179:蠢き
-ハーイ、帝国軍の皆、元気してる?N-3ラジオ、始まるわよ!この番組は……-
[やれやれ、もうそんな時間か。
よし、ここらで一旦休憩といこう。]
ウィザード34から流れてくるラジオで、時間の感覚が戻ってくる。
薄暗い森の中を、黙々とAHMを動かしていたから意識出来ていなかったが、気付けばだいぶ腹も減っていた。
俺達は機体を集めて膝立ちにさせ、偽装ネットを被せる。
シートの裏側に収納してあるサバイバルキットと食糧を取り出し、腹ごしらえを始める。
-……を、お送りしました。
う~ん、旧世紀には、まだまだ隠れた名曲があるわね。
隠れたといえば、我が軍の燃える水平原基地を強襲したウィザード3小隊の皆は元気かな?
我が王国軍は、“人道的見地”からあなた方の救助のため、さすらい人の山をくまなく探しています。-
「ハハッ、嘘つけ。」
ボブが鼻で笑う。
そりゃそうだ。
ハイキングに来て遭難したのとは、訳が違う。
-そろそろご飯が乏しくなっちゃっているんじゃないかな?
暖かいご飯とお風呂と、そして暖かいベッドが待っていますよ!
お近くの王国軍に声をかけてみて下さいね!-
「んで、実際待ってるのはホースでぶっかけられるシャワーに黴だらけの軍用糧食、木の板の寝床だろうなぁ。」
「なんだボブ、それじゃ今と大して変わらんでは無いか。」
珍しく、アルベリヒ少尉がこの状況を茶化す。
ボブはニヤリと笑いながら“むしろ今より良いかもですな”と肩をすくめていた。
「んじゃまぁ、仲良く懇親中に失礼しますよっと。」
チャーリー曹長が立ち上がると、茂みの方へと向かう。
アルベリヒ少尉が“どこへ行く?”と等と、“たまには地元の自然を感じながら、でっかい方をしたくてですね”と、暗にトイレに行くと言いながら消えていった。
アルベリヒ少尉もボブも苦笑いし、俺も“まぁ、そんなもんか”と食事を再開する。
パイロットシートには、一応そう言った機能も付いている。
機体に乗るときに身にまとうパイロットスーツにはギミックがついている。
パイロットシートにセットされたとき、股間部分も覆われるのだが、その際にシートの一部と接続され、生理現象の際はスーツを部分的に脱がせ、大小問わず対応することが出来る。
専用循環水での洗浄と空気清浄が行われた後で、またスーツを戻してくれるのだが、俺自身はやはりちゃんと拭かないと何だか落ち着かない気分になる。
チャーリー曹長もそうなんだろうと思うと、ちょっと親近感が湧く。
-……の電撃作戦、残念でした。さすらい人の山陣地の攻撃が始まった頃に、我等の英雄、“白の貴公子”改め“白の男爵”シン・スワリ男爵が間に合ってしまいました。
……帝国軍の皆さんは、運が無かったですね。
ウィザード3小隊の方々が攻撃をする直前に高地の奪還、そのままシン小隊は引き返し帝国軍プリースト中隊、ウィザード中隊を撃破しております。
でもでも、あの時基地に突撃し、最大限の被害を与えた後でそのまま退却できたウィザード3小隊の皆さんの腕は見事だったと、基地司令官も褒めておりましたよ?
特に最後、我が方のアイリス2機を屠ったファルケのウィザード33さんは、スカウトしたいくらいだそうです。
もしかして、ウィザード33はセーダイ軍曹だったのかしら?
是非、王国軍側に付くことも検討して下さいね。
そうそう、これはまだナイショなんですが、王国軍も一大反攻作戦を計画しています。
帝国軍の皆さんは、今のうちにこの戦いを中止することも考えてみてはどうでしょうか?
……さて、それでは先の戦闘で亡くなられました王国軍、帝国軍両兵士の皆さんと、今も山で迷子のウィザード3小隊の皆様へこの曲を……-
「……そうか、皆やられたんだったな。」
アルベリヒ少尉はポツリとそう漏らすと、食事を再開する。
改めて外部の情報でそれを聞かされると、余計に実感が湧く。
俺やボブと違い、アルベリヒ少尉はずっとあそこにいた。
戦友は、俺達の比じゃ無い位いるだろう。
チャーリー曹長も戻ってきてその空気を察したのか、俺達は何も言わず簡素な食事を終える。
食事後、アルベリヒ少尉に先程のデータを転送すると、アルベリヒ少尉は早速本部へと通信すると言い機体に戻っていった。
その間はチャーリー曹長とボブで周辺の警戒、俺は改めて機体の応急修理を行うことになった。
「アチッ!
