186:震える山
-……そうして、我等は遂に手に入れた!
この力は建国の王が我等ロズノワルの民に託したモノだ!
そして我等は新たな指導者を得た!
その御言葉を聞け!ロズノワルの民よ!-
俺とボブはその姿を見て、解ってはいても衝撃を受ける。
覆面をした小太りの男が下がると、かつて宇宙船で、慰労会で出会った、あのサラ・ロズノワルが壇上に立ったのだ。
-この映像をご覧の皆様、私の名はサラ・ロズノワル。
かつて帝国と王国により家族を殺され、地を追われた一族の末裔です。
耐え難き日々を耐え、今ここに、皆様と共に立ち上がるために戻って参りました。-
「アイツら凄ぇな。
今までの放送と違って、惑星間通信基地の電波までジャックして、周辺宙域全てにこの放送流してやがるぜ。」
クロガネ氏が手元の端末を弄りながら、誰に言うとも無く呟く。
ベースボールキャップを被り、長髪を後ろで束ねている無精髭の男が、クロガネ氏の端末を覗き込む。
「これ、つまりはあそこの施設をちゃんと動かせてるって事かね。」
「RTさんもそう思う?」
意外なギャップだった。
あの狙撃をして見せたパイロット、もっと渋い男を想像していたが、意外にそうでも無い、どこにでもいそうなオッサンだった。
……こんな人が凄腕なのだから、やはり世界は広いな。
-長きにわたる雌伏の時は終わりを告げました。
今こそ我等は帝国、王国双方の支配から立ち上がる時です。
今だ信じられぬ者達もいるでしょう。
それは所詮夢物語だと、嘆く者もいるでしょう。
我等は今、力を手に入れました。
あなた方を救う力です。
その証左をこれよりお見せします。
我等ロズノワルの民に安寧を、そして世に平穏を。-
食堂の調味料入れがカタカタと鳴り出し、俺達は顔を見合わせる。
細かな振動はやがて大きくなり、食堂のテレビモニターも激しく踊り出す。
「何だ?地震か?」
モニターに映る映像は何かの空撮に変わっており、何となく見覚えのある山が映し出される。
大量の岩や土砂が崩れ落ち、木々がなぎ倒される。
そして、その下からせり出した無数の黒い建造物が白日の下にさらされる。
「そ、外を見てみろ!!」
ボブの声で、食堂の割れた窓ガラス越しにそれを見る。
テレビモニターで見た景色そのままに、“さすらい人の山”が崩れ、鋼鉄の城と無数の建造物とが、その姿を現していた。
「死を祓う霧の都……。
野郎、とうとう顕現させやがったな。」
クロガネ氏が、呻くように呟く。
モニターの中では、空撮の映像が続いている。
鋼鉄の城から黒を基調としたAHMが次々と現れ、一際大きい鋼鉄の城のような建物の前に整然と並ぶ。
映像がまた切り替わり、先程の壇上を映し出す。
-これこそがロズノワルに受け継がれし秘宝、死を祓う霧の都!
虐げられた人々よ、今こそ我等は帝国と王国を打倒する!
蜂起せよ!そして集え!
我等ロズノワルの未来を、共にこの手で掴み取りましょう!
また、帝国、王国両陣営に警告します。
我等の民を襲う者、我等の城を襲う者に、我等は一切の加減をせずにそれを撃滅します。-
演説はまだ続いているが、俺はクロガネ氏の言葉が気になっていた。
彼は、アレが何なのか知っていた。
チラリと彼を見ると、端末に何かを打ち込んでいたが、それが終わったのか或いは俺の視線に気づいたのが、ふと顔を上げて俺を見る。
「ん?何だい?」
「いや、何か知ってるんじゃないかと思いまして。」
クロガネ氏は“うーん、どうしようかなぁ……?”と呟くと、何かを考えているのか上を見上げる。
「……アルベリヒ少尉、今回の件でウチは大損害だ。
この修理費、請求させて貰って良いかなぁ?
それと、この後は後続の帝国軍さん達に引き継いだら、“黒犬傭兵団は”お暇させていただきますよ?
