181:つかの間の休息
[よーし、コイツらの機体を回収して、さっさと戻るぞー。]
気の抜けた声が無線機から響き、先程まで戦闘していたとは思えない長閑さでそれぞれの機体が回収作業を始める。
[副長、ウィザードさん所の歩けない機体は、アッシが運べばいいでヤンスか?]
またもや気の抜けた声が無線機から響く。
作業指示をしていると思われるカーズウァの改造機の頭がこちらを見たかと思うと、通信が入る。
[ウィザード3小隊、そちらの機体を運搬するか?]
何とも言えない俺に代わり、アルベリヒ少尉が答えてくれる。
[頼めるか?搬送代はいくらだ?]
[いやいや、それくらいはロハでやりますって。
やっすん、頼めるか?]
“へーい”というノンビリとした回答と共に、ファルケの改造型が近付いてくる。
その機体は最早、ファルケの原型を留めていなかった。
右腕のオートカノンが外され、代わりに3本の大型クローアームになっている。
左腕も同じ形状になっており、両腕とも中心部にバルカン砲が内蔵している。
そのお陰で軽くなったからか、垂直ミサイルが背面両胴に大量に設置されており、追加で正面両胴にも9連装短距離ミサイルがそれぞれ設置されているという、ミサイルのお化けみたいなAHMだった。
その機体はクローで器用に俺の機体を掴むと起き上がらせ、自身の背面ラッチに接続する。
[よいしょっと。どうでヤンスか?]
こういったマニュアル操作に随分と手慣れている様子で、殆ど衝撃を感じなかった。
俺は左腕で改造機にしがみつかせると、問題ない旨を返す。
彼等にとってはマニュアル操作は当たり前なのか、俺の操作を見ても何事もないように“了解でヤンス”と返され、鼻歌交じりに残りの破片を拾い集めながら、基地へ歩き出す。
やっぱり上には上がいるんだなぁ。
ちょっと自尊心が傷付いた気がするが、何も考えないようにしておく。
小隊の他の3機は何とか自力で動けるようだったので、そのまま歩行移動で基地に向かう。
ブラックドッグ傭兵団には、変わった形状の機体しかない。
俺達が基地に向かう最中も、下半身が大型戦車のようなキャタピラの機体が、落ちてる部品1つまでも逃すまいと、戦闘跡を走りまくっていた。
……なんだろう、その姿を見ると“力こそパワー”とか、“ガッチターン”という言葉が脳裏をよぎる。
いや駄目だ、これ以上見てはいけない気がする。
暫く黙々と移動すると、ファステア城砦都市が見える。
主戦場から遠い割に、“城砦”の名の通り堅牢な作りだった。
周辺をAHMでも渡れない程度の堀が巡らされ、正面と裏口以外は通行が出来ないようになっている。
堀の内側には、都市を完全に囲むように城壁が取り囲んでいる。
城壁といっても、大昔の岩や石を積み重ねて出来たモノでも、コンクリート製な訳でも無い。
あまり見たことが無い金属で出来た、異質な技術の城壁だった。
ハッキリ言ってしまえばこの防備、帝国首都“ヴァール”よりも堅牢だろう。
確実に対AHMを意識した作りになっている。
“なんでこっちを首都にしなかったんだろう?”という疑問が湧いた頃、ブラックドッグ傭兵団で“副長”と呼ばれていた男の声が、ガイドの様に無線機から流れる。
[はいはーい、えー、正面に見えますこちらがファステア城砦都市となります。
なんでも昔は王国側貴族の、プロー伯爵家のお城だったとか。
度重なる戦争や開拓の影響で、こちら側が帝国の領地になってしまい、しかも首都ニベルングの方が色々便利になったから、多くの人が移り住んじゃって人口は減少。
結局、王国側首都“ライン”との戦線からも少し外れているので、都市とは名ばかりの、割と戦線から浮いてる過疎地域となりましてございます。]
聞いていて、なるほどなぁと思うのと共に、少しだけ違和感を感じていた。
いや、クロガネ氏のバスガイドのような口調にでは無い。
確かにここは“さすらい人の山”に向かうには少し距離が離れている。
しかも地形の利便性を考えると、ニベルング=ライン間を結ぶとなると、大きく北側に飛び出ているため、ちょっと不便だ。
だが、その程度の理由でこんなに“忘れ去られた城”の様になるだろうか?
