189:再配置
-帝国の皆、今日も無事に生きてる?
リリィのN-3ラジオ、今日も始めるわよ!
この番組は……。-
“黒犬傭兵団”の連中が去り、増援で来た帝国軍が機体を格納させている姿を横目に、俺達は休憩しながらラジオを聞いていた。
俺もボブもアルベリヒ“中尉”も、彼等が去るときの事を思い出していた。
「な、なんじゃあこりゃあ!?」
飲みに行ったあの日、俺達は朝までコースで飲み明かしていた。
色んな事を話した気がするが、今は余り覚えていない。
まぁ、一夜の飲み会など、そんなモノだろう。
そうして朝日が昇り、ゾンビのように皆フラフラと起き上がると基地に戻り、そしてそれを見た。
俺の機体、“ティーゲル”が様変わりしていた。
付いている武装に大きな変わりは無い。
座右両肩に9連装短距離ミサイルが2門あるし、右手に手持ち式のオートカノン、左手にアサルトライフル型のバルカン砲も持っている。左腰のグレネードもあるし、背中のジェットパックも付いている。
何なら、俺が拾ったミドルソードもそのまま腰裏に取り出しやすいように鞘まで付けてくれている。
ただ、両腕の手首部分に伸縮式のクローが追加されており、装甲も増設、何よりくるぶしのローラーダッシュ部分が肥大化していた。
「おぉ、セーダイさん。
良いときに戻ってきたね。
ちょうど今改修が終わったところだ。」
油まみれの作業着を着たゴリさんが、良い笑顔と共にこちらにやって来る。
「コイツを見てくれ、どう思う?」
凄く、大き……いやいや、何してくれてるのこれ?
あっけにとられている俺を見て、ゴリさんは満足そうに頷く。
「嬉しくて声も出ないか、そうだろうそうだろう。
コイツはフォッケティーガー社の傑作AHMでな、その名を“荘厳なる虎”という。
劣勢な状況下で盤面を覆す瞬間火力、というシンプルなコンセプトが元になった、後期生産AHMの中では気持ちいいくらいに馬鹿な機体なんだよ。」
グラン・ティーゲルとは、とある高名な設計士により、第2次ロズノワル大戦末期に開発された機体だ。
当時、80tから70tクラスのAHMが戦場に出てくると退却を余儀なくされていた帝国軍が、フォッケティーガー社に依頼し製造させた機体であり、上位機種を60tクラスで撃破するために開発された、いわば現在の戦場を構築するターニングポイントになった名機らしい。
その背中にあるジャンプジェットで三次元機動が出来るのだが、本当の目的はそのジャンプジェットを水平方向に吹かしたときに発揮される。
つまり、ジャンプの推進力を前方に向けることにより驚異的な推進力を得て敵の火線を振り切り、敵強襲型に逆強襲をかけるという、中々に狂ったコンセプトを持っている機体となっている。
どうもその高名な設計士とやらが、大昔にあった何処かの国家が作り出した特攻機、チェリーブロッソムというジェット機にインスピレーションを受けて作り上げたという噂もあり、日本人の俺からすれば非常に恐ろしいコンセプトを持った機体なのだという。
結果、帝国軍のベテランAHM乗りでも命を落とす者が増加し、突撃能力を落としたティーゲルが量産されることになったのだが、最終的にはより安価な主力機、“カーズウァ”にその座を譲ることになったとの事だ。
「表に出てない話なんだけど、コイツを作ったのは共和国軍の機体を多く手がけた設計士でね。
最初にその設計士は、今までと同じように共和国仕様のコクピットを前提として設計していたんだよ。
じゃなければその高速化する機動を制御できない機体だったんだ。
それをいざ生産の段階になって、帝国軍仕様のコクピット形式に換えたから、“生きて帰れぬ特攻機”なんていう不名誉な称号が付いてしまってね。」
ゴリさんはそこで言葉を区切ると、グラン・ティーゲルを見上げる。
「これを設計したヤツは悔しかったんじゃないかな。
自身の手がけた機体が、ただの特攻機としてしか使われなかった事に。
だから、機会があれば、コイツを本来の姿にしてやりたかったんだ。
これは俺達整備兵達のワガママだが、コイツの本来の力を見せて欲しい。
大丈夫、セーダイさんなら乗りこなせるよ。」
俺は“本来の姿に戻った”グラン・ティーゲルを見上げる。
不思議な話だ。
これを設計した人間は、理不尽な要求を前にして、必死に考えたはずだ。
強大な敵を倒すこと。
乗り手を生かして帰すこと。
ただの殺人機械の筈なのに、そこに宿るのは様々な人の想いだ。
「……善処しますよ。精一杯ね。」
それを言うのがやっとだ。
何と言って良いかわからない。
ただゴリさんは、俺のその言葉を聞くと穏やかに笑い、そして自分達の撤収作業に戻っていった。
そうして彼等が立ち去るのと入れ違いになるように、帝国軍の増援部隊がファステア基地に到着し、各部隊のAHMが運び込まれ、メンテナンスが行われ出す。
運び込まれた機体には、グートルーネ将軍の親衛隊仕様のファルケやカーズウァをチラホラと見かけた。
あの飲み会での出来事は夢では無かったのかと思ったが、やはり現実だったようだ。
「おい、ウィザードの生き残り、司令が呼んでるぞ。」
親衛隊の1人から、俺達に声がかけられる。
何事かと慌てて出向いた管制室で、長い金髪の将校が机に寄りかかり、その長い髪を手で弄びながら退屈そうな表情で俺達を待っていた。
「ウィザード小隊、ただ今到着致しました!」
「アラ、貴方達がそうなのね。」
将校は長い金髪に甘いマスク、何処か品のある貴族さながらと言った風貌であったが、言葉遣いがオネエだった。
よく見ると口紅もしているのが解った。
マジか、この軍隊大丈夫なのか?
