178:火種
[おーい、滑り落ちるなよー。]
チャーリー曹長の呑気な声を聞きながら、足下の岩場が崩れないか確認しつつ進む。
[ウィザード33、焦らなくて良いぞ。]
アルベリヒ少尉も後ろを気にかけながら進んでくれる。
40tクラスで機体が軽いチャーリー曹長が先導し、岩肌に杭を打ち込む。
その後ろを、右腕のオートカノンが無くなってはいるが全体的にダメージの少ない、ボブのファルケがワイヤーをかけながら続く。
そのワイヤーをつたって、“シールド持ち”として前に出続けていたためダメージが酷い、アルベリヒ少尉のカーズウァが後に続く。
そして最後尾は俺のファルケだが、昨晩最後の戦闘でローラーダッシュ機構と脚部にダメージを受けていたらしい。
突き刺した杭を回収する事は簡単に出来るのだが、足の駆動部がまるで錆びたかのように重い。
機体全体の損傷はカーズウァより少ないが、動きはカーズウァよりも重たくなっていた。
「まいったね、こりゃっ……うわわわ!!」
脚部が異常な熱を感知して、突然足がつったかのようにビクリと動かなくなる。
その瞬間足を踏み外し、岩肌を滑り落ちる。
アルベリヒ少尉のカーズウァと繫がったワイヤーが、ビンと張った音を立て、宙吊り状態になりながらも何とか留まる。
機体同士をワイヤーで繋ぎながら移動していたことが幸いし、山肌を滑落し続けていくことは無かったが、下の景色に思わず冷や汗が出る。
さっきまではなだらかな斜面だったが、俺達が移動してる辺りはかなり切り立った崖状になっている。
チャーリー曹長曰く、この辺りはあまり現地の住民も立ち寄らない、“禁足の谷”と呼ばれている所らしい。
この辺りは木々が鬱蒼と生い茂っており昼でも薄暗く、しかも足場が急に無くなる。
そしてここで迷って崖から落ちた時に、山の方から探しても崖がせり出しているため、下が見えづらく落ちた人間を探せない事が多いらしい。
その為、この辺は現地の住民からは“立ち入ってはいけない、足を踏み入れてはいけない地”として、古くから伝承が残っているそうだ。
だが、そう言う場所であるからこそ、王国軍もここまで探しには来ないだろう。
ここを通れば、ファステア城砦都市までは3日でたどり着ける。
そう言う理由から、俺達はAHMでの強行軍を行っていたのだ。
[おい、大丈夫かウィザード33。
ヤバかったらお前の口座番号と暗証番号を教えてから落ちろよ?]
「うるせぇウィザード34。
お前には1ラレクレジットも残しちゃやらねぇよ。
……ん?なんだこれ?」
“どうした?”とアルベリヒ少尉に聞かれたので、俺は回答代わりにカメラの画像を小隊メンバーにリンクする。
岩肌が剥き出しの壁面に空いた穴。
いや、それだけなら違和感を感じなかったが、問題は穴の先。
穴の奥には、“確実に人工物の、鉄製の扉”が設置されていた。
[遺跡……。]
誰かがボソリと呟く。
このどうしようも無いほどの緊急事態に、またどうしようも無いほどの厄介事の種が舞い込んできたことを、俺は感じ取っていた。
[ウィザード33、その入口っぽいモノの情報が欲しい。少し確認してもらっていいか?]
アルベリヒ少尉がワイヤーを固定しながら、俺に問いかける。
機体は宙吊り状態に近いが、左腕で山肌にしがみついているため、機体を下りれば扉の前にある穴部分の足場に着地できそうだ。
“やってみます”と伝えると、コクピットハッチを開け、機体を伝って足場に下りる。
降りてみて周囲を見渡すと、ここが崖の下と言うことで上からは見えない。
下から見ても、何か窪みか穴らしきモノがあるな、位にしか解らないので、昇ろうとする奴はいないだろう。
もしかしたら“禁足の谷”と言うのは、これを隠すために大昔の人間が現地の人間に伝承として残し、何か歪んだ形で今まで伝えられていたと言うことでは無いだろうか?
そう考えると、この山の名称が“さすらい人の山”と言うのも、何かを暗示しているのだろうか。
そんな事を考えながら、扉の前に行く。
鉄の扉にはノブやレバーの様な物は何も無いが、開閉口らしきところに液晶らしきモノがある。
その液晶の隣に小さな四角くて赤い光が着いており、何か小さく文字が書いてある。
それは英語で「close」と書いてある。
そのすぐ下に同じ形状だが光が着いておらず、「open」と記載があった。
(指紋センサーとか、生体認証とか、そんな感じので開くようになっている、……のか?)
[どうだウィザード33?何かわかったか?]
アルベリヒ少尉の声で我に返る。
[あ、ええ、これ、見えますか?]
カメラをまた同調させて、小隊に共有する。
画像を見たアルベリヒ少尉が“古代文字だなぁ……。”と呟くのが印象的だった。
そうか、俺の知識はもはや古代人レベルか。
[ウィザード33、何か扉の上の方に、文字がねぇか?]
チャーリー曹長の言葉で、つられてライトを照らしながら上を見る。
上には英語で、「ロズノワルの末裔のために」と言う文字が書かれていた。
[……うーん、何かまた、古代文字ですね。]
チャーリー曹長がため息をつきながら、そんな感想を漏らす。
そうだろうな。
俺にはわかっても、この時代の人間にはチンプンカンプンだろう。
[よし、ご苦労だったウィザード33。
後のことは本部に任せよう。
それよりも俺達は早く脱出しないとな。
あぁ、一応規則だ、ウィザード33、そこの座標を登録しておけ。
本部に報告する時に、その情報も合わせて送る。]
液晶パネルに手を合わせてみたかったが、それで警報でも鳴られちゃたまらない。
俺は了解の返事を返すと、機体に戻り座標地点と周辺地形の詳細情報を記録させる。
ロズノワル共和国の科学技術は、当時ですら他の国家とは頭1つ飛び抜けていた。
ただ、今の帝国のように“技術は高くても、他の王家より人員がいない”と言う弱点があり、先の大戦はその弱点を突かれた物量作戦により、滅亡している。
滅亡を悟ったロズノワル共和国の軍部が、再興を期して当時の軍備の一部を、様々な惑星やアステロイド帯に隠しているという噂があり、俺達AHM乗りの兵士には、“遺跡やそれに該当したモノを発見した場合、現状を確認し報告せよ”という命令がおりていた。
だから中まで踏み込めと言われるかと思ったが、アルベリヒ少尉は堅実で助かった。
恐らくこれは他の世界で言うところの“迷宮”だろう。
こんなモノ、探索するのは命が幾つあっても足りやしない。
こう言うのは、専門の探索者にでも任せておけば良い。
触らぬ遺跡に祟り無しだ。
その後何とかワイヤーを引き上げてもらい、脚部の応急修理にとりかかる。
宙吊りにされていたことが良かったのか、脚部の異常加熱は収まっていて、エーテル循環器の損傷も簡単な修理をする事が出来た。
探索していなかったら、冷ますまでずっと待っていたことになる。
そう言う意味では丁度良い時間つぶしが出来たとも言え、“まぁ、悪い事ばかりじゃ無いな”と呑気なことを考えながら、山中行軍に戻るのであった。




