177:孤立無援
「……ノ、モノ。……おい、起きろ。」
意識が戻り、ボンヤリとした視界がハッキリとしてくる。
「……お、おぉ、もう交代か?」
前線基地から北部の森林に入り、安全圏と思われるまで北上し続けた。
全員の疲労が限界だったこともあり、追っ手を撒くことが出来た現状、夜明けを待って行動する方針となり、今は交代で仮眠休憩を取っていた。
「あぁ、後3時間で夜明けだ。よろしくな。」
眠たげなボブから毛布と双眼鏡を渡され、土や枝で偽装したAHMの上を指差す。
“よっこいしょ”と、完全におっさんのかけ声を発しながらAHMに登ると、窪みにはアルベリヒ少尉が既に座っていた。
短時間とは言え、やはり仮眠を取れたことは大きかったようだ。
多少スッキリした頭で観察すると、アルベリヒ少尉は無線機のヘッドホンを片耳を当てながら、険しい顔をしている。
取りあえずアルベリヒ少尉とは別の方向を向いて座り、毛布に包まる。
無線機から微かに聞こえる通信を何と無しに聞いていると、昨日俺達が強襲した“さすらい人の山”の山頂陣地が、王国軍に奪還されたらしい。
恐らく、王国軍“燃える水の平原”基地に本隊の突撃が無かったのは、この辺の事情が影響しているのだろうと思われる。
その後、アルベリヒ少尉は本部と少し話した後、ため息と共に通信機を置いた。
「皆が起きたら改めて話すが、俺達は制圧した山頂の陣地には戻らない。
このまま北上し、山脈を迂回してフクロウの巣に戻る。
一応、夜明けに補給部隊がこちらに来る様には依頼した。」
補給部隊に便乗して帰りたいところではあるが、こんな所にAHMを放置しては行けないし、貴重な戦力だ。
置いて逃げる選択肢は、俺達には無い。
「やれやれ、こうなりゃトコトン付き合いますよ。」
アルベリヒ少尉は“良い覚悟だ”とニヤリと笑う。
「そう言えば可愛い整備兵の話というのをだな……。」
だが、シリアスな空気はそれほど保たなかった。
先程の可愛い整備兵の話から、アルベリヒ少尉の故郷の話になり、家族の写真を見せて貰っていた。
写真には幸せそうな女性と赤ん坊が写っていた。
アルベリヒ少尉は次の希望勤務先として内勤を希望しており、後1年勤め上げれば、故郷の星に帰れると言っていた。
聞いていれば聞いているほど、死亡フラグにしか見えない。
やれやれ、フラグクラッシャーとしては、大いにそのフラグをぶち折ってやりたいところだ。
そんな事を思いながらも談笑をしていたら、いつしか夜明けを迎えていた。
俺はボブ達を起こしに行く為に下へ降りようとすると、アルベリヒ少尉は補給部隊との合流ポイント確認のためもう一度無線通信を行うと言い、無線機に向かっていた。
ボブ達を起こし、野営キットから電熱器を取り出すとスープを温める。
どうやらボブは寒くて眠れなかったらしい。
この星はある程度気温が安定しているが、やはり麓とはいえ山の、それも深夜早朝は冷え込む。
“早く帰ってベッドで寝たいぜ”とぼやくボブに、温めたコーンスープを渡していると、無線通信が終わったのか、アルベリヒ少尉が偽装したAHMの山から降りてきた。
「少尉もどうですか?温まります……よ……。」
その表情を見て、言葉が止まる。
その顔は憤怒のようでもあり、そして何かを決意した表情でもあった。
「皆に先に伝えておく。補給部隊は来ない。
また、今回の作戦に参加した第1中隊のプリースト中隊、第2中隊のウィザード中隊は、俺達を残して壊滅した。
……俺達は現状のまま、フクロウの巣までたどり着かなければならない。」
少しの沈黙、“了解”の回答。
そして食事の再開。
皆、何故とは問わなかった。
心の何処かで覚悟していた。