「お初にお目にかかるわね、アタシは今回の作戦を任されているタリエシン少将よ。
時間が無いから、サッサと要件に入るわ。
アンタ達昇進よ、おめでとう。」
そう言いながらも、俺達一人一人に丁寧に階級章を手渡してくれる。
「アルベリヒ少尉は中尉に、タゾノ軍曹は准尉に、エンフィールド軍曹は曹長に昇格よ。」
階級的に、軍曹の次が曹長で、その次に上がるには士官学校に行き、プログラムを完了しなければ少尉にはなれない。
准尉とは、士官学校に行っていない軍人がなれる最上位の階級であり、実質俺だけ二階級特進だ。
“何故?”という疑問はわくが、今は俺からの発言は許されていない。
受け取りながらも困惑していると、タリエシン少将が優しく微笑む。
「今回の遺跡発見、今の状況はどうあれアナタの功績が大きいわ。
そのことに報償を与えない帝国軍ではないのよ。」
心の中でなるほどと理解しつつも、結果としてはあまり褒められた状況にはなっていない。
「それに、ここで報償を与えなかったら、またDJの小娘にネタにされちゃうからね。」
愛嬌タップリにウインクされるが、苦笑いを返すしかない。
そんな俺達を見てか、或いは始めから通達すべき事柄であったのか、タリエシン少将は表情を引き締めると敬礼をする。
「昇格おめでとう、早速だけど、ウィザード中隊を再編するわよ。
中隊長兼第1小隊長はアルベリヒ中尉、第2小隊長はタゾノ准尉、第3小隊長はエンフィールド曹長とし、貴隊は正面グートルーネ隊の右翼に配します。
各員、心してかかりなさい!」
そうして管制室から出た俺達は、これからのことを打ち合わせるためにも、格納庫に戻ったのだった。
-……とのことで、今王国領首都ラインでは、戒厳令が発令され、住民の外出、集会は禁止されています。
今も散発的に起きているテロに、王国では治安維持軍が度々出動している状態ですが、既に帝国領側では銃撃戦にまで発展しているようですね。
そんな市民の統制が取れてなく、更にはそんな騒ぎに狩り出されて人手不足の帝国軍に変わりまして、我々王国軍が今回の事件の首謀者である、サラ・ロズノワルの逮捕を行うべく、彼等の拠点、死を祓う霧の都への出兵を決定致しました。
これには“白の男爵”シン・スワリ男爵が先陣を切るとのことで、我々は勝利を確信しております。
ゴメンね、帝国軍の皆!
あの遺跡は王国が大切に扱うから心配しないでね!
それよりも、いずれ王国に帰属する予定の、そちらの住民達を傷付けないようにしてくれると嬉しいかな。
さて、それではここらで一曲。
曲名は……-
「だとよ。」
俺は手元の端末でグラン・ティーゲルの予測演習データを弄りながら、ボブに声をかける。
「ま、仕方ねぇんじゃねぇか?事実だろ?」
「その通りだ。
命からがら逃げ帰って、俺達3人仲良く出世したと思えばその理由がそれぞれ小隊長に任命するからだぞ?
こんなもん、どこからどう見たって、……。」
ボブの言葉を受け、アルベリヒ中尉も苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
そこで俺達はお互い顔を見合わせ、お互いを指差す。
「「「人がいない!」」」
“だよなぁ。”とボブがぼやき、皆で笑う。
最早、笑うしか無い状況だった。




