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異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中④
212/834

211:霧の館にて

タバコの煙と霧が混じる。


一歩先すら見えない濃霧に包まれながら、タバコを1口。

紫煙を吐き出すと、煙か霧か、すぐにどちらがどちらかなど解らなくなる、曖昧な境界。


「あの、ここはいつもこうなんですか?」


テーブルの向こう、同じく白い闇に包まれた向かい席。

向こうからの答えは無い。

仕方なしに、晴れるまでを待つ静かな時間、またゆっくりとタバコをくゆらす。


(さて、いつ晴れるかな?)


ボンヤリとそんな事を思いながら、テーブルのコーヒーを一啜り。

カップをソーサーに置いたとき、少し強い風が吹いて、今までの濃霧が嘘のように取り払われる。


晴れた視界に映る、森の中の古びた館。

ざっと見回してみても、埃で曇っている窓は無い。

苔むしている所も無ければ、蜘蛛の巣が張っている様子も無い。

館その物は全体的に古びてはいるが、隅々まで丁寧に、本当によく手入れがされている。

持ち主の几帳面さが伺えるというモノだ。


視線を手前に戻す。

2脚のコーヒーが置かれた白いテーブルに、誰も座っていない、向かいの白い椅子。


タバコを携帯灰皿に入れると、座っていた同じ色の椅子から立ち上がり、背伸びを1つ。


「行くか、マキーナ。」


<あの存在との接続は既に切れています。

後1分で、転送が始まります。>


“そうか”とマキーナに返答をして、立ったままコーヒーをもう1口。

久々に美味いコーヒーだった。

このコーヒーは何とのブレンドだったのだろう。

聞いておけば良かった。


<しかし、これで良かったのですか?>


不意に、マキーナに問われる。

俺は少し考えたが、あまり良い答えは出ない。


「良いも悪いも無いだろ?

