214:魔族のために
魔族の少年との旅は、決して順調では無かった。
魔族の少年を連れた旅は、基本的に人間の町に入れない。
必要最低限を購入するとき以外、基本町には入らないし、泊まらない。
その為、人の通らない道、野営が基本だった。
荷物が流されもしたし、何度も魔獣に襲われたりもした。
その度にお互い助け合い、気付けば戦友のような間柄になり、旅を続けていた。
困難を乗り越える度、休憩中や野営の食事時に、少なかった口数が徐々に増えていく。
そうして会話をする中で初めて知ったのだが、魔族にとっても魔獣という存在は敵らしい。
魔獣とは、魔素が強い地方において、その影響を受けた野生の生物が突然変異し魔獣となるらしい。
魔素の影響を受けるのは、単体とは限らない。
群れが丸々変異することも多いと言う。
魔獣化した生物は、力が強烈に強くなり、魔獣では無い他の生物を食糧として徘徊する。
蜥蜴が地竜に、蛇が海竜になったりもするそうだ。
そんな彼等魔族は、言ってみれば肌の色が違い、額から角は生やしているが、その生態は人間とほぼ同じだった。
その昔、今の中央大陸にいる人間との生存競争に負け、魔素の濃い北部地方に追いやられたのが魔族の始まりらしい。
貧しい土地を開墾し、魔獣の脅威を退けながら環境に慣れた頃、肌の色や額の角という変化があったらしい。
それ以降、何百年もその土地で生きてきたが、流石に増え続ける人口に北部の離島では限界があるらしく、それで海を渡り中央大陸に進出してきたと言うことだ。
中央大陸は確かに広大だが、人類は様々な地方に点在している。
そこで最初は、話し合いで土地を分けて貰おうとしたが、王都の使者との交渉は決裂。
また、かつて彼等の祖先を魔の大陸へと追いやった強大な力を持つ人類はいなくなっており、安寧を享受してきたその子孫は、見るからに脆弱そのもの。
そういった様々な要因・判断が、戦争による領土侵攻をかける、という思考に行き着いた、言わばこの争いの起点のようだ。
「俺達は、少しだけ土地を分けて欲しかっただけだ。
だが王国の奴等、“奴隷としてならこの土地に入ることを許す”と言ってきたらしい。
そんな事許せるか?
魔族にも誇りはある!
だから、昔のようにどちらが強いか、戦って決めれば良いんだ!」
そう熱く語る少年に、私は何も言えないでいた。
領土問題は、前世でも解決できない問題の1つだ。
私程度では、解決の糸口など答えられる訳も無い。
どちらが良い、どちらが悪いと言うことは無い。
ただ何も言わず、スープを少年に渡す事しか出来なかった。
旅は続き、遂には中央大陸を離れ、魔族領に到着する。
「人間の娘!我等が同胞を捕らえ、どこに行こうと言う気だ!」
魔族領でも、最初は手荒い歓迎を受けた。
それもそうか、海を越えて攻めていった仲間は誰一人帰ってこず、1人の女が魔族の子供を連れてやって来たのだ。
とは言え、こちらもハイそうですかとお縄につく気は無い。
“1番偉い方はどちらですか?”と単刀直入に聞くと、周囲は一気に殺気立つ。
「ま、待って下さい!オレは……、私は、“岩を割り砕く男”の息子です!
今回の遠征の件で、王にご報告すべき事がございます!」
変わった名乗りだな、と思った。
まるで前世の知識にある、ネイティブアメリカンの様だ、と。
彼が今回の件を話し、私が人間の側から見た視点でその話を補足していく。
色々なところ、様々な人に同じ話をし、遂には魔族の王にもその話をした。
魔族の王はまだ青年のように見えたが、これでも500年以上を生きており、1番年齢が高いらしい。
「……なるほど。話はわかった。
人間の魔女よ、ここまで“岩を割り砕く男”の息子を連れてきてくれた事には感謝する。
だが、お前は何を望み、ここを訪れた。」
魔族の王は、想像よりも遙かに聡明であった。
私がただこの子を連れてきただけで無いことを見抜いていた。
「望めるのなら。」
「聞くだけなら。」
私の言葉に、魔族の王が穏やかに返す。
お互いの表情に、笑顔が浮かぶ。
「この度の人間への侵攻、魔族領の問題が根幹にあると考えます。
もし良ければ、他を襲うのでは無い方法を提案したく。」
「ホゥ、申してみよ。」
旅の間、ずっと考えていた。
双方が争わずに済む方法を。
そして、自分の中でひとつの答えを導く。
つまり、現在の領土に問題があるなら、そこの問題を解決すれば“他から奪う”という発想にならないのではないか、と。
魔族領はその領域の10%程度しか住めないらしい。
ならそれを開発し、もっと住める領域を増やせば、他の領土を侵攻する事も無いだろう。
魔族の王は私の提案を採用する。
元々、肉体的に強い彼等は、言ってしまえば住めれば何処でも良かったのだ。
ただ、魔族領はそんな彼等を持ってしても、住めない領域が多かっただけだ。
