176:ショウ・ダウン
100mm自動装填砲の発砲音が鳴り響き、砲弾が空気を切り裂く。
甲高いその声は、まさしく隼の鳴き声か。
狙い違わず砲弾が櫓の照明を破壊し、その後ろにある銃座の弾薬に命中し、小さな爆炎を上げる。
[全機、突撃!]
その爆炎を合図に、森の中から俺達はローラーダッシュで突撃する。
基地に警報が鳴り響き、照明弾が打ち上がり、残った左側のサーチライトがこちらの姿を捕らえると、雨あられと弾丸が飛んでくる。
[今日はスポットライトはお断りでね!]
ウィザード32の長距離ミサイルが左の櫓に命中し、右側と同じように爆炎を上げる。
照明弾の灯りに照らされ、白い光と宵闇の影、モノクロ映画の様な戦場がそこにある。
[クソッ!弾幕が凄すぎて近寄れねぇ!]
ボブが悪態をつくが、全員が思っていることだ。
致命弾を受けないように必死にローラーダッシュで回避してはいるが、逃げ場が無いほど弾が降り注ぎ、ガリガリと装甲を削られていく。
[お客様が出て来たぞ!]
アルベリヒ少尉が警告を発すると、基地の正面入口からワラワラと敵の50tクラス力天使級AHM、“アイリス”が姿を現す。
[まだあんな数がいるのかよ!]
チャーリー曹長の愚痴が、俺達の総意だろう。
既に2個小隊分の敵アイリスを目撃している。
その後ろにも、まだ出撃するために続々と姿を現している。
山頂にも2個中隊は展開していたが、ここにも2個中隊レベルで機体が配備されているらしい。
[ウィザード33、狙えるか!?]
「了解!」
単騎狙いというよりは位置狙いで、9連装短距離ミサイルを敵基地の入口に全弾吐き出すと、オートカノンと腕部バルカン砲を同じく撒き散らす。
数機は避けたが、入口に詰まった数機のアイリスにミサイルが突き刺さり、そのまま爆発炎上する。
[本隊の突入まで後3分!]
ローラーダッシュの土煙を上げ、俺達は北側へ脱出に向かう。
[クソッ!オートカノンをやられた!]
ボブ機の右腕が爆発するが、弾薬が底をついていた事と、ギリギリの所で切り離しが間に合ったらしい。
小さな爆発に若干体勢をフラつかせたが、すぐさま左手のバルカン砲を撃ちながらローラーダッシュを続けている。
「垂直ミサイルも撃っちまえ!
機体を軽くしろ!」
言いながら、俺も適当にロックして垂直ミサイルを2発とも発射する。
俺とボブは偶然同じ機体をロックしていたようで、放たれた垂直ミサイルを1発は避けた敵アイリスも、残りは避けきれなかったらしく、上半身を爆発させていた。
[本隊突入時刻だ!退くぞ!]
アルベリヒ少尉の機体も、シールドに守られているとは言えボロボロではあったが、左肩の9連装短距離ミサイル2門を一斉に放ち、目の前の敵アイリスを爆発四散させる。
その爆炎に隠れるように回り込みながら、俺達は敵基地の北部へとダッシュする。
本来、俺達が突入してきた方向から、1個中隊と2個小隊が突撃してくるはずだった。
だが夜の森は基地前で起きる爆炎の火を照らすだけで、不気味に沈黙していた。
[クソッ!まだ本隊は来ねぇのかよ!?]
ボブの悲鳴が無線機から流れる。
予定時刻を過ぎても、本隊の突撃がない。
[本部!こちらウィザード31、状況送れ!本部!]
