188:酒場にて
このバーは意外に内部が広い。
奥にはVIP用だろうか、広めのゲストルームがある。
別の世界では、そこからプロー領までワープする魔方陣があったっけか。
まぁ、この世界ではそんな魔方陣など無い、只のゲストルームだった。
カウンター付近はクロガネ氏達が暴れてるので、俺達はこちらの部屋に通されていた。
ただ、そこに居るのは帝国軍N-3方面軍総司令のグートルーネ・フルデペシェ中将と、伝説の“竜胆の龍”それの当主を名乗る男だ。
怖くて同席など遠慮したかったが、アルベリヒ少尉の“側仕えが誰もいないなら、俺達でその役目を担うしかないだろう”という判断により、この場に同席していた。
ボブ?
いや、正直アイツはこの戦いについて来られそうにない。
なので楽しい飲み会の盛り上げ役を任せてきた。
「……先代はまだ元気かね。
最後にお目にかかったときは、随分とお歳を召していたように思えたが。」
2本目のソーダ水の瓶を開けながら、グートルーネ将軍の問いに竜胆氏は笑う。
「グートルーネ殿がお会いになったのは我が祖父かと思われますが、元気ですよ。
元気すぎて引導を渡したくなるくらいには。」
「おぉ、では彼のお孫さんか。
……失礼なことを伺うが、御父上は?」
俺達からの酌は断り、竜胆氏は手酌でソーダ水をグラスに移すと1口飲み、そして何処か遠くを見つめる。
「残念ながら。
……と言っても、亡くなったわけでは御座いませんので。
“当代順太郎の襲名資格無し”と判断され、一般人として穏やかに過ごしていますよ。」
まるで元の世界の歌舞伎か何かのようだ、と、思えた。
つまり目の前の順太郎・竜胆氏は、本来別の名前を持っていたが何かしらの資格により、その名を襲名したということか。
「左様であったか。
……厳しい世界なのだな。」
グートルーネ将軍が手元のグラスに映る表情を見ながら、ポツリと呟く。
「……どうでしょうかね。
ぬるま湯の庭園に閉じ籠もり、身内で殺し合うだけのコミュニティを見ると、寂しく感じる事はありますがね。」
「……その為の、“傭兵部隊”かね?」
一瞬、グートルーネ将軍の視線が厳しくなった。
“閉じ込められた龍が外の世界に興味を持っているのか?”
言外にそう言いたいのだろう。
今では遺失技術の数々を持っていると噂の、“黒薔薇の庭園”の兵隊が他国に侵攻を考えている。
もしそうなら、それは世界の有り様を一変させる。
だが、順太郎氏は力無く首を振ると、寂しげに笑う。
「“人類を、存続させよ。”
我等は、最後の願いを受けております。
我々は猫のように獲物を狩る牙を研ぎ続け、そして帰らぬ主人を待ち続けて眠るだけです。」
話を聞き、戦慄する。
それは最早、狂気の世界だろう。
終わりなき指示、何をもって人類の存続となすのか。
彼等の胸三寸で、生き残るべき人類が決まってもおかしくない。
力を持ちながらも、その暗い欲望を抑え込みながら人類存続の為にと、影として生きているのか。
「……ならば、死を祓う霧の都は、いや、あの惑星粉砕砲は、其方達の目標と言うわけだ。」
厳しい表情のまま、グートルーネ将軍が順太郎氏を睨み付ける。
だが、順太郎氏は涼しい表情を崩すことはなかった。
「あの船は元々、ロズノワル共和国軍の管理していた1隻。
死を祓う霧の都は共和国軍の狂った将校がN-3に埋め、駆動キーとなる観測用空中要塞、後世に付けられた仇名で言うなら“破滅を招く厄災の指輪”を、亡命の際にフルデペシェ家に管理を任せたモノですな。
いつか再起するときまで、と言う条件で、多額の管理費用を支払って。
そうしてフルデペシェ家は、帝国でも有数の大貴族となった。
だが時は流れ、貴方の兄上がフリード教に拵えた多額の借金のカタにと、亡命者とその一族を皆殺し、隠し持っていた共和国軍の軍備だけでなく、遂にはアレを譲渡してしまった。
結果、アレはその名の通り、厄災を招いてしまった。
……事のあらましは、こんな所でしたかな?」
静かに告げる順太郎氏を前に、グートルーネ将軍は言葉に詰まり、俯く。
そのグートルーネ将軍を見ながら、順太郎氏は優しく告げる。
「安心なされ、あの船の所有権を今更どうこう言うつもりは無い。
アレは人類存続に有用だ。
今起動されたことも、我等にはわからぬが、きっと大きな歴史の流れ、その一部なのであろう。
なればこそ、完全に破壊する気は無い。」
その言葉に、グートルーネ将軍は顔を上げる。
だが、言葉は優しくとも、順太郎氏のその表情は、断罪者のそれに見えた。
「ただ、惑星粉砕砲だけは別だ。
アレは今の世にあってはならぬモノ。
我等は、アレを完膚無きまでに破壊する。」
「……我が、命を差し出してもか?」
その言葉は予想していなかったのか、順太郎氏の表情が、僅かに揺れる。
驚き、敬意、そして喜び。
そんな感情が入り混じっていたと思う。
順太郎氏は、静かに席を立つと背を伸ばす。
「で、あるならば答えを変えよう。
改めて、共和国の流儀で名乗らせて頂く。
我等は“ロズノワル共和国軍最後の兵士”。
所属は“第06白猫特殊戦闘連隊”。
私は竜胆・順太郎総大将である。
グートルーネ中将閣下の決意、確かに受け取らせて頂いた。
真に勝手ながら、我等は御身の後陣に配させて頂く。
……閣下、戦果を期待しております。」
グートルーネ将軍も席から立ち上がり、敬礼する。
「竜胆大将の御期待に添えるよう、この命を賭して本作戦に当たらせて頂きます。
では、これにて失礼致します。」
俺達も後ろで慌てて立ち上がり敬礼していたが、驚きすぎて最早何も考えられなかった。
グートルーネ将軍が命を賭けてあの船を奪還できるなら何もしない、だが、奪還できなかった時は当初の目的を果たす。
これが、彼等の出来る最大の譲歩なのだろう。
これを確認したかったのか、グートルーネ将軍は帰ると俺等に声をかけつつ、俺達にはここに残れと言い伝えて店を去っていく。
「お館様、閣下のお帰りだ。
丁重にエスコートを頼む。」
「おう、もう手配できてるよ。」
竜胆氏とお館様と呼ばれている男とのやり取りを後ろで聞きながら、俺はグートルーネ将軍の為に店の扉を開ける。
すると、店前に複数人の黒服の男達と、黒塗りの装甲車が止まっていた。
「どうぞ、お送りします。」
グートルーネ将軍も少し驚いた様子だったが、“頼む”と告げると車に乗り込む。
乗り込みながら、ふと俺に視線を向ける。
「そう言えば、貴様は何処かで見たことがあるな。
貴様、所属は?」
「ハッ、ウィザード3小隊所属のセーダイ・タゾノ軍曹であります。」
俺の顔をマジマジと見た後、“そうか、貴様が……”と呟き、“後は、頼む”と告げると、扉がしまり走り去って行った。
何を頼まれたのかは全く見当もつかなかったが、車が見えなくなるまで敬礼していた。
さて、店に戻るかと振り返ると、中から騒がしい声が聞こえてくる。
「あ、ボブさんの、ちょっと良いとこ見てみたい!」
……まさか、これの後始末を頼まれたわけじゃないよな?
そんな事を思いながら、騒々しい店内へと戻るのだった。




