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異世界殺し  作者: Tetsuさん
鋼鉄の光
189/831

188:酒場にて

このバーは意外に内部が広い。

奥にはVIP用だろうか、広めのゲストルームがある。

別の世界では、そこからプロー領までワープする魔方陣があったっけか。

まぁ、この世界ではそんな魔方陣など無い、只のゲストルームだった。

カウンター付近はクロガネ氏達が暴れてるので、俺達はこちらの部屋に通されていた。


ただ、そこに居るのは帝国軍N-3方面軍総司令のグートルーネ・フルデペシェ中将と、伝説の“竜胆の龍”それの当主を名乗る男だ。

怖くて同席など遠慮したかったが、アルベリヒ少尉の“側仕えが誰もいないなら、俺達でその役目を担うしかないだろう”という判断により、この場に同席していた。


ボブ?

いや、正直アイツはこの戦いについて来られそうにない。

なので楽しい飲み会の盛り上げ役を任せてきた。


「……先代はまだ元気かね。

最後にお目にかかったときは、随分とお歳を召していたように思えたが。」


2本目のソーダ水の瓶を開けながら、グートルーネ将軍の問いに竜胆氏は笑う。


「グートルーネ殿がお会いになったのは我が祖父かと思われますが、元気ですよ。

元気すぎて引導を渡したくなるくらいには。」


「おぉ、では彼のお孫さんか。

……失礼なことを伺うが、御父上は?」


俺達からの酌は断り、竜胆氏は手酌でソーダ水をグラスに移すと1口飲み、そして何処か遠くを見つめる。


「残念ながら。

……と言っても、亡くなったわけでは御座いませんので。

“当代順太郎の襲名資格無し”と判断され、一般人として穏やかに過ごしていますよ。」


まるで元の世界の歌舞伎か何かのようだ、と、思えた。

つまり目の前の順太郎(じゅんたろう)竜胆(りんどう)氏は、本来別の名前を持っていたが何かしらの資格により、その名を襲名したということか。


「左様であったか。

……厳しい世界なのだな。」


グートルーネ将軍が手元のグラスに映る表情を見ながら、ポツリと呟く。


「……どうでしょうかね。

ぬるま湯の庭園に閉じ籠もり、身内で殺し合うだけのコミュニティを見ると、寂しく感じる事はありますがね。」


「……その為の、“傭兵部隊”かね?」


一瞬、グートルーネ将軍の視線が厳しくなった。

“閉じ込められた龍が外の世界に興味を持っているのか?”

言外にそう言いたいのだろう。


今では遺失技術の数々を持っていると噂の、“黒薔薇の庭園(ロズノワル・ガーデン)”の兵隊が他国に侵攻を考えている。

もしそうなら、それは世界の有り様を一変させる。


だが、順太郎氏は力無く首を振ると、寂しげに笑う。


「“人類を、存続させよ。”

我等は、最後の願いを受けております。

我々は猫のように獲物を狩る牙を研ぎ続け、そして帰らぬ主人を待ち続けて眠るだけです。」


話を聞き、戦慄する。

それは最早、狂気の世界だろう。

終わりなき指示、何をもって人類の存続となすのか。

彼等の胸三寸で、生き残るべき人類が決まってもおかしくない。

力を持ちながらも、その暗い欲望を抑え込みながら人類存続の為にと、影として生きているのか。


「……ならば、死を祓う霧の都(ニーベルハイム)は、いや、あの惑星粉砕砲(バルムンク)は、其方達の目標と言うわけだ。」


厳しい表情のまま、グートルーネ将軍が順太郎氏を睨み付ける。

だが、順太郎氏は涼しい表情を崩すことはなかった。


「あの船は元々、ロズノワル共和国軍の管理していた1隻。

死を祓う霧の都(ニーベルハイム)は共和国軍の狂った将校がN-3に埋め、駆動キーとなる観測用空中要塞フライング・フォートレス、後世に付けられた仇名で言うなら“破滅を招く厄災の指輪ニーベルンゲン・リング”を、亡命の際にフルデペシェ家に管理を任せたモノですな。

