208:共に闘う
モニターに、ヴォークリンデの巨体が闊歩する姿が映る。
さながら象に挑む犬、いや、せめて竜に挑む人間か。
「な、なぁ、本当に片手斧しかないのか!?
これライバル機なんだろ?
もっとこう、実は凄い武器とか隠してるんじゃ無いのか!?」
「あ?ねぇよ、ンなもん。
それよりお前も、アニメとかでアレの弱点とか、何か知らねぇのかよ?」
泣きそうなシンにそう聞いても、“このシーンは作画崩壊が酷くて、伝説の作画崩壊回って事位しか知らねぇよ!”という有難い言葉が返ってくる。
やれやれ、ファンならそんなとこばっかり見てるんじゃねぇよ。
「下半身の関節部を狙おうにも、こっちは遠距離武器は無しだ。
なら、飛んで上半身に取りつくしかねぇだろ。
アレのコクピット、胸にあるんだよな?」
「だ、だから、そこが作画崩壊なんだよ!
胸のコクピットのシーンがあったと思ったら、脱出時には何故か下半身のコクピットにいるんだよ!」
何とまぁ。
そりゃ作画崩壊以前の問題だな。
制作側で気付けよ。
俺達が言いあいをしている最中も、ヴォークリンデと帝国軍との激しい応酬が繰り広げられている。
脚部の踏みつけから避け回り、流れ弾に気を付けての機動は、シンの精神力をガリガリと削り続けていく。
「この機体!反応が過敏すぎるんだよ!
アンタ、本当にこんなの操ってたのか!?」
「お前はこのAIに頼りすぎなんだよ!」
<カリバー、ポンコツ、チガウ!>
クロガネ氏のメールには続きがあった。
コイツの使うAI、エクスカリバーの使っているシステム、“G.O.Dシステム”に関してだ。
コイツに真実を伝えねばと思っていたが、その機会は失われていた。
[……ーダイ、生き……るなら、返事……ろ。]
無線からアルベリヒ中尉の声がする。
ティーゲルも大分ガタがきているのか、あまり通信状況が良くない。
「こちらセーダイ!アルベリヒ中尉、無事ですか!?」
[おぉ、生き……たかセー……!これか……のデカブツに、一斉射を……る!
当た……じゃ無……!]
途切れ途切れだが、恐ろしく嫌な予感がする。
「バックジャンプだ!舌噛むなよ!」
モタつくシンを尻目に、ジャンプジェットを点火し、操縦レバーの片方を無理矢理奪い、後ろに倒す。
シンも気付き、即座に反対のレバーを後ろに入れる。
ティーゲルがバックジャンプをすると、帝国軍側から一斉にミサイルとオートカノンの弾が足下を流れていく。
「すっ、すっげぇ~!
このシーンの帝国軍って雑魚な筈なのに、メチャクチャ強ぇな!」
「アニメに映るシーンだけで判断するなよ。
……この世界の人々だって、今を、必死に戦ってるんだ。」
ウキウキだった表情がすぐに真剣なモノに変わり、シンが素直に頷く。
何か心に響く事があったのだろうか。
だが俺はそんなシンの様子よりも、あのヴォークリンデの全身に注意を払う。
<セーダイ、敵機体、スキャン完了しました。
アナタの想像通り、あの機体には2カ所のコクピットがあります。>
やはり。
シンの言うアニメが作画崩壊でなかったとしたら。
あのデカブツには、操縦席が2カ所あるのでは無いか?
それを考えていた。
俺の考えを読み取ったマキーナが調べた結果、想像通りだった。
想像と少し違ったのは、上半身の胸部分には液体の入ったシリンダーの様な部品に、人間が一人入っていると言うこと。
下半身の操縦席には、この機械を操っていると思われる人間の熱を感知したことだ。
「……はっ!?サラ!?」
突然ビクリとシンが反応する。
「どうした?」
「サラに呼ばれたんだ。“助けて”って。」
シンの視線をリンクする。
上半身の左胸、そこにある丸い装甲。
シンはそこを凝視していた。
「決まりだな。シン、1つ頼みがある。」
“へ?”と言いながら、何の事かわからなさそうにこちらを見るシンに、俺はニヤリと笑い返すのだった。
「おい、しっかりホールドしてくれよ!」
[そんな事言ったって、慣れない機体でこっちだって必死なんだよ!!]
