180:濁流
「えぇい!退け!!」
「い、いけませんグートルーネ閣下!
御身はこちらの、東方戦線の最高司令官なのです!
御身にもしもの事があれば……。」
グートルーネ将軍が自身の執務室を出たところで、彼の専属秘書官から止められる。
流石のグートルーネも、自分を止める秘書官の女性を殴り倒して進もうとするほど狂ってはいない。
ただ、必死に自分を止める、この美しい女性に困りながら吠えていた。
「……閣下、荒れておりますわね。」
その押し問答を繰り広げるグートルーネと秘書官に近付く様に、エレベーターから出て来たタリエシンが歩み寄る。
「おぉ、タリエシン!貴様の報告見たぞ!
伝説と思っていたあの遺跡、まさか発見できるとはな!」
「それで、閣下は向かわれる予定ですの?」
タリエシンは困った顔をしながら、グートルーネに問う。
そのタリエシンの表情に何かを察し、グートルーネの気迫が消える。
「……何が起きている?」
タリエシンは言うべきか、そうで無いかを悩み、そして告げる。
「教団が動き始めました。」
グートルーネはその言葉を聞き、腕を組むと静かに目を閉じる。
小さな沈黙の時が流れ、秘書官が険しい表情で見つめる。
考えを纏めたグートルーネは目を開けると、秘書官に静かに微笑む。
「我が身を案ずるお前の忠義、いつも嬉しく思う。
だがすまぬ、これはフルデペシェ家の問題でもあるのだ。
末席に名を連ねる者として、責務を果たさねばならん。」
秘書官は大粒の涙を流し、しかし道を譲る。
取り出したハンカチで涙を拭うと、通信機を手に取る。
「……グートルーネ親衛隊各員に通達。
10分以内に完全装備にて、シャトルに……、集合、せよ。」
「すまぬ。」
グートルーネは静かに秘書官に告げると、先程のような前のめりではなく、背筋をのばし静かに歩を進める。
「……閣下、お供致しますわ。」
そのグートルーネの斜め後ろを、静かにタリエシンが続く。
「うむ、着いてこい。」
去りゆく彼等の後ろでは、秘書官が崩れ落ち、静かに泣いていた。
そんなやり取りがあり、彼等がN-3に来たのだと、俺は後に知ることになる。
世界は容赦なく、濁流のように流れていく。
俺や、俺以外の全てを飲み込んで。
[ウィザード31、現状の戦力では勝ち目が無いッスよ。
ここはやり過ごしましょう。]
珍しくチャーリー曹長が声を荒げ、アルベリヒ少尉に進言する。
確かにそうだ。
先程の状況確認で、アルベリヒ少尉のカーズウァは手持ち式のバルカン砲が残り1マガジン、2連9式連装短距離ミサイルが各2斉射分、右肩のオートカノンは残弾10発。
ボブ機は右腕部のオートカノン脱落、9連装短距離ミサイルが1斉射分、左腕部バルカン砲は残量約半分。
チャーリー曹長機は右腕部のバルカン砲が同じく残量約半分くらいで、左肩のオートカノンが15発、左腕部の長距離ミサイルは残0。
俺の機体も右腕部のオートカノンが10発に、左腕部のバルカン砲が残量約1/5、後は拾った大剣のみだ。
各機体、装甲は言うまでも無くボロボロだ。
相手がギリギリ偵察機の小隊とかなら勝てなくも無いかな?と言うレベルだが、同重量以上ならほぼ勝ち目が無い。
後は相手の技量が低いことを祈るしか無い。
この状態では、生き残ることを優先するならば、見過ごすのが賢明ではあるだろう。
だがここで見過ごせば、後の友軍に被害が出ることは必然だ。
[ウィザード32、俺達は帝国軍人だ。
後に続く仲間のためにも、その指命は果たさねばならん。]
そうだろうな。
俺達は最早個人では無く、帝国軍という全体の一部だ。
なら、やるしかない。
“了解”の意志を皆伝え、全員が覚悟を決める。
アルベリヒ少尉が、オープン回線で所属不明部隊に呼びかけを始める。
[前方を移動中の所属不明部隊に告ぐ。
こちらは帝国軍フルデペシェ領所属、第3機甲連隊第1大隊第2中隊第3小隊の隊長だ。
そちらの敵味方識別信号が表示されていない。
所属を明らかにせよ。
明らかにせずにこれ以上進軍するなら撃墜する。
繰り返す……。]
所属不明部隊からの返事は無い。
いや、“回答”はあった。
[ロックオンアラート!?
