199:対価
荘厳なる虎の右腕にある三重ブレードのみを展開し、左手はバルカン砲を連射しながら突撃をかける。
やはり時間稼ぎが目的なのだろう。
まともに俺の機体にぶつかること無く、ヴォータン中尉達は回避の一手を打ってくる。
[ハハハッ、中々良い動きだタゾノ!
だが、あの時の白猫共の機体には及ばんな。]
俺の機体を弄ぶように躱しながら、ヴォータン中尉は上機嫌で語りかけてくる。
俺が撹乱し、ボブとハルトマンで追い詰めてアルベリヒ中尉機の大型バルカン砲を叩き込めれば、という期待があったが、向こうも簡単にボロは出してくれない。
「あんな化け物連中と一緒にするなよ、ヴォータン中尉!
アンタ、あの化け物連中の機体でも欲しいのか!?」
[……ほぅ。
……その口ぶり、連中にあったのか?]
上機嫌だったヴォータン中尉のトーンが落ちる。
適当に答えたつもりだった俺としては、突然の豹変に少し戸惑う。
[……お前の質問に答えておこう。
連中の機体が欲しいのか、だったな。
答えは“その通り”だ。]
ヴォータン中尉は優雅に俺の攻撃を躱しながら、まるで謳うように言葉を続ける。
[貴様も見たはずだ。
あの恐ろしい機動力、圧倒的な攻撃能力。
アレを見たときから、俺はあの“暴力”に魅せられている。
ここに来れば、あの超技術で作られたAHMが貰えると言われれば、国を捨ててでも来たくなるだろう?
あの古代の超技術で造られたAHMを手に入れるためならば、人種も血統も、ましてや祖国すら一切関係ない。
まぁ所詮愛国心など、その地に産まれた人間が、“ウチの国の方が他所よりマシ”と思い込むための慰めでしかないからな。]
「残念ながら、俺は彼等の“本当の機体”は見てねぇけどな。
ただな、そんな彼等はアンタと違って、“AHMとは、鍛え上げられた肉体の延長線上にある道具に過ぎない”って考えてるみたいだぜ?
物に頼るアンタじゃ、仮に手に入れても使いこなせないだろうさ!」
お互いバルカン砲を撃ち合いながら吠える。
今のところ他の3機の攻撃も紙一重で避け続けているが、ブースターの出力が弱くなってきている。
もうじき突撃が終わる。
突撃終わりのその隙を、逃してくれる連中では無いだろう。
今も完全に、俺を四方から包囲する陣形を取っている。
[アララ、どうしたいタゾノちゃん。
お前のご自慢の機体も、そろそろ意気消沈かな?]
ローゲがここぞとばかりに煽りながら、オートカノンをブースト終わりの俺の機体に向ける。
なるほど、4機とも足を止める必殺の大型レーザー砲ではなく、小回りの利くオートカノンやバルカン砲で仕留めに来たか。
[ウィザード331、取りつきました!]
「フン、残念、ローゲちゃんだけか。」
ハルトマン機が、俺が先程ミドルソードを突き立てた敵AHMの残骸に取りついたようだ。
[!?ローゲ!その位置から離れな!!]
ロスヴァイセが警告するがもう遅い。
ブーストの終わり際、俺は展開し続けていたワイヤーを一気に巻き取る。
[これでお終……なにぃ!?]
ハルトマンの機体がミドルソードを押さえ込む。
そこに繫がったワイヤーを巻き取る事により、ブースト終わりの硬直を晒していた俺の機体は、彼等の想定外の位置へと動く。
横方向に急激にかかる重力に吐き気を感じながらも、間一髪で集中砲火を躱す。
ついでに、ピンと張られたワイヤーによってローゲの機体が足を取られよろける。
[ダメ押しだ、受け取れ。]
その隙を逃すボブでは無い。
ボブのファルケから放たれたオートカノンの砲弾は、綺麗にローゲのヴェルグンデに突き刺さり、それが決め手となって転倒させることに成功した。
[いかん!ローゲェ!!]
[よせ!ファーゾルト!!]
