198:精鋭部隊
<接近してくる機体、個体識別信号は帝国軍のままですが、敵味方識別信号は独自のモノ、恐らくはロズノワル独立自治区のモノを使っていると思われます。>
なるほど、ボブの所の部下が一瞬戸惑った訳だ。
随分と面白い騙し討ちをしてきやがる。
俺は即座にマキーナの情報を中隊にリンクする。
これでもう、下手な小細工は通じない。
完全に敵として認識できるってもんだ。
[ほぅ、中々目端の利く奴もいるものだ。
もしかして、気付いたのはあの候補生かな?]
敵小隊のリーダーとおぼしき男から通信が入る。
その声に違和感を感じ、登録者名を調べる。
敵小隊名はプリースト21小隊。
元々は、タリエシン少将が増援として連れてきていた部隊の一部のようだ。
[モノ!?この名前!!]
ボブに言われるまでも無く、モニター上の機体に表示されている文字にゾッとする。
“王国、帝国から寝返った奴等が多数合流している”
その言葉は確かに聞いていた。
だが不思議なモノで、そこに知人や友人がいなければあまり実感を持つことは無い。
俺自身も、“敵にかつての友軍兵がいる”と、理解はしていても実感はしていなかった。
この瞬間までは。
「……ヴォータン中尉、何故……?」
パイロット候補生時代、卒業試験として模擬戦で戦った教官であり、昨年のエース小隊の小隊長。
機体識別は、彼の名を表示していた。
[やはり貴様かタゾノ。
中々に活躍しているようだな。
……これは、あの時の戦いの続きだ。
貴様がどれ程強くなったか、この俺が見てやろう。]
ヴォータン中尉だけでは無い。
表示されている名前は“ロスヴァイセ”“ファーゾルト”“ローゲ”と、あの時の名がそのまま表示されていた。
「な、何故?
アンタ等はその、ディタニア人じゃないのか?」
第2次ロズノワル大戦時において、旧ロズノワル系人種は“エメリキ系人種”と言うらしいが、敗戦国と言うこともあり、彼等は迫害の対象だった。
強く迫害していたのは帝国系の“ディタニア”人であり、迫害までとは行かなくとも公然と奴隷化していたのは王国系の“フィランカ”人だった。
この構図は今日でも一部根強く残っており、帝国でいうならかつてチャーリー曹長が口にしていたように、軍務に着かないエメリキ人は地方の農園で貧しい暮らしをするしか無いなど、職業や住居に制限がかかっている事が多い。
なのでエメリキ系であれば、何となく向こう側に着くのも理解できるのだが、ヴォータン中尉達はいわゆる普通のディタニア人のはず。
言っちゃ悪いが普通のディタニア人で、普通の帝国の軍人が“人類皆平等”だのと言った戯言を吐くはずが無い。
[ヘヘッ、お坊ちゃん、これには非常に高度な政治的判断があってだね……。]
ローゲの声が無線機から流れる。
相変わらず人を小馬鹿にしたような言い回しが好きな奴だ。
「抜かすなよローゲ曹長。
小隊レベルで、どんな政治的判断があるのか教えてくれよ。」
コイツのバカ話は付き合うだけ無駄だ。
ついでに言えば階級もコイツを抜いたんだ。
強気に一言で切って捨てつつ、アルベリヒ中尉に向けて作戦データを進言する。
敵は精鋭小隊だ。
こちらの中隊の練度では、数を頼りにしたところで被害が広がるだけだ。
それならばと、俺とボブを前衛にして、残りをアルベリヒ中尉機の護衛に割り振り、動きを止めた敵から順にアルベリヒ中尉に狙い撃って貰うつもりだった。
“条件付き承認”の文字がモニターに映る。
アルベリヒ中尉から見て、流石に俺とボブだけでは厳しいと判断したようだ。
補充人員の中で一番マシな、332号機も付けろ、という条件だった。
俺の了承の回答で、中隊が素早く陣形を変える。
[ほう、良い判断だ。
もう少し食い千切っておきたかったが、こうなっては仕方ないな、ヴォータン。]
[フフ、全くだ。
何処までも思い通りには行かないものだな、ファーゾルト。]
4機は縦横無尽に動き回り、俺達に狙いを付けさせない。
逆に、連中の弾は少しずつこちらを削っている。
連中の機体は全て、例のヴェルグンデで統一されている。
大戦末期の急造品とは言え、今の機体より遙かに整っており武装も充実している。
左肩に大型レーザー砲がある他は、左右腕に手持ち式の中型オートカノンと中型バルカン砲、腰にレーザー砲を装備している。
近接武器もあるだろうが、外見からは何をもっているか判断は出来ない。
まだ何か隠してあるかも知れないが、それにビビってる暇は無い。
[クソッ!白の男爵だ!]
[小隊!誰か生きてないか!!]
[弾!弾をくれ!]
正面の主力部隊の悲鳴が通信機から絶えず聞こえている。
左側面のフクロウの巣駐留部隊が壊滅してから、戦場はドンドン悪化している。
早く正面主力部隊に加勢に行きたいが、ここで焦れば向こうの思うつぼだ。
ローラーダッシュで小まめにターンを繰り返しながら敵機体に追いすがろうとするも、向こうも時間稼ぎが目的なのかヒラヒラと躱すばかりで決定打にならない。
[ヘヘッ!ホラどうしたタゾノちゃん!
早くしねぇと、お仲間がドンドン不味いことになってるぜ?]
ローゲの挑発が苛立たしい。
だが、何となくパターンが読めてきた。
ローゲとロスヴァイセが激しく動き回り、それに目を奪われるとファーゾルトとヴォータンが遠間から細かく狙ってくる。
ならば、ローゲの動きに釣られるようなフリをして、ファーゾルトかヴォータンに肉薄出来れば……。
[モノ、落ち着けよ。]
ボブの言葉で我に返る。
視界の端に近距離マップが映っている。
今俺がやろうとしていた動き、それはあからさまな敵の陽動だった。
敵の動きを予測しようとし過ぎて、逆に視野が狭くなっていた。
あのまま行動を起こしていたら、間違いなくロスヴァイセに背後を取られ、そのまま敵全機から集中砲火を受けていたはずだ。
「……あ、あぁ、すまねぇ、助かったぜ兄弟。」
[どういたしましてだ、兄弟。]
深呼吸1つ。
討ち取ることに気を取られすぎるな。
アイツらが予想もしない動きは何だ?
[モノ、博打を打つか。]
ボブが落ち着いた声で、1つの作戦を表示する。
視界の端でそれを見た俺は、思わずニヤリと笑ってしまう。
「お前、昔から思ってたけど中々嫌な奴だよな。
乗ったぜ。」
[決まりだ。
ハルトマン、決め手はお前だからな。
任せたぞ。]
防御陣形を固めていたアルベリヒ中尉も、当たらないながらも支援射撃を送ってくれる。
[こちらも了解だ。任せたぞ!]
支援射撃で出来た空白の時間。
その瞬間に、悪路走破用のワイヤーを取り出し、ミドルソードにくくり付ける。
そのままミドルソードを近くの残骸に突き立てる。
「了解。こちらウィザード331、暴れてくる!」
<ダイレクトフルサポート、開始します。>
マキーナの声を聞きながら背面ブースターに点火し、俺はまたしても戦場を駆けるのだった。




