184:破滅を呼ぶモノ
通気口を這い進み、時折見える金網部分から現在地を確認する。
もう少し進んだ先に、俺の機体の背面に繫がる通路がある。
その通路のメンテナンスハッチから出て、機体に飛び乗れば良いのか。
だが、ティーゲルのコクピットハッチが開いていない。
<メンテナンスハッチから飛び出す瞬間に合わせ、コクピットを開きます。>
どうしたものかと悩みながら進んでいると、マキーナから通信が入る。
いやはや、流石マキーナ先生だ。
安堵しつつ、通気口のメンテナンスハッチまでたどり着く。
[あー、あー、犯人に告ぐ、お前はもう包囲されているぞ。]
俺がそこまでたどり着くタイミングを見ていたようだ。
クロガネ氏が棒読みで台詞を放つと、タウベのショルダーカノンが入口に向けて発砲していた。
入口は轟音と共に吹き飛び、その形状はもはやそこが入口だったのか穴だったのか、認識できない程に撃ち抜かれていた。
チャーリー曹長は“裏で隠れていたパイロットを何人かは巻き込めたはず”と、感じているのだろうか?
追加で右腕のバルカン砲が火を噴き、その穴を更に広げると、今度はゆっくりとショルダーカノンの銃口を無人のAHMに合わせる。
[聞いたことも無い雑魚傭兵団が、調子に乗るなよ?
テメェん所のゴミAHM、ここでバラバラにしてやってもいいんだぞ?]
[そりゃ勉強不足だな?
ウチは信用第一・実績二の次でそこそこ名の売れた傭兵団なんだぜ?]
チャーリー曹長の言葉に動じる事無く、更にクロガネ氏は煽る。
……いや実績は気にしようか。
[……フン、まぁ安心しなよ、何も皆殺しにしようって訳じゃない。
AHM相手に生身で挑んだところで、ろくな結果になりゃしないだろ?
今飛来しているあれが通過するまで、もう少し大人しくしててくれりゃいい。
そうしたら俺も引き上げさせて貰うぜ。]
チャーリー曹長の発言を受けて、クロガネ氏は少し耐えていたようだが、耐えられずに遂には笑い出す。
ひとしきり笑い終えた所で、チャーリー曹長が“何がおかしい?”と問うた事へ、その答えを返す。
[うーん、50点。
“AHMは鍛えられた肉体の延長線上にあるものだ”ってのが、昔の教えでね。
兵士ってのは、最後は自身の肉体が物を言うんだぜ?]
そのメッセージと共に、歩兵携行用ロケット砲が音を立てながらタウベのカメラアイに向かう。
[今だ。]
その無線と共に、俺は通気口のメンテナンスハッチを蹴り飛ばして走る。
俺の走りに合わせて機体のバックパックがスライドし、機体の頭が下を向くとコクピットハッチがせり上がる。
「バイオドロイドのクソッタレ~!!」
「馬鹿、それ番組が違う!!」
「やべ、なんて言うか決めてなかった!!」
格納庫のアチコチから隊員達が飛び出し、好き勝手なことを口走りながらペイント弾やら特殊発煙弾やらをタウベに浴びせかける。
アレではカメラアイの洗浄も追い付かないし、発煙弾はレーダーやセンサーを阻害する物質が含まれている。
流石の陽動だ。
俺はせり出したコクピットハッチに捕まると、梯子を滑り降り、コクピットシートに座る。
その間にもタウベはデタラメにバルカン砲を撒き散らすが、隊員達は撃てばAHMの後ろに隠れる、ヒットアンドアウェイ戦法で弾幕が途切れる事は無い。
「エンジン、イグニッション!」
ティーゲルに火が灯り、機体が振動と共にゆっくりと前に進む。
機体の前のタラップを押しのけ、左手にミドルソードを持たせる。
「チャーリー曹長、貴方を捕縛させて頂く。」
[させるかよ!新兵!!]
左手のソードを振り下ろすと、タウベは右手のバルカン砲の砲身カバーでそれを受け止める。
タウベが左の長距離ミサイルを持ち上げるのが見えたので、ティーゲルの右手でミサイルコンテナを押さえ込む。
この構図は訓練の時に見た。
ならお前は、次にショルダーカノンを使う気だろう。
俺も両肩の9連装短距離ミサイルを選択し、そして迷う。
この距離でミサイルの雨を浴びせれば、間違いなくチャーリー曹長は死ぬ。
だが、撃たなければ俺が死ぬ。
「ジャンプジェットを使え!!」
一瞬の迷いの中、無線機からゴリさんの声が響く。
その手があったか!
「行くぞマキーナ!!
ジャンプジェット、水平方向!!
突撃ぃ!!」
<お任せを。>
背面にあるブースターを水平に向け、圧力を一気に解放する。
動きかけたオートカノンの砲身の内側に入り込みながら、タウベを押し込む。
ミシミシと嫌な音を立ててはいるが、少しずつ少しずつ、格納庫出口に向けてタウベを押し出し始める。
[糞がぁ!離れろぉっ!]
