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異世界殺し  作者: Tetsuさん
鋼鉄の光
188/831

187:庭園の守人

結局、クロガネ氏の言うとおり死を祓う霧の都(ニーベルハイム)はその姿を現したが、不気味なほどに沈黙を保っていた。


その沈黙は不気味だが、そんな騒乱の中にあっても人々の営みは変わらない。

日が落ちれば帰路につく人で交通網は溢れ、街中の家に灯りがつき、まるで昼間の騒乱が嘘のような日常生活が営まれていた。


それはまるで、ファステアの人々が現実から目を背け、日常にしがみ付こうとしているようにも感じていた。


日常を保とうとしている町を、足早に歩く会社員達の群れから外れて、俺達はクロガネ氏のオススメだという一件の古びたバーに向かう。

基地から向かうと繁華街の奥手にあるため、賑やかな繁華街を通り抜ける。


「……やっぱりロズノワル独立自治区に参加を……。」

「どうせいつもみたいに消えて……。」

「でも今度はあのでっかいのが……。」

「知ってるか?今夜にでもグートルーネが……。」

「噂じゃ王国からはあの“桃喰い”が来るとか……。」

「……グートルーネは負けるだろうな、こりゃやっぱりロズノワル独立自治区に行くか?」

「……シッ、帝国軍人だ……。」


日常で必死に覆い隠そうとしても、漏れ出る不穏な空気は隠しきれない。

ましてや誤魔化そうとしているとは言え、軍服で歩く俺達を見れば、人々は声を潜める。


軍服で歩きたくなどなかったが、私服などの私物は全てフクロウの巣(オイレネスト)にある。

届けて貰おうと数日前にも連絡を取っていたが、壊滅と再編の余波で、俺達の荷物は後回しになっていた。


結果、こうしてコクピットケースに収納していた軍服と来ていたパイロットスーツ位しか、外に出る服を持っていない状態なのだ。


「やれやれ、先に出て服でも買ってくれば良かったッスね。」


俺のぼやきに、アルベリヒ少尉がクスリと笑う。


「あ、いや、チャーリーの奴だったら、こっそり抜け出してでも買いに行ってたな、と思ってな。」


注目する俺達の視線、それに少し照れながら理由を話すアルベリヒ少尉の言葉に、俺達も同意して笑う。


「確かに。チャーリー曹長なら、“オイオイお前等、そんな格好じゃ子猫ちゃん達に失礼だろう?”とか言って、俺達の分まで持ってきそうですよね。」


「フフ、違いない。」


ボブの言葉で笑う俺達は、先程よりも気にならなくなった周囲の悪意を無視し、目的のバーに向かう。


そのバーを見あげたときに、俺は“あぁ、今回はここにあったのか”と、一人感慨にふける。


何時ぞやの世界では、王都にある酒場だった。

そこでは仲間が皆殺しにされていた記憶がある。

何時ぞやの世界では、2つ目の町にあるバーだったか。

そこでプロー領までのワープをした気がする。


記憶にあるこのバーは、場所は違えど全て同じ建物で、全て同じ内装だった。

今回もそうだろう。

何かの転換期には、このバーがあった。


ここでもまた、俺にとって何かが起きるのかも知れない。


そう思いバーに入ったが、ここで行われているのはある種の地獄絵図だった。





「あ、りゅーちゃんの!

ちょっと良いとこ見てみたい!」


クロガネ氏と、俺を通気口まで案内してくれたあの青年、劉志郎(りゅうしろう)と言ったか、彼等が既に出来上がっており、場がメチャクチャになっていた。


そう言うコールは、急性アルコール中毒になる危険な行為だから、いい大人の皆はやっちゃダメだぞ。


良い子なら?そもそも未成年は飲んじゃダメだ。

悪い子と悪い大人なら?

いや何にせよアカンがな。


「いやぁ、副長とりゅーのヤツがすいませんね。

ここに来ると大体あぁなんで。」


ゴリさんが入ってきた俺達に、カウンターに座るように手招きすると、ビールを注ぎながら笑う。

日常風景だったのか、これ。

って言うか、ゴリさんもさっき2人をたき付けてる側だったよね?

とは言え元の時代の癖で、ビールを注いで貰う事に恐縮しながらも、小隊の皆と静かにグラスを合わせる。

勿論、ここに来られなかった彼を想ってだ。



「全く、相変わらず五月蝿い連中だ。」


L字型のカウンター。

長い方に俺達が座り、短い方には誰も座っていなかったはずだ。

しかも入口は俺の背中にある。

入ってくれば、音か気配で感じられる位には鍛えている。


それでも尚、その男の存在に、言葉が発せられるまで気付かなかった。

黒髪を几帳面なまでに後ろに流して固めたオールバック。

黒を基調とした折り目正しい軍服は、帝国軍のモノとも王国軍のモノとも違う。


(マキーナ。コイツはいつ現れた?)


