190:天剣の一撃
「おっ、王国軍が動いたぞ。」
「お手並み拝見って所かね。」
俺達は格納庫の中にいながら、それぞれ手持ちの端末で俯瞰視点の映像を見ていた。
俯瞰視点のメインは帝国軍がばら撒いたドローンであり、中には民間の放送社所属もあるが、大半は軍用ドローンだ。
大抵は流れ弾や意図的な狙撃により破壊されるが、今回は帝国と王国の間にロズノワル独立自治区を名乗る遺跡がそびえ立っている。
王国軍としてはそれに構っている暇は無いだろう。
つまりロズノワル独立自治区側から狙われない限りは撃墜されることは無い。
そして、ロズノワル独立自治区側はあえて見せつけたいのか、ドローンに対して何かをしようというアクションは感じられなかった。
「コイツら、戦争の素人なのかね?」
ボブは独立自治区側を“戦い慣れていない、情報の大事さを知らない素人の組織”と認識したようだ。
「いや、そうじゃねぇかも知れねぇぞ。
“見せてもいい”なのか、“見せること自体が狙い”なのかはわからねぇが、自信があるんじゃねぇか?」
俺の言葉に“そんなもんかねぇ?”とボブは呟きながら、煙草に火を付ける。
それを見て、同じく口寂しくなった俺が煙草を取り出して火を付けたときに、戦況が動いた。
「おぉ、あの馬鹿みたいな白塗りの突撃機はアイツだな。」
「あの乗り手、相変わらず戦い方に変化がないな。
……味方の3機も、あれでは着いていくのがやっとだろう。」
アルベリヒ中尉が冷静に戦い方を分析している。
先陣を切るのはやっぱりあのシン・スワリだ。
単騎で突撃し、遺跡の防衛機体と思われる機体を、次々に撃破している。
ヤツの機体は他の味方機や遺跡の機体より、頭1つ以上は大きい。
その突進はパワフルで、しかも両手で構えている剣は俺が拾った剣が短剣に見えるくらいの幅広で、大型のモノだ。
それを軽々と振り回し突進してくるその姿は、戦場で出会えば恐怖だろう。
ただその突進が早すぎて、他の3機は苦労しているのがわかる。
シン機が突進し過ぎるため、側面や背面に回り込もうとする敵機体を、残り3機が砲撃で食い止めているのだが、シン機の突進力が強すぎてすぐに孤立しそうになっている。
そうさせないために必要以上に砲撃を繰り返し、何とか陣形を維持し続けているようだ。
後ろ3機も、前に見たアイリスではなく、カンパニュラに代わっていた。
しかもあの突撃に合わせるためだろうか、装備だけでなく足回りにも改造の跡が見える。
ただ、それでも戦い方として予備弾薬を必要以上に積みこまなければならない以上、どうしても足回りに差が出る。
(まるで子供と保護者だな。)
ボブはロズノワル独立自治区側を“素人”と言っていたが、俺にはシン・スワリとか言うヤツの方が遙かに素人に感じていた。
棒きれをもって走り回る子供を、保護者が追いかけているような無秩序さだ。
その突撃は、ドンドンと本隊とも距離が空いてしまっている。
アレでは陽動的な意味は期待出来ないだろう。
(ん?何か変な方向に進行し始めたな?)
