17:王都へ
部屋は実にシンプルで、ミニテーブルと椅子、それにベッドがあるだけだった。
ベッドは藁の上にシーツを敷いただけの物だったが、意外に寝心地が良く、くつろぐことが出来た。
「“マキーナ”“警戒モード”」
<マキーナ、警戒シマス>
念のための用心だったが、ここでは必要無いと理解していた。
ただの習慣付けのためだ。
眠りに落ちる前に、師匠の言葉を思いだしていた。
“一応言っておくが、人を殺せる練習はしても、人は殺すなよ。”
“一度それをやれば、面倒事の解決手段として、必ずそれが心に残る。”
“それが心に定着してしまえば、後は畜生道を進むしかない。”
“もう人の世界にはいられない”
あの時エル爺さんは“獣になりかかっとる”と言っていた。
確かにそうだ。
面倒だから、殺そうとした。
あの時師匠が言っていたのは、こういう事だったのかも知れない。
だが“不殺の誓い”が出来るほど、俺は傲慢でも無い。
2億年近く鍛えたが、結局“神の武器”には成す術も無かった。
その時が来たら、またそうせざるを得ないだろう。
こう思うことが、既に獣になりかかっているのかも知れない。
だがせめて、進んでこの手段を取らぬようにしよう。
そう考えているうちに、知らず眠りについていた。
夢も見ずに目が覚めると、太陽は割と高く昇っていた。
“もう昼ぐらいかな?”と思いながらも、それに気付いた。
当たり前のように行っていたが、“食事をし、睡眠をとった”という事実に驚く。
おおよそ2億年ぶりくらいか。
なにがしかの不都合が無ければいいが、今のところそれを確かめる術は無い。
マキーナに確認しても異常は無さそうだったので、あまり深く考えるのを止めた。
気にし過ぎるのも良くないだろう。
外の水場で顔を洗い、水洗式の洋式トイレで用をたす。
ファンタジー感の無さに凄い違和感を感じながらも、食堂で銅貨3枚を払い食事を取る。
外が賑やかなだったので女将さんに話を聞くと、どうやら明け方に例の賊共の根城を襲ったらしい。
2~3人しかいなかったらしく、しかも魔法使いがいなかったから、遠くからの弓矢と投石でカタがついたらしいと、色々物騒なことを聞いた。
“魔法使いいるんだ?”とも思ったが、口を挟まず聞いていた。
そして根城を漁ったところ連中色々持っていたらしく、それの山分けと、オマケ目当てに俺から聞いた戦闘跡に、人を集めてこれから向かうところだったから騒がしかったらしい。
“そろそろ移動しとくか”
行けば漁られた後だと気付く。
そうすれば俺に疑いの目が行く。
さっさと食事を済ませると、部屋に戻り身支度を始める。
ジャケットとワイシャツは畳んで通勤鞄に押し込む。
その通勤鞄はリュックにあった適当な布で包み、拾ったリュックの上にくくり付ける。
ズボンはどうしようも無いが、アンダーシャツにズボン姿でマントを羽織る。
ついでに頂いてきた剣も、鞘にフックがついていたのでベルトに引っかける。
それなりに旅人風に見えたところで、女将さんに礼を言って宿を後にする。
村の出入口の掘っ立て小屋には、エル爺さんが手を振っていた。
「おぉ、もう行きなさるか、気を付けてのぅ。」
同じく礼を言って去ろうとする俺に、エル爺さんはメダルを放り投げた。
受け止めたメダルを見ると、馬と剣が刻印された、古ぼけたメダルだった。
「昔、儂が王都に出入りするときに使っとった通行証じゃ。
良ければあんたさんに差し上げますわい。
儂ゃもう行かんからのぅ。」
人の優しさに触れて涙が出そうになったが、グッとこらえた。
“男が人前で泣くな”と、親父にもよく言われていたことを思い出す。
「ありがとうございます。
借りておきます。」
背を向けて歩き出す。
ここがファンタジーであろうとそうであろうと関係ない。
いつの時代、どこでだって、皆、今を生きているんだ。
胸に暖かいモノを感じながらも歩き出す俺に、エル爺さんの声が聞こえた。
「落ちてるモンを拾うのは、先に見つけたモノ勝ちじゃ!
別に気にせず、また来なされ!
次のお話をまっとるぞ!」
感動から、苦笑に変わる。
俺は足を止めず、そして振り向かず手を上げた。
あの賢人は、やはり騙せなかったらしい。
昼過ぎ位に村を出て、そろそろ夕日になりかけた頃、馬に乗った武装集団とすれ違った。
皆、あの馬車近くで倒れていた人間と似たような革鎧を着けていたので、お仲間かな?と思いながら道をあけた。
すれ違いながら
「我等王都の守護騎士隊である!
道を空けて頂き感謝する!
火急の件ゆえこれにて御免!」
と叫ばれたので、“お気になさらず~!”と後ろ姿に声をかけておいた。
あの森の件を確認しに行くんだろうなぁと思いながら、初めて見る騎士様にちょっと感動していた。
“王都って、どんなところなんだろう”と、童心にかえってワクワクしながら薄暗くなってきた道を歩いていると、今度は後ろが荷台になっている荷馬車が近付いてきた。
手綱を握っているのがスキンヘッドに顔中傷だらけのおっさんで、何か凄いアンバランスだった。
馬も心なしか怯えている。
荷馬車が俺の近くで止まると、おっさんが声をかけてきた。
思わず足だけ左前に構え、重心を落とす。
「オイにぃちゃん、この先に村はあるか?」
「何用があって、その問いをされたか?」
一瞬だけ緊張感が走ったが、すぐに男は強面の笑顔になり、胸元から鉄のプレートを取り出す。
「おぉすまねぇ、こんな見た目だけど俺は鉄一等級の冒険者でな。
悪さしに行くわけじゃねぇよ。
依頼でよ、この馬車をこの先にある村まで返せって言われたから、運んでる途中なんだ。」
少し気になることはあったが、この先に目的の村があることは伝えた。
昼頃出てきて、歩いて今ここにいると言ったら、男は少し考え込んだ。
「って事はちょうどここが中間点って訳か。
……おぅにぃちゃん、王都へも多分それくらいかかるぞ。
にぃちゃんこの辺で野営するのか?」
考えてなかったが、そういえばそうだ。
ちょっとしどろもどろになりながら、そのつもりだと話すと、“なら旅は道連れだ。俺も一緒に野営させてもらえんか。”と言われた。
“おっさん二人、野営、何も起こらないはずもなく……。”
“アッー!!”
みたいな事態は勘弁して欲しかったが、彼はさっさとかまどを作り、テントをはっていた。
……無論地面に。
仕方ないので、例の拝借した野営道具一式を苦戦しながら準備し、何とかお湯を沸かす頃には真っ暗になっていた。