200:覚悟、再確認
「ボブ!まってろ、すぐにコクピットを開けてやる!」
機体を起き上がらせ、コクピットから飛び出てヘルメットを外すと、ボブのファルケに向かう。
非常脱出装置を部分的に起動し、機体の首のつけ根から背面を緊急解放する。
「ぬっ、ぐぁ……!」
ボブはコクピット内で、パイルバンカーに撃ち抜かれた事によってひしゃげた装甲板、それとシートに体を挟まれていた。
ハルトマンの機体にも協力して貰い、極力慎重に背面脱出口を広げ、のし掛かっている鉄板を押しのけ、コクピットシートごとボブを引きずり出す。
ボブのヘルメットを外してやると、吐いた血で顔中が血塗れになっていた。
「あ、荒っぽいなモノ、もう少し慎重に扱えよ……。」
「うるせぇ!出来るだけ丁寧に動かしてるだろうが!」
シートの裏に備え付けてある応急キットで止血しようとするも、傷の深さに愕然となる。
腹部に鋭利な金属片が突き刺さっており、これを無理して抜けば、内臓に更なるダメージを与えるのは目に見えている。
今俺に出来ることは、パイロットシートを伸ばして簡易担架にしつつ、鎮痛剤を投与し傷の回りに止血用ナノマシンを塗布することだけだった。
[今回収艇がこちらに向かっている。
ボブ、意識を失うんじゃないぞ!]
無線からはアルベリヒ中尉の声が聞こえるが、ボブには既に聞こえていない様だ。
「……モノ、た、頼みがある。」
「何だ?タバコならあいにくと切らしてるぞ?」
ボブは力無く笑うと首を振る。
「俺の口座の暗証番号は、……ファ、ファットの奴の誕生日なんだ。
それをお前に預けるからよ……、お、俺の家族に、中の金、送っといてくれねぇか。」
思わずボブの顔を見る。
いつもの冗談ではない、ただ真っ直ぐな、誠実な男の眼がそこにはあった。
だが、今それを俺が受け継ぐわけにはいかない。
「……ダメだ、ダメだダメだ!
それはボブ、お前が渡せ!
お前、何を弱気になってやがるんだ!?
学校はどうする?除隊したら、学校に行くんだろう!?
行って、卒業したら良い会社入って、家族を楽にしてやるんだろう!!」
鎮痛剤が効いてきたのか、それともそもそも痛みを感じなくなってきているのか、ボブは穏やかな表情になりながら目を閉じ、持ち上げていた頭を降ろす。
「あぁ、学校か……、行きたかったなぁ。
卒業したらさ、市民権で、まともな会社に就職するんだ。
そんでさ、ある程度学んだら独立して、会社のしゃ、社長になって、オ、オヤジとオフクロを呼び寄せてさ、楽な暮らしをさ……、させてやるんだ。」
「……そうだな、そしたら俺も雇ってくれ。
こう見えて営業職も経験してるからな、それなりに良い働きはしてやるぞ?」
涙を堪えながら、ボブの話に付き合ってやる。
そうだ、そんな良い夢を持ってるんじゃねぇか。
こんな所で終わらせるなよ。
「……へへ、良いな、社長になって、せ、戦場の元エース様を、こき使ってやるんだ。
俺は、厳し……。」
「……ボブ?
……おいボブ!?
ダメだ!戻ってこい!!戻ってこい!!