各機散開しろ!!]
強襲艇の両側面のハッチが下向きに開き、4機のAHMが滑るように出撃すると、長距離ミサイルをこちらに向けて発射してきたのだ。
俺達は急ぎ散開すると、先程までの位置にミサイルの雨が降り注ぐ。
チャーリー曹長の機体には標準装備として電子欺瞞装備がある。
それが幸いしたらしく、チャーリー曹長の機体が近くにいたことから、ロックオンの精度が少し落ちていたらしい。
「マキーナ!あの機体はなんだ!?」
<登録が無く、改造も酷いため形式不明です。
振動音等から推定し、4機とも60tクラス主天使級と判断します。>
クソッ!最悪だ。
相手の方が圧倒的な重量で、当然整備も行き届いていやがるだろう。
対するこちらは4機ともスクラップ同然だ。
「形式不明!敵全機主天使級!!」
降り注ぐオートカノンやバルカン砲、ミサイルの雨を必死に避けながら、何とかそれだけを伝える。
回避していてもバルカン砲はどうしても避けられない瞬間がある。
鈍い音を立てて肩や腰の装甲が弾け飛び、機体の状況を示すモニターには、“損傷”を意味する赤い光が次々と表示される。
「嘘だろ!?ここでかよ!!」
機体モニター上の脚部に赤い光が急激に広がり、機体の足がつったようにビクリと動かなくなる。
ローラーダッシュが出来なくなり、動きが止まったところに集中砲火を受け、機体の左足が爆発、その勢いで転倒する。
敵4機の砲身がこちらを向いたとき、死を覚悟した。
[さぁせるかぁ!!]
アルベリヒ少尉の機体が盾を前に突き出しながら、俺の機体の前に立ち塞がる。
駄目だ、それでは2人とも死ぬだけだ。
その盾はもうボロボロで盾の形をしているだけだ。
オートカノンが1発でも当たれば、簡単に砕ける。
俺は死を覚悟したが、その瞬間は訪れなかった。
砲身をこちらに向けた次の瞬間、敵部隊の周囲に長距離ミサイルが着弾する。
ミサイルが飛んできた方向、そちらを見ると、右肩に黒い犬のエンブレムを付けたファルケやカーズウァを改造した機体が、小高い丘に姿を現していた。
[……何かこういう、騎兵隊の参上みたいな登場の仕方、俺好きじゃ無いんだけどなぁ。]
通信機からは若めの男の声が、そうぼやく。
[まぁ仕方ないか。
こちら、ファステア城砦都市配備の黒犬民間傭兵団だ。
ウィザード3、助けがいるか?]
[こちらウィザード31、ブラックドック、帝国軍交戦規定第8条二項の適用を願いたい。]
登場した騎兵隊は、どうやら味方の傭兵団だった。
この意図せぬ増援の登場に、所属不明部隊は混乱しているのが感じられる。
[かかる弾と資材は?]
[ウチ持ちだ、領収証はタリエシン少将宛で頼む。]
交渉成立のようだ。
“流石帝国、太っ腹だね”と無線の男は笑うと、部下に指示を飛ばす。
[よし、各機、聞いての通りだ!
これよりここは黒犬の集会場だ!
……食い破っちまえ。]
小高い丘から8機のAHMが躍り出る。
そこからは、一瞬の出来事だった。
いかに60tクラスとはいえ、8機のAHMに囲まれれば勝ち目は無い。
ただ、AHM同士の戦いに本来は一方的な戦いは無い。
撃ち合えば、差はあれども双方何かしらの被害は受ける。
だが、傭兵団の連中はバルカン砲1つ喰らうこと無く、鮮やかに倒していた。
並の軍隊以上、いや、精鋭と言われる奴等と同等か、それ以上の練度だ。
何故こんな手練れの傭兵が、こんな意味も無い場所を守っているのか見当もつかない。
もはやそれは、一方的な蹂躙でしかなかった。
それでも所属不明部隊は最後まで抵抗し、むこうの強襲艇は脱出に成功していた。
ただ、その強襲艇から更に小型の移動車輌が出ていたのだが、その時の俺達はそこまで気付くことが出来なかった。