敵アイリス2個小隊は、1個小隊が俺達の進路上に、もう1個小隊は俺達の後方へと包囲しつつあった。
既に弾も装甲も限界が近い。
ウィザード31も本部へ確認をしているが、電波障害を受けているのか通信が繫がらない。
[……ここでの役目はとうに果たしている。
これ以上モタモタしていれば囲まれて殲滅されるだけだ。
各員、正面の小隊を突破して、予定通り北部の森に逃げ込むぞ。]
アルベリヒ少尉が決断を下す。
決まれば早い。
速度の速いウィザード32が先行すると、接近中の敵アイリス小隊に向けて残りの長距離ミサイルを全弾放つ。
光の尾を引いたミサイル達は、狙い通りに一番前を走る敵アイリスの脚部に命中し、そのまま転倒させる事に成功する。
ありがたい事に、転倒した敵アイリスに後続の機体も巻き込まれ、北部方面への道が開ける。
[各機、俺に続けぇ!]
チャーリー曹長、ボブ、アルベリヒ少尉、俺と続き、全員全力で北部方面の森林を目指す。
「クソッ!ケツにアイリス2機!張り付かれた!」
先程俺達の正面に回ろうとした1個小隊の残りだろう。
ピッタリと一定距離を張り付いてきている。
パラパラと生えている木々を右に左にとスラロームしながら逃げているが、相手も中々やるらしく、距離が一向に広がらない。
それどころか段々と距離が詰まり始め、敵アイリスからのオートカノンが機体を掠める様になってきた。
[背中から撃たれ続けたら、あっという間におじゃんだぜ!?]
ボブの悲鳴に合わせるように、オートカノンの密度が上がってきている。
AHMは完全に背面を向けない、そして背面装甲は前面や側面に比べて、圧倒的に貧弱だ。
俺は呼吸を落ち着けると、体から力を抜く。
機動はイメージだ。
やってやれないことは無い。
「オラよっと!!」
ローラーダッシュしながら機体を沈み込ませ、かけ声と共に半回転の横ひねりを加えながら小さくジャンプさせる。
飛んだ瞬間にローラーダッシュを逆回転させて、着地と同時に後進移動に変える。
「オルァ!!」
“背を向けて逃げる”から、“相手に向きながら後進移動”に変えてやった。
相手も驚いてくれたらしい。
攻撃が止まったその一瞬を逃さず、オートカノンと腕部バルカン砲、それにリロードの終わっていた9連装短距離ミサイルを、近付いていた1機の敵アイリスに叩き込む。
爆発しながら横転し後ろのアイリスも巻き込んでくれればと願ったが、それは願いすぎだったようだ。
最後の敵アイリスは炎上する友軍機をヒョイと避けると、左手のオートカノンを乱射しながら、右腕で対AHM用の剣を抜刀する。
「良いだろう、その挑戦、受けてやろうじゃねぇか。」
左腕の腕部バルカン砲を撃ち止め、ハチェットを持たせる。
また機体を沈み込ませると、小さくジャンプし、今度はローラーダッシュを後進から、前進ではなく左横移動に。
着地と同時に慣性が働き後ろへ少し滑り、大量の土砂を巻き上げながら無理矢理移動方向を変える。
「なんてな。
悪いね、実は真っ向勝負は苦手でね。」
こちらも前進してくると思った敵アイリスは、速度を落とさず前進して剣を振り下ろす。
こちらは左横へ移動しながらそれをギリギリでかわすと、がら空きになった首の後ろ、人間で言えば頸椎の辺りにハチェットを叩き込む。
突撃してきたアイリスは、ハチェットを頸椎にめり込ませながら土砂を巻き上げながら転がり、大木にぶつかって動きを止めた。
すれ違いざまの賭けだった。
ギリギリの所で賭けに勝った俺は、めり込み折れ曲がってしまったハチェットの代わりに、地面に転がっていた敵アイリスの大剣を機体に拾わせる。
(この大剣、見た目に反してファルケのハチェット位の重量なんやなぁ。)
2~3回素振りをしながら、振り心地を確認する。
帝国軍の“ファルケ”と王国軍の“アイリス”は、同じ重量だからか部品レベルで共通点が多い。
剣と斧の違いはあれども、その重量は似たものらしい。
ともあれ、余韻に浸っている時じゃない。
戻ってきた味方に無事を伝え、俺達はその場から急いで撤退するのだった。




