210:戦いの果てに
「失礼する。」
軍服を隙無く着こなしたアルベリヒ中尉が、1つの病室を訪れる。
病室のベッドには、ソレが小さく見えるほどの大柄だが、しかし知的な空気を纏う色の黒い男性が、アルベリヒ中尉を見ていた。
「これはこれは、元上官殿に御足労をかけてしまい、申し訳ないですね。」
「元気そうで何よりだ、ボブ。」
ボブと呼ばれた男は読みかけの教科書を閉じ、“痛てて”と言いながら上体を起こすと、眼鏡を外す。
起き上がったボブのシーツの上に、何枚かのカードと紙束、それとタバコの箱が置かれる。
「……何です?」
「餞別だ。
名誉除隊票と更新された市民カード、それと、タゾノに関する事だ。
お前には伝えようと思ってな。」
置かれたカードと紙束を拾い上げ、再度眼鏡をかけ直す。
紙束は報告書だった。
目を通していく内に、ボブの顔が曇る。
「何です?これ。
“セーダイ・タゾノという男は存在しない?”
……何の冗談なんです?」
訝しげに元上官を見上げるが、彼の表情は笑っていない。
それは冗談の類いでは無かった。
「書面の通りだ。
グートルーネ閣下が最後に残した言葉、ソレを元にタリエシン少将が調べさせたらしい。
……結果、セーダイ・タゾノという男には、帝国首都星で軍隊に志願するまでの、それ以前の経歴が全て存在しない。
諜報部が感心していたよ。
帝国のデータバンクに侵入し、経歴を書き換えられるほどの凄腕なら、ウチが欲しい、とな。
つまり俺達は、存在しない男と会話していたという事になる。」
アルベリヒ中尉が皮肉げに笑う。
話を聞いたボブは、静かに目を閉じる。
そしてふと思い出したように目を開け、近くのラジオのスイッチを入れる。
-……というわけで、開幕は懐かしのこの曲をお送りしました。
改めまして、帝国の皆、元気してるかな?
DJリリィのN-3ラジオ、本日限りの復活です。-
ラジオからはお馴染みの厭戦放送が流れてくる。
王国は撤収作業を完了し、本日このN-3を完全に撤退する。
その前に粋なことをするモノだと、アルベリヒ中尉が呟く。
-さて、今回の戦争、帝国の皆様もお疲れ様でした。
今回の“ロズノワル争乱”で、帝国と王国は暫く戦うことが無くなるわね。
早く本当の平和が来るといいなと、リリィは願っています。-
「平和……そんな事、本当に実現するんですかね。」
ボブはポツリと漏らす。
それは、誰に問う言葉でも無かった。
「……我々は、結局の所ただの暴力装置だ。
いつか使われなくなる事を願いながら、これからも戦うだけだよ。」
アルベリヒ中尉も、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
“救われませんね”と目を閉じるボブに、“慣れてるさ”と、アルベリヒ中尉は静かに笑う。
-さて、次のお便りはこの人から。
“リリィちゃんこんにちは”、ハイこんにちは!
“いつも楽しく聞いていました”、あ、ありがとう!
“まずは今回の争乱、ガヘイン将軍と王国の方々にご冥福を”、ええ、ありがとうございます。
“リリィちゃんの声に応え、我々帝国軍人は一矢報いるために頑張りました”、……えぇ、本当に……グスッ……いけないわね、元気に行かないと。
本当に、帝国の皆様、お疲れ様でした。
敵の大型AHM、ヴォークリンデの撃破、お見事でした。-
ラジオDJの涙声に、病室の2人には1人の男の顔が思い浮かぶ。
「アルベリヒ中尉、モノの奴は、その……。」
「あぁ、“Missing In Action”、作戦行動中行方不明として、処理されている。
ミーメ・ファーフの死体は発見できたが、アイツの姿は何処にも無かった。
ただ、アイツのボロボロのティーゲルが、ヴォークリンデの胴体に突き刺さっていただけだ。」
ボブはその言葉を聞き、俯く。
病室の空気とは違い、明るい声がラジオからは流れていた。
-“さて、もしまたこのラジオを再開することがあれば、俺の親友に応援を送って貰いたいと思っています”、アラ、誰のことかしら?