ファーゾルトは、ヴォータン中尉の忠告を聞くべきだった。
だが、時に仲間との絆は深い被害を生み出しもする。
転倒したローゲ機と、それを引き起こそうとしているファーゾルト機。
2機は、この戦場で完全に足を止めてしまっていた。
[悪く思うなよ。]
アルベリヒ中尉機の大型バルカン砲が、金切り声を上げながら砲弾を吐き散らす。
絶え間なく吐き出される80mmの砲弾達は、狙いどおりに射線上にいる2機のAHMを、まるでチェーンソーで段ボールを引き裂くかの如く、一瞬でズタズタにしていった。
[貴様等っ……!!
よくもファーゾルトとローゲを……!!]
ロスヴァイセ機が怒りに任せた突撃で俺に肉薄する。
有難いことに冷静さを欠いてくれた。
だが、その突撃に本能的な危険を感じ、冷却の終わったジャンプジェットを再点火し、後ろ方向に飛び上がり空へ逃げる。
[クソッ!]
先程まで俺がいた位置に、ロスヴァイセ機のパンチが空ぶる。
ただの空振りだけではなく、1連の行動としてオートセットされているのか直後に激発音が聞こえ、右下腕部から太い杭の様な物が飛び出していた。
「……パイルバンカー!?
そんなのまであるのか!?」
躱しておいて何だが、その杭の長さにゾッとする。
アレを真正面から受けていたら、恐らくコクピットまで簡単に到達するだろう。
「だが、お前等オートに頼りすぎなんだよ!!」
後ろに飛びながら、両手のオートカノンとバルカン砲をロスヴァイセ機に向けて乱射する。
[すまない、ヴォータン……。]
金属と金属がぶつかり合う音が何度も何度も響き、その度にロスヴァイセのヴェルグンデが踊るように、痙攣するように弾け、そして爆発する。
爆発の直前、ロスヴァイセの通信が聞こえたが、それに感傷を感じる暇は無い。
飛び上がって回避したは良いが、逆に言えば飛び上がった以上、もう俺に逃げ場が無い。
[いいや、よくやったロスヴァイセ。
これは手向けだ。
コイツをお前等の元に送ってやるぞ。]
想像通り俺の着地位置、そこへめがけてヴォータン機がパイルバンカーを構えて突撃して来ている。
皆の援護射撃も、ヴォータン中尉はキッチリ躱してこちらに近付いてくる。
流石の腕前だ。
どう考えても、マキーナに計算させても、回避は不能だった。
何度計算しても後2秒で着地して、その硬直にあのパイルバンカーが俺のコクピットを貫く。
万事休す、と言うやつだ。
「……すまねぇボブ、後を頼む。」
ここまでか。
何度も異世界を渡り歩いてきたが、ここが俺の限界か。
最後に、妻の顔がもう一度見たかったな。
[そりゃ無理だ。]
着地した俺の機体に、横からの衝撃、浮遊感。
何事も無いように呟くボブの声。
声も出せなかった。
モニターには、俺を突き飛ばすボブのファルケの側面と左の掌が映る。
そして次の瞬間、轟音と共に幾つもの金属片を撒き散らし、その背中からパイルバンカーの杭が生える。
[……ゴフッ、ヘッ、つ、捕まえたぜ、ヴォータン教官殿。]
ファルケの右腕部オートカノンをヴェルグンデの左肩に突き刺し、そして左腕で抱き抱える様にヴェルグンデの胴体を押さえ込む。
完全にヴェルグンデが身動き取れない状態にした上で、途切れ途切れの言葉でボブが呟く。
[い、今だ332、やれ。]
[や、やぁぁぁ!!]
ウィザード332が、俺のミドルソードを構え、動きを止められたヴォータン中尉のヴェルグンデに突撃する。
AHMの背面は、正面や側面に比べると装甲が薄い。
ハルトマンのファルケが体をぶつけるようにミドルソードを突き立てると、ヴェルグンデの腰から突き刺さったミドルソードは斜め上に突き抜け、首元から、赤黒い液体を撒き散らしながら突き抜けていた。
[こ、こんな、馬鹿な……。]
それが、ヴォータン中尉の最期の言葉だった。