あの遺跡の入口に関してもそうだ。
これではまるで、“意図的に忘れ去ろうとした”様な、或いは“あの遺跡から遠ざけようとした”様な、何とも言えない違和感を感じる。
過疎地域と言ってもそれなりに人は居るらしい。
そこそこ人通りや車通りがある大通りを抜けて、彼等の基地に到着する。
ブラックドック傭兵団の面々は、機体をハンガーに格納すると、すぐにパイロットスーツの上から整備兵用のツナギを着て、慌ただしく戦利品の運搬を始めた。
俺達のような軍隊とは違い、“何でも自分達でやらなければならない”という、熱気というか活気に満ちあふれていた。
「ウヒョー!見ろよコレ、新品のオートカノンだぜ!?」
「こっちのカメラアイ、レーザーのレンズに転用できるヌコン社の奴じゃねぇか!!」
前言撤回。
コイツら、これが楽しみのようだ。
そのたくましさに俺達があっけにとられていると、カーズウァの改造機から降りてきた男が、苦笑いをしながらこちらに近寄ってくる。
「ここ最近、ロクな戦闘も無かったもんでね、この辺は目こぼしして貰うと有り難いですよ。
あぁ、初めまして、この黒犬民間傭兵社の社長をやってる、スチル・クロガネと申します。」
「帝国軍フルデペシェ領所属、第3機甲連隊第1大隊第2中隊第3小隊の隊長をやっている、アルベリヒ少尉だ。」
クロガネと名乗る向こうの代表と、アルベリヒ少尉は握手を交わす。
でもあれ?さっきクロガネ氏は“副長”って仲間が言ってたような……?
「副長、あの片足無いファルケ、どうします?」
早速仲間が彼を“副長”と呼び、話しかけてきていた。
クロガネ氏は何だかばつの悪そうな顔をすると、“僕が社長名義なんですけどね、実際の隊長はウチの会長なんですよ”と、まるで言い訳のように俺達に説明していた。
「ところで、今話題に出ていたそちらのファルケ、どうします?
正直ここまでぶっ壊れていると、ウチの在庫にもパーツ無いから修理できないんですよね。」
そのまま続けてクロガネ氏がそう言うと、アルベリヒ少尉も考え込んでしまい、流石に答えが出せない。
俺達が答えに困っていると、回収した所属不明機をバラして良いかを問うため、ゴリラのような厳つい大男が聞きにきた。
その彼を見て、クロガネ氏は何かを思い付く。
「そうだ、ゴリさん。
あの拾ってきたヤツ、どれか修理するってのはイケる?」
あ、ホントにゴリさんって名前かあだ名なのね。
ゴリさんと呼ばれたツナギ姿の男は、所属不明機を振り返ると少しだけ考え込み、言葉を発する。
「……そうだなぁ。
まぁあの機体、4機とも共和……いやフォッケティーガー社の60tクラスAHM“ティーゲル”がベースっぽいから、4個イチすりゃ1機位は組み立てられるんじゃねぇか?
むしろあのファルケの方が頭が痛いな。
ダメージがフレームまで行っちまってるから、修理しろって言われたら全バラしを考えるレベルだぜ、あれ。」
「マジで!?あれフォッケティーガー社のなの!?」
何故か突然、ボブが驚きと共に反応を示し、所属不明機に走り寄りアレコレ見始める。
折角俺が“知っているのか!?ライデ……いやボブ!!”とボケようとしたのに、そんな事お構いなしにAHMに駆け出して行きやがった。
このAHMマニアめ。
挙げ句にボブは傭兵団の連中とも意気投合し始め、向こうの人からアレコレ機体の説明を聞き始めていた。
「……と、言うことなんですが、如何ですかアルベリヒ少尉殿。
今ならお友達価格で、お安くしときまっせ~。」
クロガネ氏のニチャリとした笑顔で迫られ、アルベリヒ少尉は“む……。”と言いながらも、少し考える。
機体を壊している以上俺は何も言えないし、チャーリー曹長はあまり興味が無さそうに、トイレにでも行きたいのか少しソワソワしているようだった。
「……やれやれ、仕方ないか。
わかった、クロガネさん。
あの損傷したファルケをそちらに渡す。
それとの差額を軍で支払うので、あの60tクラスを使えるようにして欲しい。」
「毎度あり!さささ、そう言うことでしたら契約書をお持ちしますので、こちらの応接室にどーぞどーぞ。
おぉい、誰かお茶持って来い!」
クロガネ氏は手の平を返したように爽やかな笑顔で揉み手をすると、俺達を応接室に誘導する。
ボブは整備の方々と語り合うようだ。
チャーリー曹長も、余り関係なさそうだからと、トイレの場所を聞いていた。
結局、俺とアルベリヒ少尉だけで応接室に向かおうとしたところ、先程のゴリさんと呼ばれていた男が俺達を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待った!
あの壊れたファルケに乗ってたパイロット、誰です?」
アルベリヒ少尉が俺を見る。
嫌な予感がしたが、仕方なく“あの……、自分ですが”と名乗り出る。
「そうか、アンタか。
いや、アンタ、良かったら共和国仕様のコクピットに変える気は無いか?
いや待った、これは性急過ぎたな。
よし、まずは体験してみないか?
ちょうどシミュレーターが空いているんだ!
さぁ早く!」
アルベリヒ少尉に助けを求めるべく目線を送るが、見返してきた少尉の目には“行ってこい”と書いてあった。
全く、変わった傭兵団の連中だ。