山の王国軍陣地を制圧するのに進軍した部隊は、フクロウの巣に配置していた第1、第2中隊だ。
それがやられたとなれば、前線基地は他から戦力を引っ張ってきてでも防備を固めざるを得ない。
またフクロウの巣の真後ろには、まだ幾つか基地があるとは言え、首都があるのだ。
そこまでの防備を固めようとするなら、俺達のようなはぐれた部隊に物資を運搬する余裕は無いだろう。
「……と言うわけで、これより我等ウィザード3小隊は単独で行軍し、障害は独力にて排除し、自力で目的地に向かう。
その為の、ある程度の俺の裁量は保証された。
何と驚け、あのタリエシン将軍直々の許可だ。」
俺も含め、皆、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
それはそうだろう。
たかが迷子の1小隊に、将軍直々に“ある程度は認めるから、お前等頑張って帰ってこい”という指示が出たのだ。
「ちゅ、中隊長くらいの指示なら“豪遊じゃ~!”とか言って近くの町でハメ外せますが、流石に将軍の指示だと、下手なこと出来ないッスねぇ……。」
チャーリー曹長でも、冷や汗をかきながらそう言うのがやっとのようだ。
“まぁ、信頼されてると思うことだ”とアルベリヒ少尉が笑うと、懐から地図を取り出し、地面に広げる。
皆、食器やコーヒーを手にしながら、それを囲むように座る。
アルベリヒ少尉は地図の大凡中心からやや北、山の麓を指差す。
「今俺達がいるのはこの辺りだ。
ここから海岸方面に近付く様に山を迂回し、ファステア城砦都市に向かう。
あそこには傭兵団が配備されてるが、帝国が雇った傭兵団だ。
整備・補給を見込めるかも知れない。」
余り期待の出来ない話だ。
傭兵団は雇われているとは言え、独立採算制を取っていることが多い。
定住用の最低限の管理費は出すが、使用した弾薬や消耗した装甲などは戦果に応じた支払いとなり、不足分は帝国から買わせる場合が多い。
なので、大体どの傭兵団もカツカツで運用しており、こちらに物資を回せる余裕があるとは思えなかった。
「それに、その頃には暖かい飯も恋しくなるだろうからな。」
皆で苦笑する。
AHMに詰めてある非常食は火を使わず、温めなくても食べられるようになっているが、必要なカロリーを摂取するためだけの食事であり、味のことはあまり考えられていない。
「問題は移動ルートなのだが……。」
ここでアルベリヒ少尉は言い淀む。
今の俺達の位置からすると、北西方向に山を突っ切るのが1番手っ取り早い。
ただそれは確実に山狩りをしている王国軍に見つかる。
かと言って、アルベリヒ少尉が当初想定していた、山を迂回して海岸方面に向かうような大きな迂回ルートでは、ファステア城砦都市にたどり着くまでに、1週間はかかる。
しかも平野部を移動するため、敵に発見されればやはり命は無い。
今日補給を受けられていれば行けなくも無かったが、今の損耗状態ではどちらも現実的では無い。
「アルベリヒ隊長、それこそこの俺、イケメン副隊長チャーリーちゃんの出番じゃないッスか。」
皆が微妙な視線をチャーリー曹長に送るが、“イケメンフラッシュ”と言わんばかりの、爽やかイケメンポーズを崩さずに彼はそれに答える。
「ま、まぁ、この星の生まれなら、多少は土地勘があるか。
頼むぞ、チャーリー曹長。」
「心↑配↓ご無用!
豪華客船にでも乗ったつもりで、まっかせてくださいよ!」
……その地球を防衛する軍の広報みたいな口調を聞くと、豪華客船が一気にタイタニック号になったように感じるんだけど?
俺とボブは顔を見合わせる。
2人とも、“不安だ”という言葉が顔に出ていた。
朝日を浴びて目覚めつつある静かな森の中で、チャーリー曹長の高笑いが響いていた。




