207:最終決戦兵器
「フム、見事、見事。」
竜胆・順太郎は、こちらに剣を振り、戦いが終わったことを告げる一人の男を横目で見ながら、副隊長のクロガネから転送されたメールに目を通し、賞賛を口にする。
[たいちょー、それの意味分かるか?
“転生者”に“異邦人”だの、俺の理解はとっくに超えてるぜ?]
読み終わったメールを削除すると、空中で機体を旋回させ、惑星破砕砲に向き直る。
「……ったく、お前はお館様に言って、歴史の授業を受け直させて貰ってこい。
我等の祖先、初代竜胆と初代黒鉄も、彼の言うところの“転生者”と類似した点が多いであろうが。
……まぁ、もしかすると、のレベルだがな。」
[俺ぁ知らねぇよ、ご先祖様の事なんざ。]
“お前なぁ”と苦笑いするが、順太郎の中ではクロガネの言い分も理解できるところがあった。
彼のメールにあった一文、“能力を使いすぎれば、世界は崩壊を招く”と言う言葉は、竜胆家にのみ伝わる、初代竜胆が言い残した言葉でもあったからだ。
“我、神を僭称する存在から第2の生と、力を得たり。
この力、我が子孫にも受け継がれしものなり。
なれば我、警告す。
みだりに力を使う事無かれ。
強すぎる力は、世界を崩壊に導くものなり。
我等は影より世界を支えよ。
人類を、存続させよ。”
[隊長、遺跡に動きあり。
例のアレを投入してくるかも知れません。]
彼の思いは、部下からの通信で中断する。
「ウム、相手にするのも面倒だ。
敵の戦力は削いだ。
グートルーネ将軍にも、それなりに義理立ては出来たであろう。
……よし、そろそろこの馬鹿騒ぎも終いだ。
劉志郎、もういいぞ。
“使え”。」
[あいよ、了解。
ご注文は御座いますかな、隊長殿?]
通信から、自信満々のふてぶてしい声が聞こえる。
それを聞きながら、(後でRT辺りにしごかせるか)と考えつつ、命令を下す。
「祭の終演だ。正面から貫け。」
口笛と共に、劉志郎の駆る青と銀に輝くAHMが宙に浮かび上がると、その手に持つ槍を天に掲げる。
掲げられた槍は青白いエーテルの光を纏い、巨大な円錐状に形成されていく。
[エーテルランス、聖槍、起動!
僭越ながら、我が君の命によりそちらの切り札、惑星破砕砲を破壊させて頂く!
これなるは高出力のエーテル粒子を束ね、槍状に形成させた我が機体の切り札、聖槍なり!
我が槍の一撃、受け取りやがれ惑星破砕砲!!]
聖槍を構え、一条の流星となったAHMが空を駆ける。
惑星破砕砲もそれに対抗するべく、充填出来ていないながら、今あるエネルギーを何とか放出する。
だが、宙を駆ける流星は、そんな事では止められない。
聖槍は押し寄せる光の奔流すらも貫き、そしてその砲台を容易く貫ききる。
かつて天剣と謳われた惑星破砕砲は、轟音と共に爆発、炎上し、その姿を残骸へと変えていった。
「我等の戦いはここまでなり。
両軍、お騒がせをした。
運命が交われば、またお会いする事もあろう。
いざ、さらば。」
12機のAHMは現れたときのように整列すると、まるで何かの演目のように、一糸乱れぬ動きで礼をする。
その優雅で冗談めいた動きに、殆どの人間が目を奪われていた。
[ふ、ふざけるなぁ!!]
通信機から音割れて響く甲高い声と共に、超大型のAHMが遺跡から姿を現す。
[き、き、き、貴様等ぁ!!
よくも、よくも惑星破砕砲を!!
この国の要だったんだぞ!!
この力無しに、ロズノワル独立など、成り立たぬでは無いかぁ!!]
「フン、あんなモノに頼らねば成り立たぬ独立ならば、それはそこまでと言うこと。
アレ1つ無くなったところで、大したことでは無いだろう?
まだ貴様等にはそのおかしな機体も、死を祓う霧の都のAHM生産能力もあるでは無いか。」
最早自分達には関係ないと、次々と姿を消す白猫達。
ミーメ・ファーフ教皇の暴言など何処吹く風と順太郎は受け流し、そして最後に消えていった。
その事が、ますますミーメの怒りが増大する。
[待て!戻ってこい白猫ぉ!!
