209:奇跡の使い時
ヴォークリンデの巨体が、たった1機のAHMを押しつぶそうと脚を踏みつけ、両腕を振るう。
躰に装備した各種レーザーも、オートカノンすらもその1機を補足できないでいる。
「ググッ!ほ、本当にあのオッサンはこんな機体を制御してたのかよ!」
<ソウミタイ、シン、ガンバッテ!>
相棒のエクスカリバーは、いつも通り気楽な調子で言うが、とんでもない。
エクスカリバーに制御して貰っているとは言え、神様から貰った操縦適性を超えて、頭が締め付けられるような物凄い負荷がかかっている。
「それでも!」
あのオッサンと約束したんだ。
サラを助けてみせる。
俺は今まで、何処かこの世界をアニメの世界と思っていた。
皆からその適性を褒められ、いい気になっていた。
でも違った。
あのオッサンの腕を切り落としたとき、初めて“人を殺す”事の恐怖を感じた。
あの時の手の感触は、多分一生忘れないだろう。
その後、あのオッサンから色々言われている内に、自分がとても恐ろしいことをしていると理解できるようになってしまった。
前世ではただのアニメオタクの高校生だった俺が、今はこうして人殺しの兵器に乗って戦っている。
それでも。
自分を人形だと自嘲したサラの顔を見たとき、“この子を護らねば”と思った。
いや、サラだけではない。
いつも一緒に行動してくれて、ロズノワル独立自治区に参加するときも、何だかんだ言いながらも着いてきてくれた皆。
アルスル、ケイ、ギネビア。
彼女達にも、感謝しなければならない。
なんて俺は酷い奴だったんだ。
この戦闘が終わったら、ちゃんと謝ろう。
ちゃんと、彼女達と向き合おう。
その為にも!
片手斧を構え直す。
狙いは胸部コクピットのすぐ側。
あそこを破壊すれば、胸部コクピットに直接乗り込める。
行って、サラを助け出すんだ。
ティーゲルのジャンプジェットが、最後の咆哮をあげる。
「行けぇぇぇ!!!」
[ハッピーエンドなどにはさせん!
ならばせめて、貴様は自身の手でその人形を殺すんだな!!]
ミーメ・ファーフ教皇の叫び声が無線から響き、ヴォークリンデが僅かに向きを変える。
胸部コクピットを外して斬り裂く筈が、そこを真っ二つに斬り裂く軌道へと変わる。
「そんな!?」
オートである以上、その攻撃は正確だ。
最早入力も受け付けない。
“間に合わない”そう理解できてしまうシンの心が、絶望で染まる。
荘厳なる虎の眼が、赤い光を放つ。
これまでの酷使により限界を超えていたのか、ティーゲルの右肩が小さく爆発する。
それにより、振り抜かれるはずの軌道が途中で止まる。
片手斧も、まるでこの瞬間に狙ったかのように刃が折れ、ヴォークリンデの胸部装甲を斬り裂かずに終わる。
最後に、ティーゲルのジャンプジェットも小さな爆発をあげ、斬り裂く軌道だったはずが、右腕を突き込む行動へと変わってしまう。
全てが終わった後に残された結果。
ヴォークリンデの胸部コクピットを避け、すぐ側に右腕を突き込んだティーゲルがぶら下がるという、奇跡のような結果だけが残っていた。
コクピットハッチを抜けて、シリンダーの液体に入れられていたサラを救い出す。
ティーゲルに備え付けられていた毛布でくるみ、シンが下を見下ろすと、淡い光を放つあの男と目が合う。
彼は残された右腕を上げ、こちらに拳を突き出すと、親指を立てる。
シンも同様に返したときに強い風が吹き、あの男の姿はかき消えていた。
「……ありがとう。
俺、ちゃんとこの世界と向き合って生きるよ。」
自分のしてきたこと、この状況、問題は山積みだ。
それでも少年は、晴れ晴れとした顔で前を向いていた。
[本当に消えたな……。]
クロガネの呟き同様、順太郎も少なからず動揺していた。
格好付けて立ち去りはしたもののちょっと心配だった順太郎は、クロガネと2人でこっそり戻り、隠れながら状況を見ていた。
最悪、何かしらの理由を付けてあの大型AHMを倒そうかとも考えていたが、そうはならなかった。
ただ、そこで“人が光に包まれて消える”という予想外の光景を見る。
それは、彼の言葉を裏付ける行為。
“先祖も転生者かもしれない”とは思ったが、それを聞くのと目の当たりにするのとでは、大違いだ。
だが、“ちょっと威厳ある感じにしないとかな”と思っていた彼は、クロガネの前でそれを表には出さない。
「それよりも、彼から今しがたメッセージがきていたな。
それを見せてくれ。」
“あいよ~”と、気の抜けた返事と共にクロガネから動画データが送られてくる。
タゾノという男には、俺達が戻ってきたことはバレていたらしい。
“中々やるものだ”と思いながら、送られてきた動画を再生する。
動画は、広めのコクピット内と思われる場所、身の丈に合わない豪華な衣装を着た、1人の男がシートに座っている後ろ姿から始まっていた。
-……ええい、クソッ!外しおって!