早速私は魔族領の開発に乗り出す。
魔素の流れを感知してみると、世界中の魔素がここを通ることがわかった。
だからこそ、魔素の吹きだまりが大量に出来ており、迷宮の入口もそこら中に出来ていた。
彼等はその迷宮を、血の繋がりが強い氏族毎に分かれて住んでいた。
迷宮の中は、ある意味魔素が一定だ。
また、最深部には迷宮核があるらしく、ソレを見つけて自身を登録すれば、決められた魔素量・敷地の範囲で改装も自由に出来るらしい。
それなら確かに、攻略さえしてしまえば安心して住める家になるだろう。
そこで私は、まずは魔素の流れを整える事にした。
若干他の大陸よりも魔素が多く残るようにしつつ、極力吹き溜まる場所が無いようにコントロールする。
それでも溜まる魔素は、海底の地盤を隆起させるために使う。
こうすれば、住んでいる魔族が気付かないレベルで、ゆっくりと土地が広がる。
ある一定まで土地が広がれば、吹き溜まろうとする魔素は無くなるはずだ。
問題は地形の変動により海流が変わってしまう事だろうが、変化はゆっくりだ。
それならば、暫くすれば獲れる魚が変わる程度である、と、祈るだけだろう。
万全は期しているが、それでも完璧は無い。
そうして吹き溜まりの魔素がある程度晴れれば、魔族の住める領域が広がる。
こうなればもう、中央大陸に侵攻する事よりも安全に住居を広げていくことが出来る、と、理解した魔族の中で、一種の開拓ラッシュが起きていた。
皆が私を褒め称えた。
それでも私は手を抜くこと無く、彼等が必要なものを用意し続けた。
開拓用の資材が無いと言えば手配し、時に魔法で作り出し、更に使いやすいように加工して渡してあげた。
加工しているときに、(そう言えば、前世でも“営業を甘やかし過ぎる”と、注意を受けていたな)とも思い出す。
それでも、何かあってからでは遅いのだ。
昔と同じように、私に来る依頼は常に万全で返していた。
「おぉ、魔女殿、こちらにいらしたか。」
声をかけてくれた彼に、私は手を振る。
最初に王に提案したときから、既に1,000年近く経っていた。
あれからかなり安定した環境に、魔族の寿命も伸びていた。
あの時、私と共に旅をした少年は青年になり、そして壮年になり、この国の王になっていた。
「おや、暫く見ない間に、随分大きくなりましたね、坊や。」
王の周りにいる兵士が、クスクスと笑う。
「ムム、それは無いではないか魔女殿よ。
やれやれ、魔女殿にかかっては儂もまだ子供と言うことか、困ったものだ。」
王も口をへの字にしながら、周囲の兵士と一緒に笑う。
「それよりも魔女殿、久々に、お茶に付き合っては下さらぬか。」
彼の目の奥に、少しだけ寂しい光を見る。
この目をするときは、言いにくいことをお願いするときだ。
(そう言うところは昔から変わらないな)
そんな事を思いながら、私は了承する。
また開墾が必要なんだろうか?
「……もう一度、良いかしら?」
頭が真っ白になる。
聞き間違いであって欲しかった。
「う、うむ。
魔女殿には散々世話になっておいてこう言う事を言うのも非常に申し訳ないと思っているのだが、我々は今後魔女殿の力を借りずに生きていこうと、皆で話し合ってな。
それを伝えに来たのじゃ。」
危うくカップを取り落としそうになる。
少し紅茶が飛び散ったが、そんな事を気にしてはいられない。
「私が、役に立たないからですか?」
「違う、逆じゃ。
魔女殿には良くして頂いた。
それは魔族一同、全員感謝しておる。
じゃが、これ以上甘えていては、我等は自らの力で大地に立つことすら出来ぬ赤子になるであろう。
今まで祖先が切り拓いてきた我等の誇りは地に落ちる。
それを儂は危惧しておるのじゃ。
それに、我等のために身を粉にして働いておる魔女殿を、儂はずっと見続けてきた。
もう十分じゃろう。
それに、魔女殿は儂が子供の頃、散々“スローライフを送るんだ”と言うとったではないか。
きっと、今がその時なんじゃと、儂は思うのじゃ。
我等も、いい加減自分の力で歩かねばならぬ。
魔女殿は、この土地のためによう尽くして下さった。
だから、そろそろ余暇を得るべきじゃ。」
彼の表情は穏やかで、それは真摯な心から出た言葉だと、頭では理解していた。
それでも、私にもまだ心はある。
それから程なくして、私は魔族領を後にした。
気付けば私は、最初に暮らしていた森の中の屋敷に戻ってきていた。
人から遠ざかり、魔族から遠ざかられた私には、もう何処にも行く場所は無かった。
そこから先は、唯々時間だけが流れた。
死ねない魔女にとっては、永遠に続くこの時間こそが、自分への罰だと思えた。
だから、幸せな時間を思い出しながら、いつか自分が壊れるその時まで、人目につかず静かに暮らす道を選んだ。




