183:裏切り
いつもの陽気な喧騒とは違う、何処か緊迫感のある昼食だった。
「なぁモノ、あの放送で言ってた“秘宝”ってさ、アレのことだよな?」
ボブが小声でそう俺に伝えてくる。
考えていることは一緒のようだ。
「……多分な。
だが、知れ渡るまで随分早くねぇか?と考えていたところだ。」
アルベリヒ少尉が首都本部に連絡して、恐らくはそこからタリエシン少将に連絡が飛んだのだろう。
星間通信を傍受できる科学技術は、昔からそんなに発展していなかったようだ。
それこそ、ロズノワル共和国がやや抜きん出ていたようだが、それでも1~2日で読み取れるモノでは無かったと、訓練生時代のあの図書館で知っていた。
となると、アルベリヒ少尉自身が横流ししたか、本部に内通者がいたのか。
あの教団、恐らくこの帝国内で1番裕福な組織だろう。
そのおこぼれに与りたい輩はどこにでもいるとは思うが、あまりアルベリヒ少尉がそう言う人間には見えなかったが……。
「ん?……なぁモノ、あれ、何だろうな?」
ボブに言われ、俺は後ろを振り返り窓の外を見る。
鬱蒼と茂る森の向こう、首都ニベルングの方向から、幾つもの白煙や黒煙が立ち上っているのが見える。
食堂にいた他の隊員達も、ポツポツと気付き始める。
段々と皆、何が起きているのかと窓に集まり、そちらの方向を見る。
外にいる者達も、何となくそちらの方を見る。
「なぁボブ、あそこに黒い点みたいなのが見えないか?」
見ていると、空に黒い点があることに気付いた。
最初はガラスの汚れかと思ったが、それが徐々に大きくなっていることに気付いた。
[各員に通達。
ファステア城砦都市に向け、正体不明の飛行物体有り。
警戒度高、AHM搭乗可能な者はAHMに乗り込み待機せよ。]
俺達は即座に格納庫へと駆け出す。
パイロットスーツを着用し、ヘルメットを持って格納庫の中に入ろうとして、ブラックドッグのパイロット達が入口付近で立ち止まっているのが見える。
何をしているんだ?
こんな所で油売ってる暇は無いだろうに?
「待て、セーダイさん。今ここから出るのはヤバい。」
押しのけて機体に向かおうとしたときに、ブラックドッグのパイロット達に止められる。
“ヘルメットを被ってみろ”と言われ、ヘルメットを被る。
被ると瞬時に視覚共有が行われ、格納庫内部の状況がウィンドウに映る。
[申し訳ないですねアルベリヒ少尉。
今オタク等をAHMに乗せるわけには行かないんですよ。
そこの入口から誰か出てこようとしたら撃ちますんで、そう皆様にお伝えくださいな。]
管制室にいるらしいアルベリヒ少尉と、AHMに乗るチャーリー曹長の声が無線から流れる。
別モニターで、彼のタウベに搭載されているショルダーカノンが、俺達のいる格納庫入口に向けていることが解る。
[落ち着けチャーリー曹長。何故こんな事をする?]
アルベリヒ少尉の声を聞いて、最初は小さなノイズと思ったソレは、段々と大きくなり、そしてチャーリー曹長の笑い声だとわかる。
[……クカッカッカッカ!
“落ち着け”?落ち着けですって?
フン、俺は十分落ち着いてますよ、アルベリヒ少尉殿。
少なくとも、今どうしていいか分からないアンタよりはね。
これは俺達旧ロズノワル共和国国民の、エメリキ人の悲願だったんだ。
ディタニア人のアンタには解るまい!
帝国も王国も、俺達から見れば同じ圧制者だ!]
