185:再結成
死んだと思った。
対人用であれば鉄の矢は短いが、対AHM用のフレシェット弾はもはや、鉄の槍に等しい。
チャーリー曹長の近くにいた俺のティーゲルも、当然拡散範囲内だ。
意味は無いが、目をつむりながら両腕を交差して顔前を守る。
雨のように地面に突き刺さる轟音、チャーリー曹長のタウベに響く鉄の雨音。
だが、俺の機体には着弾の感触が無い。
恐る恐る目を開けると、俺の機体の前に、先程の彼、レイニーと呼ばれた彼の、アンテナを無数に生やしたような機体が両手を突き出すようにして立っていた。
その機体の先には、薄い青に光る大きなガラス板のようなモノが展開されていて、俺達に降り注ぐ筈だった全ての鉄の矢が、中空で止められていた。
「エ、エーテルシールド……。」
訓練生の時に、あの図書室で読んだ本の中にあった。
大昔の機体は、特に100tクラスを動かすためには高度なエーテルの圧縮・展開技術が必要不可欠であり、当時の機体はその副産物としてソードやシールドにまでその技術を応用させていたらしい。
重量も無く、100tクラスともなれば戦艦の荷電粒子砲すら防ぐその盾は非常に強力だったが、部品は全て希少価値の塊であり、尚且つ高度な整備施設も必要なため、今やロストテクノロジーになっていたはずだ。
[危ない危ない。バンカーバスターとかじゃ無くて助かった。
この機体じゃ流石にそこまでは防げないからなぁ。]
事も無げにそう言うと、エーテルシールドの展開を止める。
先程は気付かなかったが、四隅に小型の発信機の様な物がシールドを展開していたようで、それらは展開が止まると小さく折りたたまれ、まるで紐で引かれているかのようにスルリと両肩に収まった。
目の前の機体の全長や体型を見るに、100tクラスでは決して無い。
恐らく60tか、あって70tクラスだ。
とても搭載できる代物じゃ無いモノを、目の前の機体は当たり前のように搭載している。
あまりの荒唐無稽さに、もはや驚きも通り越していた。
もう、多分これ以上は何を見ても驚かない自信がある。
ただ、そうこうしている間にも、空中を飛ぶ要塞からはその後も立て続けに砲弾を撃ち込まれ、ファステア城砦都市の主要軍事施設を次々と蹂躙していった。
主戦場から外れており、防衛の主力をブラックドッグ傭兵団に任せていたファステアは、さしたる抵抗もできぬまま瓦解していった。
あの空を飛ぶ要塞が遺跡の方に飛び去った後には、まるで嵐が過ぎ去った後のような壊滅的な傷痕が、駐屯地にも広がっていた。
その残骸の中、血が滲む包帯を頭に巻いたアルベリヒ少尉が、チャーリー曹長の愛機“タウベ”に近付いて行くのが見え、俺と、ギリギリAHMに入っていて無事だったボブも、その後ろについて行く。
俺達に気付き、チラと後ろを振り返ったが、またタウベに目線を向け、そしてその場に座り込む。
「忠義の代償が、この有り様か……。
なぁチャーリー、お前が信じた事は、一体何だったんだろうな。」
アルベリヒ少尉がポツリと呟き、3人とも無言でタウベを見上げる。
タウベは膝を付き、天を見上げ右腕のバルカン砲を突き出すような姿勢で擱座している。
俺にはそれが、天の御使いに救いを求める、敬虔な信徒に見えていた。
[フ、フフ、フフフフフ、やってくれるじゃねぇか糞野郎共。
……各員、被害報告をしろ。]
無線機からクロガネ氏の怒りが伝わる。
報告を聞いていると、軽傷を除く人的被害はほとんどなかったが、格納庫で起動し始めていたAHMを含めて、殆どのAHMが対AHM用フレシェット弾を受けて、行動不能に陥っていた。
何も無いところで受けていればチャーリー曹長のタウベの様になっていただろうが、格納庫内にいた事が幸いし、どの機体もコクピットまで届く致命弾は無かったようだ。