<不明です。認識出来ませんでした。>


マキーナすら認識できない方法で移動してきた男。

その存在に言葉を失っていると、ゴリさんがソーダ水の瓶を手に取る。


「おや、隊長も随分お早いお着きで。

いつも通りソーダ水で良いですよね?」


男は頷くとソーダ水の瓶を受け取り、自ら栓を抜いて中身を飲む。

全ての行動に、隙が無い。

仮に突然俺が殴りかかったとしても、次の瞬間床に伏しているのは俺の方だろう。

これが、この男達を率いる“隊長”と呼ばれる男かと冷や汗をかく。

圧縮されきった殺意の塊。

存在そのものが“死”を感じさせる。

ソーダ水を1口飲んで落ち着いたのか、彼が口を開く。


「初めまして、だな、帝国の方々。

俺は……。」


「たいちょぉ~ん、黒犬のAHM全部壊れちゃったよぉ~ん。

再建するから金貸してぇ~!」


「あ?んなもん帝国に行って金ふんだくってこい!

大体テメェ、この前も修繕費だっつって300万ラレクレジット持っていったばっかりだろうが!!」


クロガネ氏がベロベロになりながら“隊長”と呼ばれている男に絡み、金の無心をしている。

それに対して“隊長”と呼ばれる男は、微妙な表情を浮かべながら怒っている姿を見ると、先程までの恐怖に近い感情は霧散していた。


「ホラ副長、今大事な話してるからあっち行ってて。」


ゴリさんもこの状況になれてるのか、手慣れた様子でクロガネ氏を追い払う。


「あ、そうだ副長、この人のティーゲル、修理ついでにグランにしちゃって良いよね?」


「よきにはからえ~。」


クロガネ氏は幸せそうにそう言うと、また向こうの仲間達の輪に戻っていく。

ゴリさんが悪い笑顔を浮かべると、何処かに電話し出す。


「……こちら作戦成功。言質は取った。

すぐに取りかかれ、俺もすぐ行く。」


「あ、あの……。」


確実に俺の機体に何かしようとしているのを聞いて、流石に黙ってはいられなかったが、何をしようとしているのかが皆目見当もつかなかったため、遠慮がちに声をかける。

そんな俺に、ゴリさんは良い笑顔を向けるのであった。


「良イカラ良イカラ~、テリー二任セテ~。」


うわ色んな意味で懐かしい!

香辛料君元気かな?

いやいやそれどころじゃない!

胡散臭すぎる!


誰か一緒に止められるヤツはいないかと、周りを見る。

ボブが上半身裸になり、一緒になって向こうのグループと暴れている。


お前本当に自由だな。

アルベリヒ少尉もあっけにとられてそれを見るだけだ。

えぇいクソッ!味方が誰もいない!


「お、やってるねぇ。

ありゃゴリさん、もう帰るのかい?」


入口に向き直ると、“隊長”と呼ばれた男と同じタイプの軍服を着た、割と恰幅の良い中年男性がコートを脱ぎながらゴリさんに声をかける。

ゴリさんが“お(やかた)様、ギリギリで頼んだ資材は?”と声をかけると、“おぅ、間に合わせたよ”と、意味のわからないやり取りをしていたが、それを聞いたゴリさんは笑顔になり、手近にあったウイスキー瓶を掴むと店を出て行ってしまった。


「あ、隊長ももう来てたのか。

君にお客さんだよ。」


“お(やかた)様”と呼ばれていた男は、恰幅も良いが背も高かったので、後ろの人物に気付くのが遅れた。


「グ、グートルーネ閣下!?」


それはアルベリヒ少尉も同じだったらしく、その人物を見た瞬間、驚きながらも直立不動になり敬礼していた。


「よい、ここでの私は帝国軍の将軍ではなく、ただのグートルーネだ。

ただのグートルーネが、そこの御仁に会いに来た、それだけだ。」


言われて視線の先、“隊長”と呼ばれていた男を見る。

その男は、表情を変えることもなく静かにこちらを見ると、改めて口を開いた。


「直接お目にかかるのは初めまして、ですなグートルーネ殿。

私が当代当主、順太郎(じゅんたろう)竜胆(りんどう)です。」


“ロズノワルの龍”

“庭園の守人”

“共和国最後の騎士”


(いにしえ)の龍と呼ばれている家系。

その一族の末裔との、まさかの出会いだった。

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