……ならば、貴様等が戻ってこざるを得ない様に、破壊と殺戮を繰り返してやる!!]
既に正気を失っているのか、その狙いは抵抗を続ける帝国軍のAHMへと、その先の都市へと向けられる。
「おい、起きろよ英雄。」
まだ意識を失っている転生者に蹴りを入れる。
この一撃で起きたが、手に持っていなかった剣を探し、そして俺と目が合う。
「か、返せよ!それは俺の言うことしか聞かないんだ!」
「システムがいうことを聞かないのか、さっきの高速振動が出来ないのかは知らんがね、それが使えなければ鈍だとしても、刃物は刃物だわな。」
刃先を転生者に向ける。
丸腰の時に刃物を向けられたことがなかったのか、そして俺の無くなった左腕を見て罪悪感でも湧いたのか、見るからに挙動不審な態度に変わる。
やれやれ、コイツは命のやり取りをする覚悟さえ無かったって事か。
「約束だ。俺の言うことを聞いてもらうぞ。」
馬鹿馬鹿しく感じながらも、目的を果たす。
権限を一次委譲してもらい、あの存在との接続を切っていく。
「な、なぁ、アンタが異世界を渡り歩いているのはわかったからさ、今は力を貸してはくれないか?
今暴れているあの機体、防衛用決戦兵器“ヴォークリンデ”って言うんだが、アレのサポートシステムとしてサラが使われている筈なんだ。
俺のパンターは使い物にならないし、アンタの助けがいるんだよ!
アンタ、このままで良いのか?」
少しだけ、迷う。
“この世界のことは、お前がケツを拭け”
そう言って、全てをコイツに押しつけて、サッサとこの場を退散することも可能だ。
いつもそうしてきた。
結局俺は異邦人だ。
この世界のことは、コイツが何とかするべきだろう。
……だが。
アルベリヒ中尉にタリエシン少将、回収艇のローラだったか。
それにあの時の、美人の整備兵のお姉ちゃんはまだ生きてるかな?
生きててくれると良いな。
生きててくれると、か。
奴の顔を思い出す。
様々な人と縁を繋いでしまった。
そんな人達が今、危機的状況だ。
それに何より、俺の大好きなロボットモノの世界じゃねぇか。
そうだ、そうじゃないか。
延々と続くこの異世界、特定の人間に感情移入しすぎると、次の世界では敵対していることも多々ある。
だから、個々人にはあまり感情移入しないよう、いつも距離を取っているつもりだ。
だが、この世界はロボットが存在している。
この世界を終えたら、次はいつまたロボットに乗れるかわからない。
ならば、今を堪能しなければ、だ。
方針を決めた俺は、地面に膝を着いている愛機を見上げる。
「……俺のティーゲルがまだある。
だが、俺は誰かさんのせいで左腕が無い。
俺の生体認証で起動してやるが、操縦はお前がやれ。
2人であの巨大AHMを止めるぞ。」
ヘルメットを拾い上げ、改めて被る。
幸い、大量に撒き散らした血反吐はナノマシンの力ですっかり綺麗になっていた。
「へぇ、操縦席もパンターと同じなんだな。」
2人してコクピットに入り込んだときに、シンがそう漏らす。
なるほど、本当にライバル機体だったんだな。
「何だよ、武器が殆ど無くなってるじゃないか!
どうするんだよこれ!?」
焦り喚くシンに向かい、俺はインジケーターの一つを指差す。
「腰に最後の片手斧がある。
これを使え。
無いものを文句言っても始まらない。
これで戦うんだ。」
それに、この片手斧はボブの装備だ。
主人公のライバルとは言え、この物語の本来の主役。
奇跡を起こすなら、これしか無い。
「そ、そんな事言ったって……。」
「いいか、落ち着けよ。
お前の好きな、悪党からお姫様を救い出すシナリオだ。」
ヘルメットで共有したモニターに、ヴォークリンデの姿が映る。
下半身は蜘蛛のように多脚型で、上半身はそれこそ龍のような外観だ。
至る所にレーザーとオートカノンが積み込まれていて、全高はAHMがミニチュアに見えるほど。
その金属で出来た山のような存在を見上げると、生きた心地がしない。
怪獣映画の登場人物が怪獣を見上げたとき、きっとこんな気持ちなんだろう。
それでも、やるしかない。