シートに備え付けられていたハンドガンを装備し、俺はティーゲルの左腕に掴まっていた。
攻撃を回避する度に振動で揺さぶられ、振り落とされそうになっていた。
[ほ、本当に良いんだな?
落ちても知らないからな?]
「いいからやれって!!」
“本当に知らないからな!”と叫びながら、シンがティーゲルを加速させる。
急ごしらえの改造ではあるが、奴のAI、エクスカリバーを接続し操縦を安定させている。
それでも、苛烈な攻撃に曝され、俺のすぐ側をオートカノンの弾が通り抜ける。
「いやぁ、怖ぇなこれ!」
[行くぞエクスカリバー!]
俺とシン、二人の声がシンクロする。
[「ぶっ飛べ!荘厳なる虎!!」]
重力が一気に後ろにかかる。
加速したティーゲルをヴォークリンデが狙おうにも、全ての攻撃はティーゲルの後ろに着弾する。
[飛ぶぞオッサン!]
更に斜め後ろに重力が強くかかり、その後の浮遊感。
ティーゲルに抱えられながら、俺は空を飛んでいた。
「こんな状況じゃなきゃ、心躍る景色なんだけどな、ったく。」
ティーゲルは無事にヴォークリンデの下半身、昆虫の背中部分に着陸し、片手斧を突き刺してしがみ付く。
背面に何かが乗った事を察知したヴォークリンデが、上下に機体を震わせて振り落とそうとしている。
想像通り、どうやら攻撃可能範囲では無いらしい。
俺はすぐにティーゲルから降りると、ヴォークリンデのハッチに向かい、ハッチにしがみ付く。
「よし、ここからは別行動だ。
ここの操縦者は俺が止めてやる。
お前は彼女と、……ついでに世界でも救ってこい。」
[わかった。
……あのさ、よかったら、アンタもこの世界で暮らさないか?
俺、なんて言うか、全然先のことも考えられてなかったし、調子乗りすぎてたと思うんだ。
だからさ、……俺、アンタからまだ教えて欲しいことがいっぱいあるんだ。]
俺は右腕1本でしがみ付き、ハッチの暗証キー部分に視界を合わせてマキーナに解錠して貰っていたが、それを中断してティーゲルを見上げる。
シンだけでなく、何処か寂しそうなティーゲルの目がそこにあった。
「……俺には、帰りたい場所があるんだ。
お前と同じさ。
そこには、俺が生涯をかけて共に歩んでいきたい人がいる。
だから、こんなに必死に生きているんだ。
さぁ、もう行け主人公。
お前にしか助けられない子を、助けてやれよ。」
バランスに気を付けながら、拳を突き出し親指を立てる。
ティーゲルも一瞬迷った様子を見せるが、同じく親指を立てると、片手斧を抜き取り飛び上がる。
そうさ、お前ならやれる。
世界の異物は、ここらで退場だ。
頑張れよ。
<解析完了、ハッチオープン。>
マキーナの声に、視線を戻す。
開いた扉の中に潜り込み、腰のハンドガンを抜く。
映画で見たワンハンドコッキングをやろうとして床に銃を落としたのは内緒だ。
「チェ、締まらねえなぁ。」
諦めて床に座り、両脚でグリップを挟むと右手でコッキングする。
やっぱり俺は、映画やアニメの主人公みたいには行かないらしい。
「そんじゃま、脇役らしく、主人公の花道を飾ってやりますかね。」
薄暗く狭い通路を、腰を落として静かに進み出す。
この世界から消えるなら、もう1人くらい一緒に消えて貰っても構わんだろうさ。