“ソイツは、図体はデカい癖にすぐにクヨクヨと悩む奴なので、今も途中で戦線を離脱したことを悩んでいるかも知れません、なので、是非リリィちゃんから、この言葉をかけてやって、アイツを元気付けてやって下さい”、えぇと、この後のコメントを読めば良いのかしら?-
少し言葉を区切った後、DJリリィが一気に喋り出す。
-“おいボブ、学校行くためにちゃんと勉強してるか、してるだろう良い子のお前に、俺からのプレゼントだ。
プレゼントはアルベリヒ中尉に託した。
受け取ってくれ。
あぁ、それのキーは太っちょ坊やに、な。
それと、助けてくれてありがとうな、お陰で生き残れたぞ。”、だ、そうです。
そう、このメッセージはN-3戦域での撃墜エース、セーダイ・タゾノ准尉からいただきました!
ボブさんって事は、一緒に配備されたボブ・エンフィールド曹長の事かな?
お二人も無事生き残れた様で、リリィも安心しました。-
ボブは顔を上げて、アルベリヒ中尉を見上げる。
アルベリヒ中尉は、目頭を押さえていた。
「アルベリヒ隊長、モノの奴が本当は何であれ、俺と隊長には、アイツが、
“セーダイ・タゾノという仲間がいた”
それで、良いじゃありませんか。」
「……そうだな。」
アルベリヒ中尉は、涙を堪え絞り出すように言葉を吐き出す。
ボブは、手元のカードに、見慣れない1枚を見つける。
それは訓練校時代から単眼と呼んでいた友人、タゾノのキャッシュカードだった。
アルベリヒ中尉がタゾノの私物をチェックした際、手紙と共にこれを託されたらしい。
「なんでぇ、お前もファットの誕生日を、暗証番号にしてやがったのかよ。」
ボブはカードを手に、薄く笑う。
-本当に、タゾノ准尉は大活躍でしたね。
これを聞いていたら、やっぱり王国に来ることも是非検討して下さいね!
王国に来てくれたら、良ければリリィのキスもお付けしましょう!
なーんて、キャ!
でも、本当に、どうか無事でいて下さいね。
それでは、そのタゾノ准尉からのリクエスト、“オーバー・ザ・レインボウ”をお聞き下さい。-
ボブは、窓の外の雲を見つめる。
ラジオからは、懐かしいメロディーが流れ出す。
「アルベリヒ中尉。」
「ん?なんだ?」
アルベリヒ中尉に向き直る、ボブの眼鏡は光って眼の表情が見えない。
「モノの奴の居場所がわかったら教えて下さい。
俺がブチ殺しに行きます。」
アルベリヒ中尉は冷や汗をかきながら、ただ苦笑いを返すのだった。
「あ、イテテテテ!!」
無事に転送が終わる。
今度の世界はまた近代世界かと思ったが、何度も見た草むらの中だった。
って言うか痛い。
もう痛すぎてむしろ痛い。
「血、血が、やべぇ、ま、マキーナ、変身だ。」
右眼と左腕から血が噴き出し、またバランスを失って倒れる。
倒れただけでも激痛で意識を失いそうになる。
<通常モード、起動します。>
通常モードに変身すると、どう言う仕組みなのかわからないが、失った左腕も元通り存在していた。
触った感じも元通りだし、自分の意志で動かすことも出来る。
『不思議な感じだな。』
<変身は解除しないで下さい。
解除すれば応急手当モードも停止します。
当面は、アンダーウェアモードでの使用を推奨します。>
やれやれ、デカい代償払っちまったなぁ。
俺はアンダーウェアモードに切り替えると、いつものように通勤鞄とジャケットの上をマキーナに収納する。
<そう言えば、何故あの世界の、あのG.O.Dモードとか言うモノを使わせないようにしていたのですか?>
珍しくマキーナから質問される。
あの時クロガネ氏のメールに書いてあったから見ていたと思っていたが、あの時はマキーナも限界近くまで能力を展開していたらしく、それをチェックする時間が無かったらしい。
「あぁ、あのモードな、何でも旧ロズノワル共和国で新人用に使っていたAIらしいぞ。
本当は“Degeneration Of Growth”とかって言う名前らしくてな、確か“成長の退化”とかって意味だったかな?
使いすぎると上達しない、使いすぎるとそのシステムに依存して無いと戦えなくなる、って言う便利なシステムで、頭文字を取ってD.O.Gシステムと呼ばれていたらしい。
……だったらしいんだが、誰かが皮肉で“神様から与えられたと才能を勘違いさせるシステム”って洒落て、G.O.Dシステムと呼びだしたら、それが定着して後世に伝わったらしい。
今では白猫も持ってない、ちょっと珍しくて懐かしいシステムだし、後でコピーするから壊さないでくれって書いてあったんだよ。」
<何とまぁ……。>
マキーナの絶句という珍しいモノが見られた。
これはこれで、まぁ伝えずにいて正解だったかもしれん。
そんな他愛ない話をマキーナとしながら、また俺は、俺の旅を歩き始める。