そうだ、チャーリー曹長は“この星の住人”という話だ。
ならば、内通者はコイツだったのか。
思い返せば、遺跡発見の後でトイレと言って単独行動を取っていた。
この基地に来てからも、基本単独行動をしていた。
あまり意識していなかったが、その単独行動中に教団の連中と連絡を取り合っていたのか。
[……クロガネより各員。]
ブラックドッグの専用回線に通信が入る。
視覚同調させて貰っている俺とボブにも、その音声が聞こえる。
静かだが、何処か怒気を孕んだ声だった。
「こちらゴーリキー、ゲスト2です。」
ゴリさんが即座に回答を入れる。
多分“よそ者が2人聞いてるぞ”という事を伝えているのだろう。
[構わん。本件は隊長にも了承を得ている。
現在別働隊のレイニーとRTが急行中だが、到着まで30分かかる。
……現状、コクピットに潜り込める可能性が高いのは誰の機体だ。]
「多分、現状でヤツの死角になっているのはティーゲルだけです。」
ゴリさんが即座に答える。
整備兵を束ねているだけあって、現在の機体の位置は記憶しているようだ。
それを聞いた他の隊員達が“やらせるのは可哀想じゃ無い?”や“今からティーゲルのパイロット設定を変更するのはどうか?”といった意見を言い出し、無線機が騒がしくなる。
てっきり“アイツらの身内なんだから、アイツらにやらせろ”的なバッシングが出るかと思っていたが、そう言った話は全く出ない。
むしろ“素人にやらせるのは可哀想だろう”という、自分達に絶対の自信を持った強者の発想だった。
とはいえ、それが今出来る最善なら、それをやるだけだ。
第一、自分でも思ったじゃないか。
これは言ってしまえば、彼等は巻き込まれただけの、俺達の身内の恥なのだから。
「身内のやらかしだ、むしろこちらが“ご迷惑をおかけ致しまして”とお詫びするところでしょう。
俺に出来ることがあれば、やりますよ。」
通信に割り込み、そう声をかける。
ボブも同じ気持ちのようだ。
“フラッシュグレネード持って反対側から陽動かけるか?”と提案を出していた。
ブラックドッグの面々は目を丸くしていたが、段々と笑いが止まらなくなる。
「副長、お聞きの通りです。
ミスタ・セーダイとミスタ・ボブは協力してくれるそうです。
今更ですが、人物は俺が保証しますよ。」
ゴリさんが笑いながらクロガネ氏に返答する。
[良いだろう。
……セーダイさん、ボブさん、ここからの内容はお二人の間だけで留め置くよう、お願いしますよ。]
何かを始めるのだろう。
俺とボブは互いに“了解”とかえすと、無線機の内容が突然明るくなる。
[オッケー、“白猫”の諸君、久々のパーティーだ!
敵はあろう事か、我等ロズノワル共和国軍を敵に回す、俺達の名を騙るファッキン偽物軍隊モドキだ!]
薄々と、そうじゃないかとは思っていた。
やたらとロズノワル共和国系機体に詳しかったり、先の所属不明部隊での鮮やかな立ち回りといい、ただの傭兵団では無いのでは無いか?とは思っていた。
ただ、まさか噂の亡霊達とは思いも寄らなかった。
“白猫”と呼ばれたパイロット達のくぐもった笑い声が無線機から溢れる。
前を見れば、“ブラックドッグ”だと思っていた奴等のヘルメットにあるカメラアイが、全員赤く光っている。
それは暗闇に身を伏せて、飛び出すタイミングをじっと待つ、猫科の肉食獣の視線だった。
[諸君、あの不届き者に、少しだけ俺達の戦争を教育してやれ。]
音も無く、入口から彼等が立ち去る。
ゴリさんはボブを連れて姿を消した。
俺はと戸惑っていると、後ろから“こっちだ”と、パイロットスーツの誰かに誘導され、音を殺してその後ろを着いて歩く。
前を歩くパイロットスーツ姿の男は、時々こちらを振り返り何かを感心していた。
「アンタ、ウチの副長みたいな歩き方してんな。
あ、悪い意味じゃねぇよ。」
あのクロガネ氏も、何か武道をやっているのだろうか?
時間があれば手合わせしたいところだが、今はそんな時じゃないな。
前を歩く男は通気口の蓋を開け、俺に振り返る。
「この通気口を進むと、アンタの機体の裏手に出る。
俺達が陽動かけるから、その隙に乗り込んでくれ。
乗り込んだら、何とかして格納庫からあの機体を叩き出してくれるとありがたい。」
「オーケー、任された。
えぇと……。」
俺は頷くと、サムズアップを返す。
彼を何て呼んで良いかが解らず口篭もると、すぐに返事をくれた。
「あぁ、俺は劉志郎だ。
よろしくな、セーダイさん。」
「了解、リューさん。
期待には応えてみせるよ。」
狭い通気口の中を這い進む。
さぁ、俺の愛機の初お披露目だ。