本人がそう望んだんだ。」


コーヒーを飲み干すと、足元から光に包まれる。

丁度転送が始まるようだ。


「さて、行くか。」


俺の旅が、また始まる。







「……さて、次はどんな世界かな?」


転送を終えて周りを見れば、綺麗に刈り込まれた芝生の上にいた。

町中にでも出現したのかと、思わず警戒し周囲を改めて観察する。


回りに人は無し、後ろは森林、正面にあるのは古びた洋館。

中々に豪邸だ。

これが夜だったら、間違いなく名作と言われるゾンビゲームの舞台を連想していただろう。

アレもなぁ……、3まではやったんだが、4からは機種が変わったり、当時の仕事が忙しくなってたりで、手が出せなかったんだよなぁ。


「おや、これは珍しい。」


洋館を見上げながらついつい下らないことを考えていると、視界の外から声をかけられる。

そちらを向くと、黒いワンピース?ローブ?を着た若い女性が、杖を手にこちらにゆっくりと歩み寄ってきていた。


「あぁ、ええと、こんにちは。

私は……。」


「転生者、かい?」


穏やかに話す女性に対してではあるが、俺の中で警戒度が上がる。

静かに、気取られないように構える。


「おやおや、こんな婆相手に、そんなに警戒しないでおくれ。

別に取って食おうって訳じゃ無いさ。」


毒気を抜かれ、構える事をやめて真っ直ぐに立つ。

この女性、見た目よりも年齢が行っていそうだ。

見た目も声も若々しいが、その言葉は間違いなく歳をとっている。


「いいえ、私は転生者では無いです。

あぁ、自己紹介がまだでしたね。

私は田園たぞの勢大せいだいと申します。

……そうですね、私は異世界を放浪している“異邦人”と言えるのではないかなと。

もし、貴方がこの世界の転生者の情報を知っているなら、教えてはくれませんか?」


「お主、この世界の転生者と会ったらどうするつもりかね。」


目の前の女性は、穏やかに、しかし言葉鋭くこちらに問う。

どう答えるべきか、少しだけ戸惑う。

嘘をつくべきか、本当のことを言うべきか、或いは煙に巻くか。


「……私は、私を“異邦人”にした存在に、もう一度会うために異世界を旅をしています。

ここで会う転生者に、あの存在との接続の意味を話してそれを切り離し、俺に少し世界の力を分けて貰うように交渉したいと思っています。」


「もし、その交渉が上手く行かなければ?」


女性の言葉は冷たく、鋭い。

俺が意図的に避けた情報、それを避けたままは許さない様だ。

観念して、両手を上げる。


「転生者か、俺か。

はたまた世界その物か。

どれかを、殺したり殺されたりする事態になるでしょうな。」


その答えを聞いた目の前の女性は、見た目通りの年齢に相応しい無邪気な笑いを浮かべると、近くにある椅子を勧めてくれた。


改めて周囲を見てみれば、この芝生は館の庭、の様な物なのだろう。

テーブルの中央から白いパラソルが突き出ている、海外ドラマでよく見かけるような外用のテーブルと2脚のチェアが、庭の端で来客を待ち構えている。


「ちゃんと本当のことを言う人は、私としても好感が持てますよ。

立ち話も何ですし、良ければあちらで少しお話しでもしましょうか。」


言われるがまま、白い椅子に腰掛ける。

女性は一度館に戻ると、暫くして銀のお盆に乗せたティーセットを持って、俺の向かいの椅子に座る。


彼女が館に戻った瞬間に、ほぼ無意識の状態で、マキーナをアンダーウェアモードで起動していた。

モード起動をマキーナに告げられて始めてそれに気付き、“随分と手慣れたモノだ”と自嘲してしまう。


彼女は銀のお盆からコーヒーミルを取り出すと、中に豆を入れる。


「こういう時はきっと紅茶なんじゃろうけど、何せ人と会うのも久々じゃての。

私のお気に入りのブレンドコーヒーでご容赦して下されよ、御客人。」


“コーヒーは好きだから、安心して下さいな”と返し、豆を引いている姿をノンビリ眺める。


陽差しは穏やかで暖かく、風も無い。


「どうぞ。」


差し出されたカップを持ち上げ、香りを愉しむ。

ほんのりと甘い香り、優しいコーヒーの香り。

1口口に含めば、やや強い酸味とコクが口腔に広がる。


うぅむ、難しいな。

元の世界なら、ブルマンか?

いや、この強い酸味とコクは、マンデリンかキリマンジャロ?

マンデリンならもう少しハーブの香りが感じられるから、やはりキリマンジャロ辺りが近いか?


何にせよ、美味いコーヒーに変わりは無い。

カップも事前に温めてあるのか、熱すぎず、温すぎず。


「これは……、いや、結構な御手前で。」


“それは茶道の返しじゃろうて”と、笑われる。


「やはり、貴方は日本人なんじゃねぇ。

それにしても、無警戒過ぎやしやせんか?

私が毒を仕込んでいたら、お主、どうするつもりだったんで?」


コーヒーを口にしながら、少し考える。

この人物には、あまり取り繕わない方が良いかも知れない。

ありのまま、真実だけ答えた方が良い気がする。


「あぁ、私には優秀な相棒がいましてね。

そちらに任せていれば、毒の類いは殆ど効果が無いモンでして。」


“毒なんか入れないと思っていた”とは言わない。

事実、無意識とは言え、俺も毒を入れられる可能性は考えていた。

だからマキーナを起動しているのだ。

仮に入れられたとしても、その上で乗り越えようとしていただけだ。


「面白いのぅ。

フム、良ければ、旅の話を聞かせてはもらえんじゃろか?

人と話すのは久しぶりでの。」


チラリと見上げるような目で訴えられる。

女性にそう言う目で見られるのは弱い。

俺は快諾すると、これまでの旅を話し始める。





「……と言う事でね、結局は回りの女の子達にも“私達も、流石に貴方にはついて行けません!これからは私達だけで生きていきます!”って言われて愛想をつかれて、結局捨てられてね。

終いにゃ“助けて勢大さん!”って泣きついてきたんですよ。」


「はははは!そりゃ大変だったろう!

まさか巻き込まれるなんてね!」


“本当ですよ”と相づちを打ちながらコーヒーを1口。


陽差しは穏やかで、優しい。

久方ぶりの穏やかな時間を過ごしていた。


いやしかしあの時の転生者は大変だった。

転生者が女の子にモテモテなのはいつものことだし、別にどうでも良い。

だが、この時の転生者は確か前世が中学生くらいで、いわゆる“大人の恋愛”からはほど遠い経験しかしたことが無く、俺から見ても苛々するほどの奥手だった。

結果、いつまでも煮え切らない態度をとり続けた事が災いし、回りの女の子達にも愛想をつかれてしまった、と言うような話だった。


「なるほどねぇ、でもそんなにいるんじゃ、“虻蜂追う者は1匹も得ず”だったか?そんなもんじゃ済まなさそうだねぇ。」


「あぁ、“二兎追う者は一兎も得ず”ですかね?

或いは“虻蜂取らず”かな?」


“おぅ、それじゃそれじゃ”と女性は笑う。

見た目は十代後半から二十代前半の女性が、年寄り言葉で話すのを聞くのは、割と違和感がある。

どうやら俺には、ロリババア適性は無いらしい。


「お主、今何か下らぬ事を考えておらなんだか?」


「あ、いやいや、次は何話そうかなぁとか、そろそろそちらの話が聞きたいなぁとか思ってましたよ。」


“フム、ここまで話を聞かせてくれたからには、何か聞かせてやらねばの”と呟くと、何かを思い出すように静かに目を閉じる。


「そうじゃのう……。

ではお前さんに、とっておきの話をしてやろうかの。」


目の前の女性は静かに話し始める。

それは、とある1人の魔女の物語だった。


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