テメェ!死んだら俺がブッ殺すぞ!!」
眠るようにして呼吸が止まったボブを、必死に心臓マッサージで呼び戻す。
丁度その時、回収艇から衛生兵が飛び出し、俺と代わる。
衛生兵は手早く簡易担架になっているシートを持ち上げ、ボブに様々な機械を取り付け、そして運んでいった。
「タゾノ、俺達に新たな命令が下った。
撤退中のグートルーネ閣下の部隊を支援しろとのことだ。
別の輸送艇がこちらに向かってきている。
それに乗り込み、補給をしながら現地に向かうぞ。」
「……了解。」
今この瞬間、俺達はどこまで行っても所詮は軍人だ。なら、その勤めを全うしなければならない。
アルベリヒ中尉の指示を受けて、外していたヘルメットを被り直し、荘厳なる虎に向かう。
[ウィザード331、ミドルソードをお返しします。]
ハルトマン機がおずおずと俺のミドルソードを差し出してくれていたが、俺はそれを断る。
「ウィザード332、それはお前が敵エースを仕留めた記念だ、くれてやる。」
俺はボブがいなくなったファルケから、片手斧を取り外す。
「ボブ、借りるぞ。」
グラン・ティーゲルの腰裏にあるマウントラッチに収納すると、丁度輸送艇が到着していた。
機体を格納し、固定すると頬を伝う水分に気付く。
始めは汗かとも思ったが、どうも俺自身が泣いているらしかった。
整備用に一旦電源を落とした薄暗いコクピットの中、ヘルメットを外すと少しだけ泣いた。
「……マキーナ、この地獄は、いつまで続くんだろうな。」
<貴方が神と呼ばれる存在に成り代われば、すぐにでも終わりを迎えると計測しています。>
泣き止み、疲れ切った気持ちを吐き出した唯の愚痴であって、まさかマキーナから回答があるとは思わなかった。
「馬鹿言え。
人間が、神になんかなれる訳ねぇだろ。」
マキーナは“左様ですか”と返すと、それきり黙る。
笑えない冗談だ。
だがマキーナなりの、落ち込んだ俺に対しての励ましだったのだろうか。
改めて、ボブの事を思い返す。
自分でも、不思議な感情だとは思う。
今まで幾つもの異世界を渡り歩いてきた。
人を殺すこともあったし、友人となった者の死を看取った事もある。
それでも、ここまでショックを受けることは無かった。
嫌な言い方だが、もうそんなものは慣れたと思っていた。
この世界も、無事に転生者との用事が済めば、いつか立ち去る世界だ。
ここに俺の居場所は無い。
それでも、気付けばボブの奴とは随分と、それこそ親友のような感情を持っていたのだろう。
改めて気付かされる。
たまに劣化した世界を体験することもあるが、多くの場合、その世界の住人は皆、自分の人生を必死に生きている。
それぞれが、それぞれの理由のために今を生きている。
だからこそ思う。
決して、ここは転生者のための遊び場では無い。
それこそ言葉の通り、“元いた世界とは異なる世界”だ。
あの、物事を深く考えて発言しないシン・スワリとやらに、思い知らせてやろう。
アイツが、神を自称するあの存在から何を授けられたかは知らない。
それでも、何度も異世界を巡り歩き、最近になって何となく理解できてきた事もある。
あの存在から授けられる能力、一見転生者の全ての願望を叶えているようにも見えるが、実際はただ単に今世を“他の人間より少しだけ生きやすくする”力なのだ。
ただ、その力は度を超して使用することが出来るように、ワザと制限を設けていない。
元の世界と異なる世界とは言え、そこの住人を蔑ろにし、度を超して悪用すれば手痛いしっぺ返しを喰らうと、教えてやらねばならない。
「元気付けてくれて、ありがとよマキーナ。
ぃよし!ウダウダやってても始まらん。
現在の状況をマップに出してくれ。」
俺は改めてコクピットハッチを開けると、外に出る。
マキーナが表示する戦況を見ると相当に悪い。
ほぼほぼ正面のグートルーネ隊はAHMが半数近くまでやられており、敵AHM部隊が半円を描くように囲みつつある。
包囲が完了する前に、俺達が近場の部隊を背後から強襲して突破口を作り、そこから脱出させるくらいしか方法が思い付かない。
「タゾノ、こっちだ!」
格納庫内の片隅で、アルベリヒ中尉が手を振る姿が見える。
パイロットが集まり、簡易な食事をしながら打ち合わせているようだ。
俺も僅かな空腹を感じ、打ち合わせの場に急ぐ。
ボブの奴は心配だが、今はそれに囚われていても仕方が無い。
サンドイッチを頬張りながら、アルベリヒ中尉からの作戦を頭に叩き込んで行くのだった。




