213:人間のために
「やぁ、魔女さん、この間はお薬ありがとうねぇ。」
「魔女さん、また巨大猪の肉を頼むよ!」
冒険者としてファステアの町に出入りするようになり、長いこと町の人々に貢献してきた。
皆は私のことを“霧の森の魔女”と呼び、重宝してくれていた。
もはや馴染みとなった冒険者ギルドの扉を開くと、老婆が出迎えてくれる。
「おやおや、これは魔女様、今日もお元気そうですのぅ。」
「貴女もね。
ハイ、いつもの薬草を採ってきたわよ。」
初めて来たときは子供だった受付嬢も、今やすっかりお婆ちゃんだ。
彼女の結婚式にも参加させて貰った。
子供は3人いたが、皆それぞれ立派に独立して、今は王都にいるらしい。
「いつもすみませんのぅ、最近は腰がすっかりやられてしまっていましてな。
それにしても、本当に魔女様は昔から変わらず、お美しいままじゃのう。」
カラカラと笑うその顔に、昔の面影を見る。
「いいえ。今のあなたの方が、何倍も美しいわ。」
あの時、何故不老不死を願ってしまったのだろう。
僅かな後悔を打ち消すように、お茶を用意する。
ギルドの中も大分知り尽くしていた。
彼女のお気に入りのお茶を用意しているとき、ギルドの扉が乱暴に開け放たれる音がした。
「魔女様はここにいらっしゃいますか!?」
ガチャガチャと金属がこすれる音。
ドタドタと荒い足音。
「おやまぁ、王都の騎士団の方々が、このようなところまで。」
受付嬢の声が聞こえる。
ティーセットを持って受付嬢の元に向かうと、私を見た何人かから驚愕の声が漏れ、地に跪く者も現れる。
「ムッ、お前達のその反応、あちらのご婦人が魔女様か。」
仲間の様子を見た1人の騎士が私に歩み寄り、そして兜を外して膝をつく。
「お初にお目にかかります魔女様。
私は、王宮近衛騎士団団長のガヘインと申します。
お寛ぎの所をお騒がせして、誠に申し訳なく思います。
ですが、世界の命運を別つ火急の件にて、魔女様のお力を何とかお借りさせて頂きたく、王都より馳せ参じました。」
厳めしいが、何処か物静かな雰囲気を醸す中年の男性が、その姿勢のまま頭を下げて願いを伝えてくる。
私はティーセットを近くのテーブルに置くと、騎士団長に座って貰い、話の続きを促す。
最初は固辞していた騎士団長も、私が困ると言えば素直に従ってくれた。
少し落ち着きを取り戻したところで話を聞けば、魔族の侵攻がまた始まったらしい。
当代の勇者は不在、人々はなすすべ無く襲撃され、このままなら王都陥落も時間の問題とのこと。
そこで、冒険者ギルドから高レベルの魔導師がいるという噂を聞き、確認と依頼のために急ぎここに来たらしい。
改めて非礼を詫びられたが、急ぐ事情はこちらも理解できると伝えると、ホッとしていた。
「改めてなのですが、魔女様。
我々をお救い頂けませんでしょうか。」
騎士団長の真摯な顔に、その覚悟を見る。
きっとこの人なら、王命を盾に私を連行することも出来るだろう。
それをせず、ただお願いしているのだ。
私が断れば、この国に未来がない事も理解した上で。
「魔女様、行ってくれませぬかな。
この街を色々助けてくれた貴女なら、きっともっと多くの人を、助けられると思うのですじゃ。」
受付嬢の穏やかな笑顔が、私を決意させた。
人はやっぱり、1人では生きられない。
「わかりました。
では、向かいましょう。」
「おぉ!ありがたい!