王国軍の本隊は死を祓う霧の都の後部に接続されている要塞、破滅を招く厄災の指輪にまっすぐ向かっている。
白馬鹿達も最初はそうだったが、遺跡に近付くと要塞側ではなく、言うなれば遺跡の、船首部分に近寄るように戦いながら移動している。
「モノ、お前ならこれ、どう攻略する?」
モニターを見るボブが、ボソリと呟く。
まぁ、同じ事を考えてるだろうな。
こう言う戦術的な事がバレてしまうから、大抵両軍はドローン破壊に意識が行くのだろう。
「まぁ、後ろの3機だわな。
突進しかしてこない白馬鹿はいなして、後ろの弾薬庫を先に叩くだろうな。」
それでも、それなりの腕前が無ければあの突進をいなすことは出来ないだろうから、ある種厄介だ。
攻略法は単純だが、あのシンのヤツの突撃は簡単にはそれをさせてくれないだろう。
「ウム、コイツらはチームワークで動いてはいないようだからな。
俺達なら出来るだろう。」
アルベリヒ中尉がそう結論づけ、端末から目を離す。
どうやら戦い自体は王国軍が優勢だ。
位置はズレていても、あのシン・スワリとその仲間の小隊が防衛部隊をメチャクチャに食い荒らしている。
その後ろから王国軍本隊が残敵を掃討しながら前進し、戦線はジワジワと遺跡側ににじり寄ってきている。
「散々放送で煽っていたくせに、ロズノワル独立自治区とやらもこんなもんか。
噂の惑星粉砕砲とやらも、結局使えないっぽ……。」
「いや、これを見ろ!」
ボブの言葉を遮り、あるモノを見ているドローンの画面を見せる。
ドローン全機の画像を表示して見たときに、“ソレ”に気付いた。
何機かのドローンが、天文台の様な屋根が丸い建築物が中央から割れ、砲身がせり出しているのが見える。
その砲身は、まさしく前進している王国軍本隊に、ゆっくりと向いていた。
「これが、惑星粉砕砲……?」
アルベリヒ中尉が俺と同じドローンの画面に合わせながら、端末の画面を凝視する。
<警告します、このまま見ていると目と耳にダメージが入る恐れがあります。>
「全員、急いで目と耳を塞げ!」
思わず怒鳴り、腰にぶら下げているヘルメットを即座に被る。
アルベリヒ中尉とボブも慣れたもので、即座にヘルメットを被る。
砲身が王国軍の布陣に照準を合わせると、次の瞬間には強烈な光が発生し、ヘルメットの遮光機能が働く。
それでも尚、ヘルメット内のモニターに強烈な光を感じていた。
光が収まると次には、ヘルメット越しにでも解るほどの、まさに“天を裂く轟音”と衝撃波が駆け抜けていき、格納庫中の窓ガラスや脆い部分等が次々と割れ吹き飛ぶ。
あの遺跡は元々“さすらい人の山”だった場所だ。
山からこのファステアまでは、歩けば一日以上はかかる距離だ。
しかもその山の反対側の、王国側を攻撃しているにも関わらず、その衝撃波だけでここまでの威力になるとは。
俺たちの体にもガラス片が次々と襲いかかったが、抗刃・防弾仕様のパイロットスーツを着ていたことが幸いし、固い物が体にぶつかる痛み以外のダメージを受けることはなかった。
「痛ってぇ~!!」
ボブは格納庫の一部らしきトタン板がぶつかったらしく、肩をさすっていた。
まぁ、抗刃・防弾と言っても、質量がぶつかるダメージは多少しか軽減できない。
それでも、ちょっと痛がる位で済んだのは、不幸中の幸いだろう。
なぜなら、周囲を見渡せば目を押さえ耳から血を流して苦しんでいる者、飛び散ったガラス片が刺さり絶命している者、そして足の踏み場も無いくらい色々な物が飛び散りと、さながら戦場のど真ん中の様な風景に変貌していたからだ。
「そうだ、王国軍は?」
抱えていた端末に目を落とすと、ドローンは全て今の衝撃で吹き飛んだらしく、どの画面もブラックアウトしていた。
元“さすらい人の山”方面を見ると、遺跡の向こう、恐らく王国軍が配置されていたであろう辺りに、巨大なキノコ状の雲が立ち上っているのが見える。
<広域放送帯に電波ジャックを確認。>
マキーナの声に、呆けていた意識が戻る。
慌てて端末のチャンネルを幾つか変えてみると、例のサラ姫がノイズ混じりの画面に映し出された。
-人々よ、見よ!そして刮目せよ!
我等は世界を変える力を手に入れた!
改めて、我等はロズノワル独立自治区を宣言する者なり!
帝国、王国は双方この惑星から撤退せよ。
この星は、今よりロズノワル独立自治領首都である。
かつてのロズノワル領を、これから返却して頂く。
フルデペシェ家、プロー家にはチャンスを与えます。
もう一度ロズノワルの元に着くか、それともまた裏切るか。
決断しなさい!-
その顔は、毅然とした表情をしている。
ただ、俺の右眼には、暴力に陶酔する表情、報復への暗い喜びを浮かべる彼女の表情が、幾重にも折り重なり見えていた。