“お前のトコはパイロットが余ってるんだから、AHMを支給するから乗って戦え”って言われても、契約に無いから拒否しまっせ?」
アルベリヒ少尉が“修理費は可能な限り交渉する。後の話は承知した。”と答えると、クロガネ氏は満足そうに頷く。
「結構。
なら、最後に置き土産を。
詳細は話せないけど、お伽話なら。」
かつて、様々な惑星を開拓していた時代。
新しい惑星に降り立つことは、ギャンブルのような側面があった。
かつての母星とよく似た環境下にあっても、人体に有害な黴が蔓延しており、移民船から降り立った人々がそれを吸い込み、体の内側から腐り、全滅する事故があった。
同じ様に別の惑星に降り立ち、そこで粘性生物に襲われ骨も残さず溶かされた移民船もあった。
折角人類が生息できる星なのに、知性を持つ無数の大型昆虫が巣くっており、全滅させられた移民船もあった。
様々な事故を経験した人類は、1つの船を生み出した。
“外敵の脅威を排除し、人類が生存に適した環境を製造する船”
その船は単体で宇宙航行、大気圏内航行、自力での惑星降下・離脱が可能であり、ナノマシンの霧で微生物の研究・改良・駆除を実施できる。
船内では作業用無人AHMを生産する事も可能で、船のメンテナンス、地上の開拓、大型脅威への対処など、ナノマシンだけでは対処しきれない物事にも対応しつつ、星を開拓する。
開拓後には星を飛び立ち、また未開拓の惑星に向かう。
惑星に降り立ち、ナノマシンの霧が噴霧され、人が住めない死の大地を造り変えるその姿から、その船は設計した技術者達から“死を祓う霧の都”と名付けられ、量産されたそうだ。
「なるほど。
要はアレは、惑星開拓機能がついた宇宙空母の1隻という所か。」
アルベリヒ少尉がそう理解したことを伝えると、クロガネ氏は苦笑いになる。
「そこまでだったら、ね。
それに、当時の水準ではアレは作業艦であって、空母では無いみたいよ?
アレが生産するのは原生生物排除兼作業用の50~60tクラスレベルで、戦闘用AHMは90tクラスから、という考え方だったらしいからね。」
その作業用ですら、今の主戦力という訳だ。
昔の人類はどこまでの科学力を持っていたのか興味があるが、それはまた今度聞くとしよう。
「惑星開拓をしていると、時には宇宙にまで浸食してくるレベルの外敵がいたりしたらしい。
そこであの船には、当時の戦艦ですら搭載していない、最終兵器とも言える砲台が積んであるんだ。」
その最終兵器の名は“惑星粉砕砲”。
名前の通り、あまりにも人類の生存に適さない、しかも人類全体の脅威となり得る存在がある惑星を丸々破壊するための、“死を祓う霧の都”に搭載された、まさしく最終兵器だ。
俺もボブも、そしてアルベリヒ少尉もその話を聞いて青ざめる。
先程クロガネ氏は“戦艦ですら搭載していない”と言っていたが、それは当たり前だ。
戦争とは、とどのつまり経済活動の一環だ。
制圧し、後に利益を生み出させる筈の星を失っては、軍事行動の意味は無い。
それをやってしまったら、もはやそれは人類滅亡の為の絶滅戦争と何も変わりは無い。
「あ、あなた方は、その、……今後どうする予定なのか?」
アルベリヒ少尉が、言葉を選びながら問う。
この状況、俺達だけでは手に余りすぎる。
まさしく世界の命運を賭けた戦いになりかねない。
「む~、そうさなぁ。
“犬”は何もしないだろうね。」
クロガネ氏は、そこでニヤリと皮肉げな笑いを浮かべる。
「“猫”はどうだか解らないね。
気紛れだから。
まぁそんな事今悩んでも仕方ないからさ、取りあえず今晩は飲みに行こうよ。
あの船だって、完全起動には4~5日はかかるだろうし。」
それだけ言うと、彼等はまた基地の片付けに戻っていった。
残された俺達は、何とも言えない表情で互いに顔を見合わせるのだった。