タウベも脚部ローラーで粘るが、所詮は40tクラス。
60tクラスの推進力で、徐々に機体が押されていく。
「嫌だね。
チャーリー曹長、俺と一緒に大地を削る処女飛行と洒落込みましょうや。」
[はぁなぁせぇ~!!]
タウベのショルダーカノンがまたしてもこちらを捕らえようとしていたが、ここでやっと冷静になることが出来、“そう言えばより細かい操作ができるようになっていたな”と思い出す。
早速、肩にある9連装短距離ミサイルの1発だけを使い、ショルダーカノンの可動域を狙い破壊する。
“こんな撃ち方も、今までは出来なかったなぁ”という思いが頭をよぎりつつ、その一撃による小さな爆発がキッカケとなり、一気にタウベを押し出し始める。
遂に、ティーゲルのローラーダッシュと背面ブースターの推進力で、格納庫出口の壁をぶち破りつつ、表に飛び出す。
「こなくそぉ!」
もつれ合い転がり合いながら格納庫の外に飛び出したが、そこで機体が大きく滑り掴んでいたタウベを離してしまう。
ブースターを使い続けていた俺の方がより酷く転がってしまい、目を回しながらも状況を確認する。
タウベは40tクラスなだけあり、数回転転がると先に起き上がっていた。
ショルダーカノンは壊していたが、両腕の武器はまだ使える。
左腕の長距離ミサイルがこちらを向き、“ここまでか”と思ったときに、タウベの左腕が突然爆発する。
[なっ……!?]
俺もチャーリー曹長も、事態が飲み込めないでいた。
見たところ、外見的には損傷は無かった。
内部に不具合が出ていたのだろうか?
[こちらRT、初弾命中。次はどこを狙う?]
落ち着いた男性の声が、無線機から流れる。
その後、木霊のような残響音を機体が拾っていた。
超長距離狙撃。
音が後からやって来るような距離から、タウベの左腕のミサイルだけを狙ったって事か。
[クソッ!クソッ!
セーダイ、お前だって、ボブだって!
元を辿ればエメリキ系人種じゃないのか!?
何故解らない!!
そんなに帝国の犬でいるのが嬉しいか!!]
機体のアチコチからエラー表示が出ているが、何とか膝立ちまでは機体を起こす。
「知らねぇよ。
イデオロギーじゃ腹は膨れないんだぜ?
知ってるか?」
[なら、腹も減らないようにしてやるよ!!]
タウベが残された右腕のバルカン砲をこちらに向けようとして、そしてその場で急加速で旋回を始める。
“何故ぇ!?”とチャーリー曹長が絶叫しているのが聞こえる。
[あー、ゴメンゴメン。
君の機体ハッキングしやすかったから、照準感度を2,700倍くらい上げちゃった。
まぁ、頑張って照準合わせてよ、てへ。]
そう言いながら、機体のアチコチからアンテナを生やしたような見慣れぬ機体が歩いてくる。
無線でも“うわ、レイニーさんのあれが始まったわ”とか“可哀想に……”という他のパイロット達がドン引きしている音声が聞こえる。
タウベは一人で旋回しすぎて転倒したが、そのコクピットからは笑いが聞こえていた。
まぁ、こんな訳の分からない部隊を相手にして、正気を保つ方が難しいかとも思ったが、どうもそうでは無かった。
[ヒ、ヒヒヒ、……俺自身の結果は上手く行かなかったようだがな。
……だが、本来の目的は果たさせて貰ったぜ。]
不意に太陽を遮る影が現れ、カメラをそちらに向ける。
そこには、カメラの視界いっぱいに、大型の要塞が映し出されていた。
[破滅を招く厄災の指輪……。]
クロガネ氏が、圧倒されたかのようにボソリと呟く。
だが、すぐに正気を取り戻したのか、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
[やっすん、隊長とお館様に連絡を!
ゴリさん、基地の全員をシェルターに!
パイロットは直ちにAHMに搭乗!
それとRT、あの空中要塞の機関部を狙えないか?]
[すいません副長、基地から距離をとりすぎました。
射程範囲外です。]
慌ただしく動く中、チャーリー曹長のタウベが空を見上げる。
[ハハハ!やりましたよ教皇猊下!!姫様!!
御身を無事に通過させましたよ!!]
空に浮く要塞に語りかけるが、その要塞からの回答は無慈悲なモノだった。
[各員!対空警戒!!多分フレシェットが来るぞ!!]
クロガネ氏の言葉とほぼ同時に、要塞の一部がチカチカと光った。
光から飛び出した黒点が空中で破裂し、細かな何かが広がる。
次の瞬間、大地に夥しい数の鉄の矢が、タウベを中心に降り注いでいた。




