182:暗転と開幕
「お?あ、へぇ~、こんな事も出来るのか。」
俺は“旧共和国仕様のコクピット”に夢中になっていた。
俺の感覚としては、単純に帝国軍仕様から全身のロック機構が無くなり、今まで音声切り替えだった武器選択が手元で出来る様になっただけだ。
むしろ慣れてしまうと、もう帝国軍仕様には戻れない。
それくらい自由度が高く便利だった。
その事を着きっきりで調整してくれたゴリさんに伝えると、“元々帝国仕様も王国仕様も、共和国仕様の練習用がベースだったからなぁ”と笑っていた。
ここの人達は、ボブが感動するくらいAHMに詳しい。
特に、今となってはあまり残っていない旧共和国仕様の兵器にも詳しいのだ。
やはり、民間は色んな事を勉強しているのだと教えられる。
ボブの奴も、“軍隊辞めたらここに就職しようかな”と考えているらしく、クロガネ氏から入社方法などを詳しく聞いていたので、ここぞとばかりにイジッておいた。
そんな少しだけノンビリした日々を送り、気付けばファステア城砦都市に来てから丸3日が過ぎようとしていた。
フクロウの巣には別の中隊が在籍しており、ちょうどファステア城砦都市には帝国軍は置いていなかったので、行き場所を失った俺達はそのままここに異動となっていた。
そんな理由もあり、皆の機体の整備や俺の機体の組み立て、ついでに俺の慣熟訓練と、慌ただしくもノンビリした時間が過ぎて行っていたのだ。
ただその間に、この星の情勢は着々と変わっていた。
まずは帝国側であるが、遺跡のことは公になってはいないが、この星に“グートルーネ中将”と“タリエシン少将”が向かっている、と言う情報は既に公然の秘密になっていた。
この二人が来ると言うことは、当然大部隊が動く。
帝国領の人々は、“遂にグートルーネ将軍が決着を付けに来た”と噂し合っていた。
この情報は王国もすぐに察知する。
王国側でも、同様の大部隊が補充されるという情報と、長年グートルーネ将軍と戦い、勝ち星の多い王国の少将、“桃喰い”ガヘイン将軍がN-3に向かっているという情報も、いつもの“DJリリィのラジオ”からキャッチしていた。
ただ、帝国と王国、双方が大軍を展開すると言うことは、この星が酷い戦火にさらされることを意味しており、古くからこの星に住んでいる住民達には酷い不評を買っており、両国共に元々いた住民達による反戦気運が高まっており、戦争反対運動が目に見えて活発化していた。
[よし、セーダイさん、今日はここまでにしておこうか。]
「了解です。マキーナ、シミュレーターを機動終了してくれ。」
<システム、シャットダウンします。お疲れ様でした。>
シェイカーから出ると、ヘルメットを外す。
目の前には整備中の俺の機体。
ちょっとニヤニヤしてしまう。
60tクラス主天使級AHM、元はフォッケティーガー社というメーカーの“ティーゲル”という機体らしい。
元々は旧共和国軍の機体だが、コクピット回りやOSは帝国仕様に変更されていたらしいそれを、今回の修復で本来の共和国軍仕様に戻したらしい。
“両手持ち”であり、右手に保持する中口径オートカノンライフル、両肩は9連装短距離ミサイルが2器ずつ設置され、左手にも中口径バルカン砲を保持している。
右腰には小型バルカン砲が設置しており、左腰には手投げでも使えるグレネードが2発設置されている。
オマケで腰の後ろに王国軍機から奪った大剣、これは彼等は“ミドルソード”と言っていたが、それを設置してある。
そして何より。
背面にジャンプジェットを装備している。
ジャンプジェットは空が自由に飛べるわけでは無く、その名の通りただジャンプし滑空するだけではあるが、これがあれば三次元機動が可能になるのだ。
何かもう、俺の専用機じゃね?
この機体強くね?