だが、もうあの要塞を止められない。
いや、正直ここまでの被害を見ると俺達の機体が起動できていても、実際止められたかは怪しい。
まぁ、あの“自称”ブラックドッグ傭兵団なら止められたかもしれんが。
「アルベリヒ少尉、これから我々はどうしたもんですかね?」
ボブは近くのフレシェット弾から出た鉄の矢に寄りかかると、呟くようにアルベリヒ少尉にそう尋ねる。
「あの浮いてたデカいの、クロガネ氏曰く“空中要塞”と言うらしいが、恐らく狙いは俺達が見つけたあの遺跡だろう。」
アルベリヒ少尉は胸のポケットからスキットルを取り出し、1口煽る。
蓋はせずに俺とボブにも進めてくれた為、俺も遠慮せずに屈んで受け取ると1口煽り、ボブに回す。
清涼な森の中で感じる焚き火の煙、不快では無く、それ自体が森の薫りなのだと感じるスモーク感。
喉ごしは清らかな森の水、しかし喉を焼く力強さと複雑さをも備えており、何となく和の奥ゆかしさも感じる、繊細で複雑な蒸留酒だ。
これは、酒保などでは絶対に買えない。
“良い酒飲んでるな”とチラリと思う。
「俺達のAHMは、セーダイのティーゲル以外はすぐに修理できるモノじゃ無い。
いや、セーダイのティーゲルもそれなりのダメージを受けてはいるか。」
ボブのファルケとアルベリヒ少尉のカーズウァも、フレシェット弾の洗礼でボコボコだ。
そして俺のティーゲルも、突撃で押し出したときに格納庫出口にぶつけ、その後地面を転がるという行動から、少なくないダメージを負っていた。
「ティーゲルはここの連中に修理して貰える様に話は付けた。
俺とボブの機体はタリエシン少将に依頼済みだ。
明日には降下してくるが、今や首都ヴァールは例の“ロズノワル独立自治区”を名乗る奴等が暴れており、大混乱の最中にある。
だから、機体が届くまで数日はかかるだろう。」
俺は煙草に火を付けると、1口吸ってボブに渡す。
ボブも1口吸うと、アルベリヒ少尉に渡す。
「チャーリー曹長は、いや、チャーリーがあんなことを考えていたとは知らなかった。
アイツはムードメーカーで、いつも飄々としていたからな。
もっと話を聞いてやるべきだったと、今になって色々と思い出す。
アイツが俺達を裏切って、教団の手引きをしたのも、何か理由があったのかもしれん。
……それでも。」
少尉も紫煙を吐き出しながら、言葉を続ける。
「……それでも、あの死に方を、俺は許せない。
命がけで任務を達成した兵士を嘲笑う、あの行為を、俺は許せない。
俺は機体を受け取り次第、あの遺跡付近に降下しているはずの要塞攻略部隊に志願する。
お前達は好きにしていい。
ここでの復興を手伝っても構わん。
……そうだボブ、配置転換希望、今なら聞いてやれるぞ?」
俺とボブは目を見合わせ、そして段々とお互い笑いが出てくる。
「少尉殿、美味しいところは独り占め、ってのは、良くないんじゃ無いですかね?」
俺はニヤリと笑いながら、調子を合わせてやる。
「何だボブ、お前、無事に退役して学校行きたかったんじゃねぇのかよ?」
「それも大事だがよ?
どっかの誰かさんにまた“意気地無し”呼ばわりされるのも癪だしな。」
またお互いに笑い出す。
アルベリヒ少尉は立ち上がり土埃を払うと、姿勢を正す。
俺達も姿勢を正し、少尉に対し敬礼する。
「「ウィザード3小隊は今だ健在です!
ご命令とあらば、見事あの要塞へ突撃してみせます!」」
「ウム、俺達はまだ終わっていないと、奴等に見せつけてやるか。」
アルベリヒ少尉も敬礼を返し、そして笑いが零れる。
「おぉ~い、ウィザードさん達~!
今テレビで奴等の放送やってるぜ~!」
ボロボロになった食堂から、“自称”ブラックドッグ傭兵団の面々が俺達を呼ぶ。
俺達はその放送とやらを見るために、力強く食堂に駆け出した。