ならばこの自爆装置で上半身のみを……。-
-いよぅ、また会ったな教皇さんよ。-
教皇と呼ばれた男が慌てて振り返る。
-な、あっ!き、き、き、貴様はタゾノ!
何故ここに居る!!-
振り返り、掴みかからんばかりに怒鳴るも、画面の右下に映る銃が彼にも見えたのか、動きが止まる。
-ま、待て!
私を殺せば君もただでは済まなくなるぞ。
ど、どうだろうタゾノ君、君を私直属の近衛に推薦しても良い。
今より良い暮らしが出来るぞ?
興味は無いかね?-
銃が、右下から画面の中央に上がる。
-俺は異邦人だ、興味ないね。
アンタ、シロニアと通じてるんだろ?
もうバレてんだよ。
実は俺達帝国側にはさ、アンタの殺害命令が出てるんだわ。
“生死問わず”じゃねぇよ?“必ず殺せ”って言われてんだ。
今回の撤退前の作戦も、本命はこれでね。
……折角帝国と王国の間に出来た緩衝地帯だ、シロニアの傀儡にされちゃたまらんってのが、帝国側の意志でね。
まぁ、諦めるこった。-
-き、貴様はいったい何……!
ミーメ・ファーフ教皇が言い終わるよりも早く、銃弾が何発も撃ち込まれる。
誰がどう見ても、即死だった。
-俺は俺だ。唯の人間、田園勢大だ。-
この動画データが、“適切な対応を求む”と言うメッセージと共に、タゾノから送られてきていたようだ。
「フム、仕方が無いな。
クロガネ、このデータをタリエシン少将に送ってやれ。
お前確か傭兵社の件で、彼とやり取りしてただろう?」
[お優しいことで。まぁ、んじゃそうしとくか。]
クロガネの回答を聞きながら、今まさにティーゲルから降り、仲間と合流する“もう1人のイレギュラー”の映像を表示する。
「しかし、行方不明かと思ったら、こんな所にいるとはな。」
視界の先には、コクピットハッチから顔を出した1人の女性。
シン・スワリの仲間と目される、“アルスル・プラム”と表示された女性を見ていた。
「アルスルはサラ・ロズノワルの母の名前。
それにプラム姓はロズノワル家の分家の更に分家。
まさかそこの姓を名乗っているとはな。」
こんな単純な偽名を使う程度とは、あのお転婆姫め、と独りごちる。
あのタゾノと言う男がメッセージに書いていた、“第2期は狂った白猫がボロボロの機体で何度も襲ってくるらしい”と言う言葉、その時は何一つわからなかったが、今は何となくわかる。
「クロガネ、お前の黒犬傭兵社、そろそろ再建されるよな?
ならそこに俺がもう300万ラレ出資してやるから、俺の機体も用意しろ。」
案の定、勢い良く反対するクロガネからの通信を、慣れた手つきでオフにする。
「今のままでは、彼等は弱すぎる。
適度に戦って強くなって貰わねば、亡くなられたロズノワル卿に申し訳が立たぬからな。」
“行方不明のお転婆姫”
運命が交われば、いずれは再会する。
そう言い聞かされており、その所在は今まで探っては来なかった。
だが、こうして見つけてしまったモノを無視は出来ない。
これも、何かの運命なのだろう。
コクピットの中で、なるほどと思う。
恐らく彼等が知るこの世界によく似た物語でも、我等の役回りにいる奴等には、きっとこういう裏事情があるのかも知れない。
教導として負けるギリギリの機体を駆り、負けても相手が強くなったことを喜び、楽しげに次も出て来る。
なるほど、端から見ればその行為は“狂人のソレ”だろう。
久々に悪戯を思い付いた順太郎は、上機嫌で愛機を飛び上がらせる。
チラと振り返る戦場には、動かなくなった巨竜が、寂しげに天を見上げていた。