ではご準備が出来ましたら、町の入口の馬車にお願いします。」
私はすぐに戻ると伝え、ギルドを出る。
扉を開けた私の前に、沢山の人だかりが出来ていた。
「魔女様、いってらっしゃい!」
「魔女様、気を付けてね!」
「怪我するなよ!」
「ずっと好きでした!」
「がんばってね!魔女様!」
「慣れない土地の水には注意しろよ!」
皆が、次々と言葉をかけてくれる。
途中何か変な言葉も混ざった気がするが、町の人は皆優しく送り出してくれた。
私も涙を堪えながら笑顔で、この地を後にした。
旅支度をし、住んでいた家に高度な結界をかければお終い。
実にシンプルライフを満喫していたんだなと、改めて感じながら、王都へ。
王都に到着し、王様と謁見したら、すぐに前線へ。
人型をした魔族を目の当たりにするも、動じること無く大魔法を撃つ。
モノの数発で、侵攻していた魔族は壊滅していた。
ただ、私は勘違いしていた。
強い力を見せれば、敵は恐怖し、味方は鼓舞されると。
いや、それは間違っていないと思う。
ただ私は、“強すぎる力”が、何を引き起こすかを知らなかったのだ。
強すぎる力は、味方すらも恐怖させる。
勝利の歓声は無かった。
ただただ、人々は圧倒されていた。
命がけで戦っていた兵士は、尚のこと感じただろう。
“自分達が命がけで戦った相手達を、汗1つかかずに殲滅した”と。
勝利の報告は王都に伝わり、私は歓迎と共に迎え入れられた。
それは、戦った者を讃える歓迎では無い。
怒りに触れれば国1つを平気で滅ぼせる化け物に媚びへつらう、弱者達の歓迎だった。
私が向かう先、話す相手からの恐怖は否応なく伝わる。
私の一挙手一投足に怯え、機嫌を伺うその姿に、もしかしたら私は“過去の自分”を見ていたのかも知れない。
私は彼等の輪の中に入りたかった。
騎士団長は、ずっと私を気にかけてくれ、この王都で唯一対等に接してくれていた。
人々の輪に入れるように、色々と尽力してくれているのも見えていた。
しかし、強大な魔力を持つ不死の化け物には、その資格は無かった。
「王国の魔女め!父の敵!!」
あれから、ずっと魔族の侵攻を阻止し続けてきた。
戦果を上げれば上げるほど、周囲から人は遠ざかる。
それでも“誰かのためになることだから”と、侵攻を防ぎ続けていた。
それでも、最早王都にいる事は辛く、いい加減家に帰ろうかと思っていた矢先、私は1人の刺客に襲われる。
襲われたとて、それは一瞬の出来事。
相手は魔族の、子供だった。
不意は突かれても、普段から魔力の防壁を張っている私には、敵意を持つ攻撃は通らない。
攻撃されれば自動的に、カウンターで弱い電流が流れるようになっている。
襲ってきた少年は“ギャッ”!と短い悲鳴を上げたかと思うと、そのまま昏倒し、アッサリと捕まってしまう。
額に短い角が生えた、青い皮膚を持つ少年。
騎士団の判断で彼の首ははねられる所だったが、私は代替わりした若い騎士団長にお願いし、それを止めさせた。
さりとてこのまま放置させるわけにはいかない。
丁度良いきっかけと、魔族の都市に彼を送り返す旅に出ることを告げる。
王は反対した。
私という存在があれば、諸外国に対して優位を取れる。
“要求を呑まなければ魔女をけしかけるぞ”と脅せば、それだけで相手は言うことを聞く。
こんな便利な武力は無いだろう。
私という存在は、既に元いた世界の核兵器のような扱いだった。
周囲の人間は取り扱いに常に怯え、権力者はこの武力というカードをチラつかせて外交する。
“もっと多くの人を助ける”
そう信じここまで来たが、もう限界だった。
いや、それは唯の御題目だろう。
本当は、もっとチヤホヤされたかったのだ。
何処へ行っても、何をしても“魔女様凄い!”“流石は魔女様!”という賞賛を、もっと浴びたかったのだ。
前世の様に誰かの顔色を窺い、何をしても否定され続けていた私が、私にすら隠していた、昏い“承認欲求”という欲望を、爆発させていただけだ。
でも、やり過ぎてしまった私は、最早人間の輪の中にはいられない。
引っ越そうにも、この力に目を付けた権力者達はそうそう手放そうとはしない。
だから私は、無理を押してでもこの少年を、彼の住む土地に送り届けたかった。
当然権力者からは反対された。
だが、生ける核兵器のような私に、最後まで反論していた者はいなかった。
いや、いた事はいた。
私という存在を利用し、利権を伸ばしていた一度も会ったことの無い大臣。
彼の使者が正論を振りかざし、私がここを離れる不都合と国民の信頼という情に訴えかけた、見事な熱弁だった。
だから私は、返答として少しばかりお灸を据える。
かの大臣とその使者、彼等と家族や使用人、そう言った“生命を除いた全て”を破壊してあげた。
勿論、私がやったという痕跡は何一つ残していない。
それでも、もう誰も意見する者はいなかった。
魔族の少年とも、少しは打ち解けていた。
このまま行けば、いつか手の届かない瞬間に、彼を殺されかねない。
機会は今しか無い。
私が魔族領に向かう日、引退した元騎士団長だけが見送りに来ていた。
彼は謝罪を口にしようとしていたが、私はそれを止める。
彼にだけは、笑顔で送って欲しかった。
「……私も歳をとりました。
ここらでお暇を頂き、自分の領地で余生を過ごそうと思っております。
長閑な、何も無い僻地ですが、宜しければいつかいらして下さい。
歓迎させて頂きますので。」
そう笑う彼は、年相応の穏やかな笑顔だった。
「それは良いわね。良い余生を。」
「魔女様も。良い旅を。」
後ろは振り返らなかった。
魔族の少年の方が、何度も後ろを振り返り、元騎士団長に手を振っていた。




