20:冒険者登録
受付ブースは3つあった。
左からおっさんと、かわいい系のお嬢さんと、事務的なお姉さんといった感じだ。
やっぱりこう言うのはかわいい系のお嬢さんが人気で、おっさんの列が人は少ないのかなと思ったが、意外にもおっさんの列が一番混んでいた。
じゃあおっさんの列は女性が多いのかな?とも思ったが、男女比は余り関係なさそうだ。
そうなると気になりだし、何となく昔の癖で一旦遠巻きに観察し、理由を推測する。
(おっさんはベテランなのか仕事が早いな。他の二人とは比較にならない速度で受付対応してる。)
(お姉さん系も超事務的に対応してるからか、早めだなぁ。)
(真ん中のお嬢さんは新人なのかな?おっさんとお姉さん系の倍以上は時間かかってるな。)
何となく、なるほどと思ってしまった。
可愛いドジっ娘が人気が高くて長蛇の列なのは、物語の中だけだな。
考えてみれば、受付でいつも顔を合わせているのだろうから、可愛さや新鮮味はすぐ無くなる。
そうすると他より手際が悪い、という欠点がよく見えてしまうようになり、遂には手際の悪さに苛立ちしか感じなくなり並ばなくなる、って所かな。
まぁさっさと受付して稼ぎに行きたいだろうし、一仕事終えて疲れて戻ってきたら、さっさと金貰って帰るなり遊びに行くなりしたいわな、そりゃ。
まぁ、特段急ぐ事でも無し、真ん中のお嬢さんの列も人がいなくなったからそこに並ぼうとしたとき、そこそこ使い古された革の防具に身を包んだモヒカン男に止められた。
「おう兄さん、新人か?」
でた!異世界名物新人潰し!!
如何にもな悪役感、そうだよなぁ、ここで物語とかだと叩きのめして、強さをアピールだよなぁ。
などと思いながらも、こちらから手を出すのはまだ早いと思い、“ええ、今日初めてここに来まして、冒険者登録をしようかと。”と、普通に答えてみた。
テンプレなら、ここで馬鹿にしてくる感じだろう。
ちょっと期待しながら返事を待つ。
「あ、やっぱり。
いや悪い事言わないから真ん中の子は止めときな?
すげぇ時間かかってイライラするから。」
普通に良い人だったぁぁぁ!!
ちょっと期待を裏切られた感を感じながらも、“まぁ、急ぐ事でも無いので”と返事をしつつも、忠告にお礼を返す。
“そうか、でもあの子も悪い子じゃねぇんだ、まぁ頑張れよ”と、何故か励まされてしまった。
受付のカウンター越しに相対すると、緊張しているのが一発でわかる。
「え~と、すいません、冒険者登録したいんですが。」
「は、初めましてですよね!
