に感謝されたことでしょう。

……でも、その言葉は人と魔で真逆とは言え、結果としては同じ結果になった。」


むしろ、能力を活用すればするほど、事情を知らない魔族は堕落していったことだろう。


魔女に相談すれば解決する。

魔女に任せればやってくれる。

自分がやらなくても、魔女に言えば。


それを途中で止めさせた魔族の王こそ、その英断を褒めるべきかも知れない。

その事を決めた彼もきっと、魔女がいなくなり、堕落しかけている同胞が自分に何をするか、自分がタダでは済まない事くらいは、知っていたはずだ。

理解しながら尚、未来の魔族の為に覚悟を決めて言わざるを得なかったのだろう。


「そうじゃのう。

結論、皆儂の事は見てくれなんだ。

儂は前世と同じく、結局何も変わりはせんかった。

ただ他人の評価を気にし、他人が儂をどう見るかばかり気にして生きておった。

やっぱり儂には、他人と関って生きる資格は無いんじゃなと、こうして1人、無限の時間を生きる罰を受けている所じゃ。」


タバコをまた1口。

空を見上げる。


言うべきか、言わざるべきか。

“そうですね、生きるのは難しい”

そう言って、慰めてやることが今は正しいことなのか。


「いいえ、申し訳ないが私はそうは思わないですよ。」


口から出たのは、自分でもビックリするほど素直な感情。


「貴女は結局、自分のワガママを受け入れてくれる“貴女にとって優しい世界”を求めていただけですよ。

いや、もっと言うなら、“勝手に察してくれる便利な誰か”を求めていたに過ぎない。

その証拠に、貴女は他人を見なかった。」


これまで出会った多くの転生者もまた、そうだった。


“前世は思い通りに、いや、言ってみれば我慢ばかりして思い通りに生きられなかった、だから、新しい生を受けた転生後の世界で、ワガママに生きてみたい。”


本質的なことを言うなら、大体がそれだ。

前世のことは流石に解らないが、人間の世界では受付嬢や騎士団長が、この女性をよく見ていたはずだ。

魔族の世界では、他ならぬ一緒に旅をし、魔族の王にまでなった彼が、この女性をよく見ていたはずだ。

彼女から語られはしなかったが、きっと彼等は、時に助言をしていたはずだ。

それを受け入れなかった、いや、聞こえていなかったのは、他ならぬこの女性の方だったのでは無いか。

“察してよ”というのは簡単だが、人間はテレパシーの様な超能力を誰もが持っているわけじゃ無い。

なら、言葉にしなければ、きっと伝わらないだろう。

そして、言葉を受け取らなければ、同じように伝わることは無いだろう。


「……他人を見なかった、とは手厳しいのぅ。

じゃが、もしかするとそうだったかも知れんの。

なぁ、異邦人殿。

儂は、どうするべきじゃったかのぅ?」


改めて、彼女を見る。

そこには最初に会った時の若々しい印象は無い。

むしろ、年齢以上に疲れ果て、心が老いた1人の人間の姿があった。


「その答えを、私は持っていないんですよ。

それは、貴女が生きた証その物だ。

悔いの無い生き方なんて、人間には出来やしないんです。

よく、“やらぬ後悔よりやった後悔の方が良い”と言ったりしますが、それだって“やってしまった後の後悔”を知らないから言える言葉だと、私は思いますよ。

所詮、どちらも同じ後悔です。」


目の前の女性は、疲れたように、皮肉げに笑う。

“やってしまった後の後悔”を知っている人間が、既に知っていることを教えられた笑いだろう。


「貴女に“貴女は悪くない”とか、“貴女はよく頑張った”と言葉で言うことは簡単です。

でも、それは望んでいないでしょう。

心から貴女を認め、そしてその上でそう言わなければ。

……だから、私は貴女の赦しにはなれないんです。」


「……貴方みたいな人があの時にいたら、私は相談できたのかしら。

“営業に、何とか言ってくれませんか”と。」


女性の言葉が若返る。

外見に相応しいその言葉はまるで、ランチに誘われて昨日の仕事の悩みを聞いている、そんな気分だ。


俺は目を閉じる。

経験が無いわけでも無い。

腰光(こしみつ)さんという新人の女性から、似たような相談を受けたことがある。

あの時は、営業課長が俺よりも年下だったから、それとなくお願いをしたはずだ。

結果、悪いのは俺となり、俺が案件を引き継いだ気がする。


「……多分、引き受けたでしょうな。

似たような事をやってましたから。

私の時は結局、全て俺が悪いとなって、面倒事を全て引き受ける事になっちゃいましたがね。

そんでウチの課長からも、“お前、そんな事やってるから万年主任なんだよ”と馬鹿にされましたよ。」


「アラアラ、それはまた辛辣な意見ね。

でも、その課長に同意できる事もあるわ。

何故、引き受けなくてもいい貧乏クジを引いたの?

そんなモノ、下の者のせいにして、自分だけは上手く立ち回ることも出来たでしょうに?」


自分でも、それは何故だか解ってはいなかった。

ただ、“たまにはこういう馬鹿がいても良いだろう”という、簡単な気持ちで泥を被りに行っただけだ。


「さぁ?私にもあまり解ってはいませんね。

ヒーローになりたかった訳では無いし、誰かがその地雷を処理しなきゃ行けないから、私がその役をやっただけ、ですしね。」


女性も、コーヒーを口にする。


「もしかして、その方のことが好きだから、かしら?」


不意に出たその言葉に、俺は笑う。


「いやいや、私は妻帯者でしてね。

お付き合いする女性は、もう奥さんだけで十分ですよ。

それに、彼女が男だったとして、私は同じ事をしてたでしょうからね。

たまには、こんな奴がいても良いと思いませんか?」


否定のジェスチャーをしながらそう返すと、お互いに小さく笑い、そしてまたお互いにコーヒーを口にする。


カップを置くと、改めて真面目な表情になる。


「話を脱線させてしまって申し訳ない。

ただ、貴女は運が無かった、とは思いますよ。

苦労して亡くなられて、その後を余計な能力付きでこうして1人生きていることには。

どうしますか?

私は不老不死をどうにかすることは出来ないけど、私の相棒はその辺をどうにかすることが出来ます。

今のまま不老不死だけを取り払うか、或いは再転生するか、はたまた……。」


言葉を切って、彼女を見る。

彼女は俺を見ているようであり、その先を見ているような、何も見ていない表情だった。


「少し、疲れたわ。

長い休暇も、取り過ぎれば疲れてしまうモノなのね。

……貴方に全てお任せします。

どうか、楽にしてやって下さいな。」


そう言うと魔女は、コーヒーをもう1口飲み、深く椅子に腰掛ける。


「……承知しました。

ソレ(・・)が始まるまでの間、少しだけ時間がありますから。」


「あらそうなの?

じゃあ、もう少し貴方のお話を聞かせてくれないかしら?

そうね、奥さんとの馴れ初めとか、たまには恋の話が聞きたいわ。」


手続きはマキーナに任せ、俺は“そうだなぁ”と考えながら、奥さんとの馴れ初めを話し出す。


結婚式で出会ったろくでもない神父の話まで行ったところで、塊のような霧に飲み込まれた。


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