いつか再起するときまで、と言う条件で、多額の管理費用を支払って。

そうしてフルデペシェ家は、帝国でも有数の大貴族となった。

だが時は流れ、貴方の兄上がフリード教に拵えた多額の借金のカタにと、亡命者とその一族を皆殺し、隠し持っていた共和国軍の軍備だけでなく、遂にはアレを譲渡してしまった。

結果、アレはその名の通り、厄災を招いてしまった。

……事のあらましは、こんな所でしたかな?」


静かに告げる順太郎氏を前に、グートルーネ将軍は言葉に詰まり、俯く。

そのグートルーネ将軍を見ながら、順太郎氏は優しく告げる。


「安心なされ、あの船の所有権を今更どうこう言うつもりは無い。

アレは人類存続に有用だ。

今起動されたことも、我等にはわからぬが、きっと大きな歴史の流れ、その一部なのであろう。

なればこそ、完全に破壊する気は無い。」


その言葉に、グートルーネ将軍は顔を上げる。

だが、言葉は優しくとも、順太郎氏のその表情は、断罪者のそれに見えた。


「ただ、惑星粉砕砲(バルムンク)だけは別だ。

アレは今の世にあってはならぬモノ。

我等は、アレを完膚無きまでに破壊する。」


「……我が、命を差し出してもか?」


その言葉は予想していなかったのか、順太郎氏の表情が、僅かに揺れる。

驚き、敬意、そして喜び。

そんな感情が入り混じっていたと思う。


順太郎氏は、静かに席を立つと背を伸ばす。


「で、あるならば答えを変えよう。

改めて、共和国の流儀で名乗らせて頂く。

我等は“ロズノワル共和国軍最後の兵士”。

所属は“第06白猫特殊戦闘連隊”。

私は竜胆(りんどう)順太郎(じゅんたろう)総大将である。

グートルーネ中将閣下の決意、確かに受け取らせて頂いた。

真に勝手ながら、我等は御身の後陣に配させて頂く。

……閣下、戦果を期待しております。」


グートルーネ将軍も席から立ち上がり、敬礼する。


竜胆(りんどう)大将の御期待に添えるよう、この命を賭して本作戦に当たらせて頂きます。

では、これにて失礼致します。」


俺達も後ろで慌てて立ち上がり敬礼していたが、驚きすぎて最早何も考えられなかった。


グートルーネ将軍が命を賭けてあの船を奪還できるなら何もしない、だが、奪還できなかった時は当初の目的を果たす。

これが、彼等の出来る最大の譲歩なのだろう。


これを確認したかったのか、グートルーネ将軍は帰ると俺等に声をかけつつ、俺達にはここに残れと言い伝えて店を去っていく。


「お(やかた)様、閣下のお帰りだ。

丁重にエスコートを頼む。」


「おう、もう手配できてるよ。」


竜胆氏とお(やかた)様と呼ばれている男とのやり取りを後ろで聞きながら、俺はグートルーネ将軍の為に店の扉を開ける。

すると、店前に複数人の黒服の男達と、黒塗りの装甲車が止まっていた。


「どうぞ、お送りします。」


グートルーネ将軍も少し驚いた様子だったが、“頼む”と告げると車に乗り込む。

乗り込みながら、ふと俺に視線を向ける。


「そう言えば、貴様は何処かで見たことがあるな。

貴様、所属は?」


「ハッ、ウィザード3小隊所属のセーダイ・タゾノ軍曹であります。」


俺の顔をマジマジと見た後、“そうか、貴様が……”と呟き、“後は、頼む”と告げると、扉がしまり走り去って行った。


何を頼まれたのかは全く見当もつかなかったが、車が見えなくなるまで敬礼していた。

さて、店に戻るかと振り返ると、中から騒がしい声が聞こえてくる。


「あ、ボブさんの、ちょっと良いとこ見てみたい!」


……まさか、これの後始末を頼まれたわけじゃないよな?


そんな事を思いながら、騒々しい店内へと戻るのだった。


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