ごごごご用件をお伺いいたします!!」
あ、駄目だこの子。
“どっちが新人かわからんな”と思いながら、まず穏やかに話しかけて落ち着かせる。
冒険者登録をしに来た旨を伝えて、彼女の手元にマニュアルが無いか聞いてみる。
案の定持っているというので、まずはそのページを開かせ、時間をかけても良いから、ゆっくり説明して貰うようにお願いする。
説明をききながらも、
“何だか、懐かしいな”
という気持ちになっていた。
うちの課は営業と連動して動く課だったから、営業の新人とのペアは皆嫌がった。
これは新人自身の問題では無く、単に皆“いつも通りの慣れたやり方”が出来なくなる事にストレスを感じるのだ。
そうなると、課長にとって便利屋扱いだった俺に、よく新人の相手が回ってきていたのだ。
それを懐かしく思いながら、冒険者登録を進める。
叱責せず、急がせず、確実に進めさせる。
どの世界でも新人教育は同じだなぁとしみじみ思いながら、冒険者登録を済ませた。
そんな中、嬉しい誤算があった。
ブルータス氏から貰った紹介状を提示したところ、本来なら石級のド新人から始めるところを、いきなり銅三等級からスタートすることが出来るというのだ。
鉄二等級以上の冒険者からの紹介状は、それなりに大きな影響力を持つらしい。
ありがたく思うと共に、門番の衛士に言われた“君が悪い事をすると、その人に迷惑がかかる”という言葉を思い出していた。
ささやかな事かも知れないが、エル爺さんといい、ブルータス氏といい、この世界でも小さな縁が出来た。
やっぱり世界そのものをエネルギーに変換することは出来なさそうだな、と思いながら、出来たばかりの真新しい銅の登録証を見ていた。
「おう、オメーか、いい歳した新人冒険者ってのはよぅ?」
振り返ると、如何にもな悪人面で、戦士としての貫禄を漂わせた男が、手に酒瓶を持ちこちらに向かってきていた。
“あ、こっちが本命のイベントか”
と思いつつ、
「そうなんですよ、40越えたおっさんですが、これからよろしくお願いしますね。」
と、笑顔で返す。
受付前で声をかけられたモヒカンとは、言っては失礼だが「モノ」が違う。
堂々とした、まさしく野性味溢れる歴戦の冒険者で、戦士だ。
相手にとって不足無し。
さぁこい、その酒瓶を投げつけて不意を突くか?それとも王道の胸倉掴んで頭突きで来るか?
腰を僅かに落とし、膝に余裕を持たせる。
全身の力を抜きつつも、へその下に力を入れる。
この立ち位置なら開足立ちだな。
爪先、足の親指の付け根に重心を集める。
目の前の男はスッと酒瓶を俺の前に出す。
「まぁ飲めよ。」
やるな。
受け取るところで仕掛けてくるのか、或いは飲む無防備な時に仕掛けてくるのか。
どっちにせよ面白い。
若いときから変わらず、音を聞くのは得意だ。
仕掛ける瞬間の呼吸、衣擦れ、拳を振るう空気の音。
不意を打ったと見せかけてカウンターを当てる。
その技術を存分に披露してやろうと、あえて酒瓶を受け取り一口飲む。
蒸留酒だろうか。
喉をカッと焼く感じが心地良い。
……あれ?仕掛けてこなかった?
少し虚を突かれながらも、余裕さを出しながら酒瓶を返す。
「良い酒ですな。
やみつきになりそうだ。」
俺の返答に男はニヤリと笑うと酒を受け取り、自分も一口飲んだ。
そして後ろを振り返ると、仲間に向かって声をかける。
「おぉい皆、見たな!
俺と酒を交わしたコイツはもう、俺等の仲間だ!
いい歳こいても冒険心を忘れない、俺達と同じ愉快な阿呆だ!」
しまったぁぁぁ!!
ここ優しい世界だったぁぁぁ!!
一人盛り上がってたことが恥ずかしくなり、“セーダイです。その、よろしくお願いします……。”と尻すぼみに挨拶すると、いきなりのことで照れたと思ってくれたらしく、皆大爆笑していた。
そこからは小さな宴会状態になっていた。
しかしこの状況、よく考えてみたら心当たりはあった。
今は別部署だが、腰光さんが中途で入社した時、チームの輪に早く溶け込んで貰おうと、南魚沼の奴と二人で小芝居して、何とか笑わせてたなぁ。
そのまま飲み会になだれ込んで、あれで一気に腰光さんと皆が仲良くなったんだよなぁ。
そう思うと、さっきのもこの世界流の、新人が早く職場に馴染めるように先輩が気を使った、と言う事なんだろうなぁ。
この世界の優しさと、かつての世界の思い出を懐かしみながら場の空気を楽しんでいると、モヒカン男が近くの席に座る。
「そういやさ、セーダイも黒髪だけどよ、あの勇者野郎と何か関係あるのか?」
手掛かりを見つけた。