という気持ちが先行し、見る度にニヤニヤしてしまう。
「そこまで喜んでくれるなら、整備士冥利に尽きるってもんだな。」
ゴリさんが飲み物を渡してくれながら、嬉しげにそう話す。
“ゴリさん”とはあだ名だと思っていたが、彼の本名は“ゴーリ・ゴルシェヴィキ・ゴーリキー”というらしく、あだ名と言うよりは愛称のようだ。
そして始めは彼を整備兵だと思っていたが、実は彼はパイロットでもあるらしい。
何でも、この間の戦いで見かけた大型キャタピラのタンクタイプの機体が、彼の愛機らしい。
「いや、マジで感謝してますよ。
こんなスゲェ機体に乗れるとは思ってませんでしたからね。
でもやっぱり、整備に携わっていると色んな機体のことを知ってるんですね?」
本当に他意無く嬉しさを伝えたが、ゴリさんは一瞬だけ表情を曇らすと、機体に目を移す。
「……本当はコイツも、“グラン・ティーゲル”の姿に戻してやりたかったがな。」
よく聞き取れなかったので“何か?”と問うたが、“そんな事より、そろそろ昼飯だぜ?”と返されてしまう。
遅れるといつも、ボブが俺の分を勝手に注文して勝手に食う事を思い出し、慌てて食堂に向かう。
だが食堂に着くと食事時の喧騒は無く、全員が食堂に1つだけあるテレビの回りに集まり、何も言わず画面を凝視していた。
-……という声明が映像の中で出されており、フルデペシェ領N-3区大統領からは“看過できない問題”として、軍部による戒厳令を発令、首都ニベルングは戒厳体制に入りました。
また、王国プロー領代表統治組織からも、“反乱分子には断固とした態度で臨む”という声明を同日に出しております。
ではここでもう一度送られてきた映像を振り返ります。-
アナウンサーが話した後で、画面が切り替わる。
ホームビデオで撮られたような、解像度の荒い動画だった。
その荒い画像の中で、背の低い小太りの男が演説台のような壇上に立っている。
顔は覆面をしているため、どういう顔立ちかはわからない。
-我々は元々ロズノワルの民であり、ロズノワルの元で自由と平和を謳歌していた!
それを後から来た帝国と王国が我々を引き裂き、互いに殺し合わせている!
こんな事はもうたくさんだ!
今こそ我々は、本来の自由を取り戻す!
帝国にも王国にも縛られない、新たな秩序の構築だ!
今ここに、我等は“ロズノワル独立自治区”を宣言する!
ロズノワルの民達よ、今こそ立ち上がれ!
“ロズノワルの秘宝”が、我等をお守り下さる!
ロズノワル、万歳!!-
映像がまた切り替わり、スタジオの中を映し出す。
先程のアナウンサーやコメンテーターが、今の映像に対し否定的なコメントをしているようだ。
「……思い出を美化しすぎだ、マヌケ。」
テーブルに腰をかけ、黙っていたクロガネ氏がポツリと漏らす。
だが、俺達に気付くと疲れたような笑顔を向ける。
「いやぁ、面倒なことになっちまいましたねぇ?
まぁ、あと数日でそちらの偉い将軍さん達が大部隊を引き連れていらっしゃるから、そしたら鎮圧されるでしょうかねぇ?」
アルベリヒ少尉は画面を睨み付けたまま動かない。
言葉を発していなくとも、その姿は“そんな事はありえない”と雄弁に語っているようだった。
王国と帝国の争いに、新しい勢力が加わってしまった。
全てがぶつかり合えば、どんな結果になるのか。
それに、映像で言っていた“ロズノワルの秘宝”とは、俺達が発見したあの遺跡のことでは無いのか?
どこから漏れた?
ここに来るまでの間で、本隊と通信をしていたのはアルベリヒ少尉だけだ。
ではアルベリヒ少尉が実は内通者なのか?
「なぁ、モノ。」
アルベリヒ少尉の横顔を盗み見ながら考え事をしていた俺に、ふとボブが何かを思い付いたように話しかけてきた。
「何だよ?金なら貸さねぇぞ?」
「馬鹿、今借りてどうするんだよ。
それは今晩の飲み屋で貸してくれ。
……いや違う、今の演説してたヤツだけどよ、アイツに似てねぇか?」
何を言いたいのか解らず、ボブを見る。
って言うか借りるのは前提なのかよ。
「ホラ、慰労会の時の。
サラ姫様の隣にいたチビ蛙。
……なんて名前だったか?」
思わず目を開く。
そうだ、何故コレを忘れていたのか。
“ロズノワル独立自治区”を謳うには、丁度良い神輿があるじゃないか。
“サラ・ロズノワル”を確保したフリード教団の教皇。
ミーメ・ファーフ教皇。
確かに、あの映像のシルエットは似ていた。
「あ、アルベリヒ少尉、すぐに首都に連絡を。
ミーメ・ファーフ教皇とサラ姫はどうしているのか、すぐに確認頂けますか……。」
声が震える。
アルベリヒ少尉も青ざめるのが解る。
“本部への直通無線はこっちだ”と、クロガネ氏がアルベリヒ少尉を連れて、駆けていく。
恐ろしい何かが、始まった予感がしていた。