……クソ、この部分と触れてやがったか。」
何かしらの激しい衝撃と被弾の影響で、機体の全身に血管のように巡っている、エーテル循環器のチューブの一部がケースから飛び出し、熱を持ちやすい駆動系に近いフレームに接触していた。
これが原因で加熱が起きているらしい。
ケース自体を交換しないといけないが、そんな部品は無い。
無理矢理チューブをケースに押し込め、割れた辺りをテープで巻き付けて補強するくらいしか、今は出来そうにない。
それでも修理しないよりは絶対的にマシなので、悪戦苦闘しながら応急修理をしていると、通信を終えたアルベリヒ少尉が自分の機体から降りてきた。
「セーダイ軍曹、ソイツは治りそうか?」
「いや、ここでの完全修復は無理ッスね。
応急修理が関の山ですよ。」
また強烈な衝撃を与えれば外れる可能性はあるが、それでも手持ちではこれが精一杯だ。
何とか修理を終え、装甲板を元に戻すと一息つく。
アルベリヒ少尉はその作業を見ながらも、どこか上の空で何かを考え続けていた。
「少尉、どうしたんですか?」
その姿が余りにも気になって、声をかける。
アルベリヒ少尉はビクリと驚くと、照れ隠しの様に頭をかいていた。
「いや、スマンな。
先程の件を報告したんだが、何か色々質問攻めにあってな。
ちょっと自分でも情報を整理していたんだ。」
「お、何か新しい命令でも下ったんスか?」
ちょうど、チャーリー曹長とボブが周辺警戒から戻ってきた。
“ちょうどいい”とばかりに、アルベリヒ少尉が俺達に向き直る。
「全員聞け。
今回発見したあの遺跡は最重要機密施設として、軍による極秘の調査部隊が組まれることとなった。
その為、この場所を王国軍に知らせるわけにはいかないという事で、一刻も早い移動の指示が出た。
ここから先、休憩無しでファステア城砦都市に向かう。……質問ある者はいるか?」
“うへぇ”というチャーリー曹長のため息が聞こえるが、全員異論を言うつもりは無い。
“よろしい、全員搭乗!”とアルベリヒ少尉が号令をかけると、俺達はそれぞれの機体に乗り込む。
チャーリー曹長が新ルートを俺達に共有する。
画面上の地図には、先程よりも更に険しい道を途中通るが、24時間でファステア城砦都市にたどり着くルートを示していた。
[最短ならこのルートだ。
この道なら歩兵すら寄り付かない道のりだから、交戦無しで明日の昼にはファステア城砦都市にたどり着けるはずだ。
……と、こんな道は如何ですかな、隊長殿。]
[ウィザード33、行けるか?]
チャーリー曹長の解説に、アルベリヒ少尉が俺の機体の状況を聞いてくる。
こっそりマキーナにも確認してみたが、行けなくは無さそうだ。
“問題ありません”と返すと、このルートでの行軍に決まる。
[よし、各員前進!]
号令と共に、俺達は強行軍を開始する。
行程は確かに過酷なモノではあったが、何とか山を越え、帝国領側の斜面へとたどり着くことは出来ていた。
機体を動かす疲労が出始めた頃、俺達は1機の陸上輸送機を発見し、緊張が走る。
最初は友軍の回収輸送機かと思っていた。
帝国軍で標準的に使われている、AHM小隊用の強襲艇だったからだ。
だが、そこに4機のAHMが既に積載されており、しかも敵味方識別信号は“不明”と出ている。
先程のアルベリヒ少尉の話から“帝国の調査部隊”かとも思ったが、IMFを表示しないのは余りにもおかしすぎる。
特務部隊ですら、作戦区域に到達するまでは識別信号を表示しておく。
自軍領内で味方に狙われるなど、無駄の極みだ。
その不明機の予測進路は、俺達が見つけた遺跡に向かっていると想定できた。
“帝国軍を偽装した所属不明部隊”
俺達は、判断を迫られていた。




